order20.Muder thinks

<早朝・シカゴ市内、イーストアベニュー>


 まだ日が照り始めて間もない頃。
一台のパトカーがシカゴ市内の道路を駆け抜ける。

「ふぁ~っ……。ったく、これで何件目だよ。まだ捜査の糸口も掴めてねぇのか」
「上も苦戦してるみたいですよ。ですけど、さすがに5件以上の殺人となると……」

「現場に証拠の一つも残さず、あるのは死体に添えられた一本の薔薇だけ。ふざけんじゃねぇって話だ。死人の横に花なんて置いてどうすんだよクソッタレ。新手の詩人かなんかか? 」
「むかっ腹が立つのは俺も同じです。マクレーン警部、絶対に犯人見つけましょうね」

禿げあがった頭をポリポリと掻きながら愚痴をこぼす。
横で情熱的になっている男を一瞥しながら、マクレーンと呼ばれた男は車をわき道に停めた。

「お待ちしてました。ダニエル・マクレーン警部、グラハム・ハインズ警部補」
「お勤めご苦労さん。現場はどうなってる? 」

「鑑識が現場を検証し、放火の跡が見られました。それに、焼死体の横にこんな物が」
「あいつですね……」

隔離されたアパートへ向かう道中、同じ巡査がダニエルに赤いバラを手渡した。

「今月で6件目。一体犯人は何人殺りゃあ気が済むんだ? 他に何か目ぼしいものは? 」
「いえ、それが見つからず……」

「我々も向かいましょう。人がいないよりかはマシです」
「新人のお前に言われなくてもやるよ。ほら行くぞ」

黄色いテープをくぐり、凄惨な焼け跡が目を引く。
焼死体こそそこにはないものの、思わずグラハムは目を逸らした。

「こりゃあひでぇな……。死亡推定時刻は? 」
「今日の午前0時過ぎとみられます。死因は全身火傷による失血死、発火元はアパートの隅から放火されたものと断定できるでしょう」

「ちょいと周り見てみるか……。おい、行くぞ」
「は、はい……」

死体の場所が記された床を踏み越え、二人はアパート跡を出ると、建物の周りを注意深く見始める。
何かに気付いたダニエルは、道端に座り込んだ。

「薬莢……か」
「こ、これってすごい証拠なんじゃ……! 」

「いや、そうでもない。幾多の銃が出回ってるアメリカじゃ、持ち主を特定することは難しい。確かに薬莢を調べりゃ使ってる銃の種類だとかは分かる。お前さんは虱潰しに探し回る気か? 」
「うっ……浅はかでした……」

「気にしなさんな。俺もよくやった」

ポケットから手袋とビニール袋を取り出し、煤けた薬莢を入れる。

「鑑識さん、辺りを探してたらこんなもんを見っけた。重要な証拠の一部かもしれん、調べといてくれ。あと現場に銃は落ちてなかったか? 」

「ありがとうございます。銃……ですか。そのようなものは見当たらなかったはずです。よく近辺をもう一度調べてみますね」

「了解、あんがとよ。俺達はこれから聞き込みに回る。何か目ぼしいものが見つかったら俺の携帯に連絡をくれ。じゃあな」

そう言いながら二人は巡査に敬礼をし、その場を立ち去る。
再びパトカーへ乗り込んだ彼らは、銃の出入りを知るために近くの鉄砲店へ向かう事にした。
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<ウェッソン鉄砲店・朝>


 「シエラさん! 最近グレイさんといい感じって本当なんですか!? 」
「お店に来て開口一番がその話なのね……。ま、まあいい感じなのは否定しないけど」

「きゃーっ! どこまで行きました!? もうキスしました!? 」
「落ち着け、静かにしろ」

「むぎゅっ! 」

開店から早々シノとソフィアが店を訪れ、黄色い悲鳴を上げる。
隣にいたシノは黙らせるようにチョップを彼女の頭に食らわす。

「痛いじゃないですかシノさん! シノさんだってノリノリで尾行してたのに!……って、あ」
「途中でグレイに気付かれていたがな。とりあえずシエラ、その振り上げたスパナを降ろしてほしい。いや本当に頼む勘弁してくれ」
「冗談よ。別にあたしも気づいてたし」

