彼女いない歴、19年。
 ただでさえ非モテの男達が虐げられるこのご時世、今年もあの「地獄の日」が容赦なく巡ってくる。
 だが今年の俺はひと味違うぜ。
 古本屋の百円均一コーナーで偶然見つけた禁断の魔道書「マグロノミコン」から学んだ黒魔術により、悪魔召喚で願いを叶えることにしたのだ!

「……エロイムエッサイム(ry」

 ボワ~ン!!

 床に描いた魔方陣から煙が立ち上り、中から筋骨逞しい大男が現れた!

「ワハハハハ! 久方ぶりの人界ぞ!」

 褐色の肌も露わな上半身。
 背中から広がる蝙蝠のような黒い翼。
 下半身にぴっちりフィットした赤タイツを履き、アフロヘアで髭モジャの厳つい顔。
 そして頭の両側から伸びる曲がった角。
 ……って、角と翼がなかったら単なる変態オヤジじゃねーか!

(だいたい赤タイツって何だおまえは昭和時代のプロレスラーか!?)

 だが俺の部屋は2Kアパートの1室。ドアにも窓にも鍵をかけてあるから、普通の人間ならば入ってこられるはずがない。

「あのう、あなた様が悪魔……?」
「いかにも! 聞いて驚け、我が名は大魔王ガバーン!」

 ……誰それ? 聞いたことないな。
 一応本物の悪魔らしいが、何やら雑魚っぽい……やっぱ生け贄の山羊をヌイグルミで代用したのがまずかったか?

「それはともかく、我が輩を召喚したということは何か願いがあるのだろうが? 言うがよい、死後の魂を対価に1つだけ叶えてくれようぞ!」
「1つだけ? あれ、この手の願いって3つじゃないんですか?」

 童話や昔話、あと悪魔ネタのショートショートなんかじゃ大抵そういうお約束だったはずだが。

「うむ、昔はそうだったんだが……3つの願いを逆手に取って悪魔を出し抜こうとする人間が横行してな。魔界政府のお達しにより『願いは1人1つまで』と規制されてしまったのだ」
「世知辛い世の中ですねえ……」

 まあいい。俺が叶えて欲しい願いはただ1つ。

「ではお願いします。俺にバレンタインのチョコレートをお授けください!」
「何だそんな事か? 造作もないわ! ガハハハ!!」

 ボワ~ンと煙が立ち上り、悪魔のおっさんは現れた時と同様、部屋から姿を消した。
 俺の願いを理解してもらえたのだろうか?
 何だか嫌な予感がする……。

 果たして10分後。
 俺は防犯用の金属バットを片手に、怒りで肩を震わせていた。
 その足元には何処かのスーパーで安売りしていたらしい各種チョコが大量に散らばり、頭にコブをこさえた悪魔ガバーンが倒れ伏している。

「な、何を怒っておる? 我が輩は契約通りチョコレートを……」
「誰が貴様からチョコを貰いたいと願ったーっ!?」

 こんな事で魂を持ってかれたら死んでも死に切れんわ!

「だいたいお金は払ったのか? 勝手に持ってきたなら万引きだぞ!?」
「案ずるな。そこのテーブルにちょうど財布が落ちてたから使わせてもらった」
「落ちてたんじゃねえ、そりゃ俺の財布だ!!」

 うわっ5千円も使いやがったこいつ。
 今月、俺にチョコだけ食って生き延びろってか?

「……まあちゃんと説明しなかった俺も悪いか……チョコはチョコでも、バレンタインのチョコが欲しいんだよ」
「そうそう、その『バレンタイン』とは何ぞや?」

 そこから教えなきゃならんのか。

「つまり、その……女の子が、恋人の男に想いを込めて送るチョコレートで……」

 畜生、口に出すと我ながら照れくさいじゃねーか!

「解せんのう」

 立ち上がったガバーンが、偉そうに腕組みして首を傾げる。

「それなら悪魔など召喚せずとも、汝の恋人から貰えばよいではないか」
「その恋人がいねーんだよ! ぐぎぎぎ……」
「そ、それは……すまん。いやマジですまん」

 俺の形相に鬼気迫るものを感じたのか、床に手を突いて土下座するガバーン。
 ……もう帰ってもらおうかな……。

「うむ分かった! 今度こそ汝の願いを叶えてくれるから、しばし待てい」

 立ち直り早っ!
 ガバーンはすっくと立ち上がり、またもやボワンと姿を消した。

(今度はどこへいったんだ?)

 首を傾げながら待つこと5分ほど。
 ドアのチャイムが鳴った。

「はい……?」

 俺がドアを開けば何と!
 そこにセーラー服姿の、驚くほど可愛い女子高生が立っているではないか!

「ガバーンさんから話は聞きました。私なんかのチョコでよかったら……ぜひ受け取って下さい!」

 そういって胸に抱えたハート型のチョコを差し出してくる。
 ……マジ? 人生初の本命チョコゲット?

「あ、あの……立ち話も何だから、まあ上がって」

 俺は慌てて彼女を部屋に通すと、とりあえずコーヒーでも――と思いキッチンへ向かった。
 その時、棚に置いた卓上ミラーにふと視線が止まる。
 鏡に映っていたのは――
 セーラー服を着込んだガバーン。

「……」

 俺は床に転がっていた金属バットを取り上げ、問答無用で女子高生――いや女子高生に化けた悪魔をタコ殴りにした。

「舐めとんのかゴルァ!? オノレの魂(タマ)取ったろか!!」

 非モテ男の恨みの深さを甘く見るなよ。
 今の俺の怒りは阿修羅をも凌駕する!

