――やだ、どうしよう。
 私は一瞬頭が真っ白になった。
「茉莉! そこをどきなさい!」
 お父さんが怒鳴る。
 私はその声で我に返った。
 ああ、そうか。私がここにいちゃいけないんだ。また何かが崩れるかも知れないんだ。
 私が一歩後ろに下がると、藪に髪が絡まった。さっきまであった隙間がなくなっていた。
――え?
 何が起きたんだろう? さっきまでの場の雰囲気が一変していた。
 頭上にはまだ崩れかかっている岩の塊。
 目下には下半身が土砂に埋まっているお兄ちゃんの姿。
 そうだ。早く助けないと!
 お父さんの行動は迅速だった。
 どこから出したのか、手にはスコップを持っていた。
 周辺を気にしながらざくざくと掘り進め、お兄ちゃんを掘り出す。
「茉莉、崇の右手を頼む」
「え、ええと。はい!」
 私はお兄ちゃんの右手を握った。石のように冷たかった。
「いいか? 引っ張るぞ」
「はい!」
「良し! それ、引っぱれ!」
 お父さんの掛け声でお兄ちゃんの右手を思いっきり引っ張った。
 その直後だった。
 さっきまでお兄ちゃんがいた場所に、上から大きな岩が降ってきた。
 間一髪だった。



 そこから先の記憶はひどく曖昧だった。
 お父さんはお兄ちゃんを背負い、来た道を戻る。
 迷いなく進むお父さんの後ろ姿は、頼もしくもあり、それでいて焦っているようにも見えた。
「お、お父さん」
「何だ」
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
 さっきの右手の感触。石のように冷たい感触がまだ私の手に残っている。
「大丈夫だ。見た目は怪我はない。細かい事は宿に戻ってからだ」
 お父さんはそれきり黙ったまま、宿に向かって足早に歩を進めた。
 私は置いていかれないように慌てて後を追った。

なぎのき
この作品の作者

なぎのき

作品目次
作者の作品一覧 クリエイターページ ツイート 違反報告
{"id":"nov141560418982436","category":["cat0005","cat0008"],"title":"\u3010\u7af6\u6f14\u3011\u8db3\u97f3\u306e\u3059\u308b\u3089\u3057\u3044\u5eca\u4e0b","copy":"\u301c\u5e74\u306b\u4e00\u56de\u306e\u5bb6\u65cf\u65c5\u884c\u3002\u5144\u306f\u4eca\u5e74\u3092\u6700\u5f8c\u306b\u3059\u308b\u3064\u3082\u308a\u3067\u7dbf\u5bc6\u306a\u8a08\u753b\u3092\u7acb\u6848\u3057\u305f\u306e\u3060\u304c\u2026\u2026\uff01","color":"lightgray"}