流石にスパナを食らったらシノでもひとたまりもない。
冗談に聞こえなかったのか、二人は安堵のため息を吐いた。

「で、今日はどうしたの? 二人がこんなに朝早くなんで珍し――――」

瞬間、店内にブザーが鳴り響く。
新しい客が入り口にいる事を知らせるブザーで、シエラは近くにあった受話器を取った。

「はい、いらっしゃいませ。銃器を身に付けていらっしゃるようなら、横のロッカーに預けてください。……確認しました、どうぞ店内へ」

入り口のオートロックを開け、スーツ姿の男が二人入ってくる。
一人は禿げあがった頭の中年男性、もう一人は若い金髪の男だ。

「今日はどのようなご用件で? 」
「あー、銃を見に来たんじゃない。悪いな。こういうもんなんだ」

男は懐から警察バッジの入った手帳をシエラに見せる。
思わずシノが身構えるが、バッジを見た瞬間構えを解いた。

「えーっと、警察の方がどうしてこちらに……」
「聞きたい事がありまして。市内で多発している連続殺人事件、ご存知ですか? 」

「え、えぇ。なんか薔薇を置いてく、ってやつですよね」
「はい。その件について、少しお伺いしたい事が」

金髪の男がシエラに淡々と質問していく。
その間、中年男性がシノとソフィアの所へと歩み寄ってきた。

「悪いな、買い物の邪魔しちまって。もう少しで終わるから勘弁してくれ」
「いえ、大丈夫ですよ。刑事さんも大変ですね」

「全くだ。死体に花を添えるなんて真似、普通はしねぇよ。上も俺達も困り果ててるんだ。何かあったらすぐに通報してくれよ。最近物騒だからな」
「ありがとうございます。頑張ってくださいね! 」

「ははっ、ありがとよ嬢ちゃん」

どうやら聴収は終わったようで、金髪の男が手帳を仕舞いながら再び刑事の元へと戻ってくる。
三人に別れを告げ、店を出て行くとシノはため息を吐いた。

「……ふぅ。どうにも気が張るな。警察の、それもベテラン相手だと」
「え? そうですか? 普通にいい人そうでしたけど……」

「そういう人間に限って、敵に回すと厄介なものだ。シエラ、何を聞かれた? 」

「うーんと……。今週中に銃を購入した人間はいないか、それはどんな人だったか、何の種類の銃と弾を購入したのか……とか色んな事聞かれたわ。おかげで気が張っちゃったわよ」

「お互い様、だな。まあいい、俺達もそろそろ失礼するとしよう。シエラ、注文のリストをレジの前に置いておいた。確認してくれ」

予め事務所で印刷したリストを指差すと、シノは彼女に別れを告げ店を出る。
同じようにソフィアも今度詳しく話を聞かせてほしいと付け加えると、シノの後をつけていった。
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<なんでも屋アールグレイ・事務所>


 二人が事務所へ戻ると、珍しくグレイが誰かと中で話している光景が目に入る。
しかも見覚えのある顔と風貌だ。

「おや? あんたさっきも会わなかったか? 」
「えぇ、鉄砲店で。"なんでも屋アールグレイ"のシノ・フェイロンと言う者です」
「同じくソフィア・エヴァンスです! また会いましたね! 」

相手側も覚えていたようで、グレイとの会話を中断して二人に近づいて来る。
間もなく刑事は手を差し出した。

「ダニエル・マクレーン警部だ。こっちは新人のグラハム・ハインズ警部補。ご丁寧にありがとよ、今お前さん方のオーナーと話をさせてもらってた」
「なんだ、お前ら刑事さんと知り合いだったのか。早く言ってくれよ」

「知り合い、と言ってもさっき会ったばかりだがな。まあ、捜査の邪魔はしないから話を戻すといい」
「それじゃ、お言葉に甘えて」


適当に握手を交わすと、再びダニエルたちはグレイと話し始めた。
どうやらシエラと同じような聴収の様である。


「それで、先程の話は本当ですか? 事件現場のアパートの周辺で、逃げる男を見かけたというのは? 」

「えぇ。仕事の帰りであのアパートの通りを歩いていたら、急に悲鳴が聞こえたので駆けつけてみると放火しようとしてる男がいました。職業柄銃を携帯してるので追いかけた所、俺自身も危ない目に遭ったんです。おそらくその時に落ちた薬莢が現場に落ちてた物かもしれません」

