order21.マリオネット

<夜・シカゴ郊外某所>


そうして、一週間の月日が明けた。
グレイ率いる「なんでも屋アールグレイ」は「ダニー・ラッセル」の暗殺を遂行すべく、張から提供された情報を元に着々と準備を進めていく。

「さーて、そろそろ実行に移るとしますか。お前ら、作戦は分かってるな」
「あぁ。俺達の尾行にも気づいていない様子だった。殺すのならば今日だ」

海岸付近にそびえ立つ大きな倉庫に二台の車が停めてあった。
グレイ達の乗る車と、目標のダニーが乗っていた車である。

「けど、1週間のうちに3人も犠牲者が出るなんて……。私、あいつが許せません」
「ソフィア、落ち着け。確かに死んだ人を偲ぶのも大切だが、油断していると俺達が殺られる。注意を怠るな」

「わ、分かってますよ! けど……! 」
『口論の最中だけど、目標が移動。捕らえた被害者を倉庫の中へ運んでいる模様』

既に倉庫の屋上に配置しているヘルガが彼らに注意を促す。

「了解。行くぞ、配置に付け」

ソフィアとシノはコクリと頷き、車から降りた。
グレイの彼らの後に続くようにトランクからサブマシンガン"Kriss Vector"のスリングを右肩に掛け、サイドアームを上半身に装備する。

『こちらシノ、倉庫の入り口へと到着』
『同じくソフィア、到着しました』

「了解。ヘルガは? 」
『問題ない』

「上出来だ。1・2の3で突入するぞ」

グレイは"Kriss Vector"を構えながら倉庫の裏口へとたどり着く。

「1……2……3! 」

大きな音を立てて倉庫内へと突入し、グレイは周囲を見回した。
がらんとした内部には、中央に被害者が椅子に括り付けられているだけである。
戦闘の邪魔にならないように被害者の座る椅子を動かして物陰に隠れさせておいた。

「……ッ!? 」

瞬間、悪寒と殺気がグレイの全身を貫く。

「ちィッ!! 」

反射的に後ろを振り向くと、ナイフを今にも振りかざそうとしている男が一人。
銃を撃ちながら後退するも、男の持つナイフが彼の太ももを掠めた。
タイプライターのような軽快な音が響き、銃弾が男を貫く。

「おい! 全員無事か! 」
『こっちは大丈夫だ、グレイは? 』

「正気を失っている奴に攻撃されたが、太ももを掠めただけだ。敵は一人じゃないらしい」
「これはこれハ。初めましテ、ですネ。アールグレイ・ハウンドさン」

声の聞こえる方に振り向くと、そこには全身黒ずくめの長身な男が立っている。
月明かりに照らされて、彼の表情が明らかになった。

「お前がダニー・ラッセルか。噂には聞いてたが、相当イカれた顔してんぜ」
「有名な"死の芳香"に覚えていただき光栄でス。それで、僕に何かご用件ですカ? 」

「お前に恨みはないが……その命、頂くぜ」
「はッ? 」

グレイの視界に抜刀の構えをしながら斬りかかるシノの姿が見え、ニヤリと笑う。

「おやおやァ……。不意討ちなんて真似、僕が喰らうとでモ? 」
「な、に……ッ! 」

ダニーは微動だにせず、シノが再び現れた違う男の打撃によって吹っ飛ばされた。
彼は空中で受け身を取り、なんとか衝撃を殺す。

「シノ! 大丈夫か! 」
「なんとかな、しかしこれ以上の犠牲者は出せんぞ! 」

「犠牲者? 面白い事を仰るんですねェ。彼ら、既に死んでいるのニ」
「はっ! ゾンビとでも言うつもりかよ! 」

間髪付けずにグレイが手にした"Kriss Vector"を連射し、同じように別方向からソフィアが"MP7"の銃弾を吐き出させた。
しかし、またもや違う男女がその銃弾の行く手を遮る。

