――やだ、どうしよう。
私は一瞬頭が真っ白になった。
「茉莉! そこをどきなさい!」
お父さんが怒鳴る。
私はその声で我に返った。
ああ、そうか。私がここにいちゃいけないんだ。また何かが崩れるかも知れないんだ。
私が一歩後ろに下がると、藪に髪が絡まった。さっきまであった隙間がなくなっていた。
――え?
何が起きたんだろう? さっきまでの場の雰囲気が一変していた。
頭上にはまだ崩れかかっている岩の塊。
目下には下半身が土砂に埋まっているお兄ちゃんの姿。
そうだ。早く助けないと!
お父さんの行動は迅速だった。
どこから出したのか、手にはスコップを持っていた。
周辺を気にしながらざくざくと掘り進め、お兄ちゃんを掘り出す。
「茉莉、崇の右手を頼む」
「え、ええと。はい!」
私はお兄ちゃんの右手を握った。石のように冷たかった。
「いいか? 引っ張るぞ」
「はい!」
「良し! それ、引っぱれ!」
お父さんの掛け声でお兄ちゃんの右手を思いっきり引っ張った。
その直後だった。
さっきまでお兄ちゃんがいた場所に、上から大きな岩が降ってきた。
間一髪だった。
*
そこから先の記憶はひどく曖昧だった。
お父さんはお兄ちゃんを背負い、来た道を戻る。
迷いなく進むお父さんの後ろ姿は、頼もしくもあり、それでいて焦っているようにも見えた。
「お、お父さん」
「何だ」
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
さっきの右手の感触。石のように冷たい感触がまだ私の手に残っている。
「大丈夫だ。見た目は怪我はない。細かい事は宿に戻ってからだ」
お父さんはそれきり黙ったまま、宿に向かって足早に歩を進めた。
私は置いていかれないように慌てて後を追った。
ミラクリエ トップ作品閲覧・電子出版・販売・会員メニュー