「ふむ……。確かに焼死体には銃創がなかった。グレイさん、あんたのアリバイは証明されてる。それでだ。ちょいと銃を見せてもらっていいかい? 」

彼は言われるがままダニエルに愛銃の"M586"を手渡した。
隅々まで調べると、再びグレイに返す。

「S&W社のM586……。いい銃だな。ずいぶんと手入れがされている」
「ま、愛用してますから」

「じゃ、我々はこの辺で。お仕事の邪魔をしてすいませんでした」
「いえいえ。お気になさらず」

丁寧に頭を下げると、二人は事務所の外へ出て行った。

「連続殺人……ねぇ。怖い怖い」
「他人事ではない。こうして俺達の所へ警察が聴収しに来ている以上、被害を被る可能性もあるという事だ。それにしてもあの刑事……油断ならん男だな」

「俺は連続殺人犯よりあっちのが怖えーぜ。なんか死ぬまで追ってきそうじゃん」
「あーわかりますそれ。"チクショウクソッタレ!"とか言いながら銃撃ってきそうですよね」

三人は他人事のようにコーヒーを啜る。
だがその平穏は事務所にやって来た人物によって破られた。

「失礼します。グレイさんは……いらっしゃるようですね」

「あなたは……張さん? 一体どうしてここに? 」

「無論のこと依頼ですよ。休憩中のところ申し訳ありませんがね、事態は一刻を争います」

息を切らしながら張は招かれ、椅子へと座る。
彼の部下も数人入ってきており、手にはアタッシュケースを持っていた。

「んで、どうしたんだ? 」
「この男を……殺してもらいたい。手段は問いません」

彼は懐から写真を取り出し、グレイ達に見せる。
年は30代半ば、黒髪の人当たりが良さそうな優しい顔をしていた。

「彼の名は"ダニー・ラッセル"。このシカゴ近辺で花屋を営んでいる男です」
「けど、どうしてこの男を殺せと? どう見ても普通の男ですが」

「……この男は、最近立て続けに起きている連続殺人の犯人です。我々の部下も奴に大勢殺された。警察には職業柄相談できない、だからこうしてあなた達に依頼しているわけです」

グレイは写真を一瞥し、シノの方へ視線を向ける。
シノもずいぶんと唸っているようだ。

「実は、今俺達も警察の方にこいつの件について事情聴取されたばかりでな。相当な手練れと聞いてる。まあ依頼を請けるのは構わないが……かなり料金が高くなるぜ? 」

「それについては問題ありません。周、あれをお願いします」
「はっ」

張の後ろにいたサングラスの男が手にしたアタッシュケースをテーブルの上に置く。
慣れた手つきでケースを開けると、そこには大量の金が積まれていた。

「これを前金としてお支払いし、成功したあかつきには後日改めて振り込みましょう。どうですか? 」

「乗った! いいねぇ、張。あんた、見かけによらず派手な金の使い方するな」

「ありがとうございます。お褒めに預かり光栄ですよ」

二つ返事で了承すると、二人はがっちり握手を交わす。
満足げにアタッシュケースを胸に抱いたグレイは、そのまま張に別れを告げた。

「話は聞いたな。てめーら、久々の大仕事だ。準備を始めろ、ショータイムだ」

グレイが不敵に笑った。
シエラの恋人としてでなく、"なんでも屋アールグレイ"のオーナーとしてでもなく、ただ一人の殺し屋"死の芳香"アールグレイ・ハウンドとして、彼は今殺戮の準備を始める。
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<同刻、花屋"ウィーヴァ">

 その頃、綺麗な青空の下で花屋の準備をする男が一人。
爽やかな笑顔と共に店のシャッターを開け、彼は微笑む。

「花を"飾った"後はなんとも清々しい気持ちになるなァ」

髪をかき上げ、彼は一本の薔薇をシャツの胸ポケットに差す。
この男こそが連続殺人犯の"ダニー・ラッセル"であった。
含みのある言葉を吐くと、彼は大きな花瓶を店の前に置く。

「今夜も……美しい花を飾るとしましょうかァ。うふふ、ふふふふふッ」

不気味に笑うダニーを、青空が仰いだ。

旗戦士
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旗戦士

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