「ちょ、ま、待て、落ち着け! 我が輩が悪かった――暴力はいかん、話せば分かるっ!」

 正体を現したガバーンが床に這いつくばって詫びを入れる。

「悪魔のおまえがいうな! っていうか、気色悪いからそのセーラー服早く脱げよ!」

 俺は怒りを通り越し、何だか哀しくなってきた。

「ううっ……生まれてこの方ろくにGFさえ出来ず、悪魔に魂を売ってでも幸福のチョコを手にしたかっただけなのに……」

 床に膝をついてすすり泣く俺の肩に、ガバーンがポンと手をかけた。

「人生投げたらあかん。諦めたらそこで試合終了じゃぞ?」

 こんなアホ悪魔にまで同情される俺って……。

「――人間でなければいかんのか?」

 ふいにガバーンが尋ねてきた。

「え?」
「つまり若い女(おなご)なら、たとえば悪魔でも構わんのか? と聞いとるのだが」
「そりゃまあ……この際だ。悪魔だろうが宇宙人だろうがえり好みはしないよ。ただし本物の女の子だぞ。さっきみたいなイカサマだったらもう契約はキャンセルだからな!」
「うむ。心得たっ!」

 ガバーンの片手に手品のごとくスマホが現れた。
 ちょっと待て。おまえさっき「久方ぶりの人界」とか言ってなかったか?
 しかも俺が持ってるのよりハイグレードだし。

「おう、我が輩だ。急な呼び出しですまんが、ちょっとこっちに来てくれんか? 住所は――」

 10分と経たずにドアのチャイムが鳴った。
 開けて見ると、歳の頃は17、8歳、スタジャンにホットパンツ姿というボーイッシュな美少女がそこにいた。

「何よ、叔父さん? これから友達と雀荘に行くトコだったのにぃ」
「紹介しよう。我が輩の姪で、今は人界で修行中のピエルカじゃ」

 念のため、俺は卓上ミラーを取って彼女を映してみた。
 ちょっと耳が尖ってたり吊り目気味だったり、唇から鋭い八重歯が覗いていたりと悪魔っぽい所もあるが、確かに見た目どおりの女の子(の悪魔)らしい。

「その男の子誰? ってか、アタシに何の用?」
「うむ。話せば長くなるが……まずはこの若者におまえからチョコレートをくれてやれ」
「チョコ? あっそーか。今日はバレンタインだっけ」

 ピエルカはスタジャンのポケットからプチチョコを1個取りだし、俺に歩み寄り手渡した。

「ハイ。友チョコの残りで悪いけど☆」
「え? あ、ありがとう……」

 俺は自らの掌に乗ったプチチョコを、信じられない気分で凝視した。

「汝の願い叶えたりー!」

 勝ち誇ったガバーンの笑い声が響く。
 この、たぶん1個10円くらいのチョコと魂が引き替えか……うーん、複雑な気分。

「はぁ? 何いってんの?」

 不服そうな声でピエルカが口を挟んだ。

「この子にチョコあげたのはアタシの意志よ? 叔父さんとの契約は関係ないじゃん」
「いやそれは……」
「ね、キミ名前なんていうの?」

 何かいおうとするガバーンを華麗にスルーし、ピエルカがそっとすり寄って俺の腕を取る。

「お、雄原祥介(おはら・しょうすけ)……」
「ふうん、そうなんだ? 実はアタシ、つい最近人界に来たばかりで人間の友達少ないんだー。よかったら付き合ってくれない?」

 何このラブコメな展開?
 つまり俺は魂を奪われず、しかもリアル彼女(悪魔だけど)ゲット?

「は、はい喜んでっ!」

 俺は嬉々として叫んでいた。



 ……ぶっちゃけ甘かった。

「――ツモ! チートイホンイツドラドラ!」
「あちゃ~、ピエルカちゃん相変わらず引きが強いわ~」
「えへへ~☆ ようし、今夜は朝まで打っちゃうからね♪」

 ピエルカは今夜も俺のアパートに遊びに来ている。
 自分の麻雀仲間(皆人間に化け人界で生活している悪魔だ)を引き連れて。

「なあピエルカ、ここアパートだし。夜中にあんま騒ぐと、ご近所から苦情が……」
「大丈夫だよ。魔法の結界で音は遮断してあるから☆」
「ならいいけど……」
「それよかお腹空いちゃった~。ショースケ、悪いけどお夜食作ってくれる?」

 甘えた笑顔でウィンクされると、つい嫌ともいえず俺は台所に向かった。

(要するにタダで卓を囲めるたまり場が欲しかったのか……)

 台所の片隅でちびちびカップ酒を飲むガバーンを睨み。

「って、何でおまえまで居座ってるんだ?」
「いやな、今月も魂のノルマを達成できず、とうとう上司から首を言い渡されて」
「……なら、せめて料理と洗い物くらい手伝えよ」
「むっ。それは汝の願いか?」
「願いじゃねえ、命令だっ! せめて家賃分くらい働け!」

 哀れな魔王はすごすご立ち上がり、俺と並んで台所仕事を始めるのだった。

(完)

ちまだり
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