「ゾンビでもありませン。彼らは僕の手によって造られた"芸術"ダ」

今度はダニー自らがシノへと突撃した。
彼は指を動かしながら、シノの腹部目掛けて右腕を突き出す。

「遅――――ッ!? 」

シノは動かない。
それもそのはず、先程"銃弾を浴びた"男女が彼の身体に組み付いているのだから。
瞬間、ダニーの指がシノの腹部へ突き刺さった。

「ぐうゥッ……! 離、せッ!! 」
「おおッとォ」

まだ動ける右足を動かし、ダニーの右腕を蹴り上げる。
おどけるように手を離すと、床にはシノの血がぼたぼたと零れ落ちた。

だが、やられてばかりのグレイ達ではない。
シノをフォローするようにダニーに"Kriss Vector"を向け、自身も彼との距離を詰める。

「ソフィア! 側面を取れ! 」
「はいっ! 」
「撃てッ!! 」

グレイはダニーの正面を、ソフィアは彼の右側面を追撃した。
だがダニーを守るように4体の"操り人形"が、彼らに迫る。

銃声は屋上から聞こえた。
ヘルガの"M14"によるものである。

「見えていないとでも思ったのデスカ? ヘルガさン」
「嘘……!? 」

彼女の位置を把握しているかのようにダニーは屋上へ狂喜の笑みを見せた。
銃弾は当たっていない。

「ヘルガ! 位置を変えろ! 」
「……了解」

「無駄ですよォ。貴方がたは僕に触れる事さえできなイ」
「きゃぁっ!? 」

"操り人形"の持つナイフの攻撃を受け、脇腹を刺されるソフィア。
そのまま後方へ吹っ飛ばされ、彼女は痛みに顔をしかめた。

「クソッ……! どうすりゃいい……! 」
「禊葉一刀流、蛟(みずち)」

腹部の激痛に耐えながらもシノは素早くダニーへと近付き、彼の眼前で刀を抜刀する。
シノが狙ったのは彼の腕であった。
しかし。

「……防がれ、た……? 」
「お前ェ……僕の芸術にキズをつけたナァ? 」

シノの刀はダニーの操り人形を無残に斬り捨て、辺り一面を血の海に沈める。
彼の表情が豹変し、瞬く間にシノへと近づいた。

「お前のような死の美が分からないような人間ガァッ!! 僕の芸術にキズをつけたのカァ!? 償え、償え償え償えェ! その命で償えェ!! 」
「くっ……!? 」

先程と同じように右腕を突き出し、今度はシノの首を掴む。
ギリギリと彼の首が締まっていく。

それを傍観しているようなグレイではない。
"Kriss Vector"を乱射しつつ、右足のブーツからナイフを取り出した。

「遅ぇ! 貰ったッ! 」

迫り来る操り人形を躱し、ナイフを振りかざす。

「邪魔ヲ……するナッ!! 」


ダニーは右手に掴んでいたシノの首を離し、即座に右手に持ったカランビットナイフで防ぐ。
今度はグレイに怒りの矛先を向けた。

「ゲホッ、ゴホッ!! はぁ……はぁ……」
「いいぜ、来いよ……」

グレイの挑発に乗ったのか、変則的な動きでナイフを振り回しながらダニーは距離を詰める。
振りかざされたカランビットナイフを間一髪で避け、反撃に右手のナイフを振り上げた。
一瞬だけ火花が散り、彼らは睨み合う。

「隙あり、っとぉ! 」

左脇腹に備え付けられた"M586"を西部劇のように引き抜いて撃つ。
その隙を突いた絶妙な攻撃でさえもダニーは操り人形で防ぎ、グレイを殺そうとナイフを構えた。

「禊葉一刀流秘技……"烈震"ッ!! 」

グレイの作りだした隙を無駄にしないようにシノが力を振り絞ぼり、神速の二連撃をダニーの腕目掛けて斬り捨てる。
斬った感触こそあれど、その攻撃もダニーの腕には達していない。

「しッ!! 」

反射的に繰り出された蹴りをシノは刀の腹で受け止めようとする。
その瞬間、ダニーの蹴りを受け止めた白鞘の刀身は砕け、欠片が月明かりに照らされた。

「……し、白鞘が……! 」

シノは吹っ飛ばされた後に握った白鞘を見やる。
刀身が真っ二つに折れ、使い物になりそうもない。
先程の蹴りで衝撃を殺せたからいいものの、彼の意識は朦朧としていた。

「ぼ、僕の芸術ガ……! 斬られタ……!? 」

「……鋼線で操る……。そういう仕掛けか」

「フフフッ、アハ、アハハハハハハ!! いいでしょウ……。肉片一つ残さず殺してやル……! 」

糸の切れた凧のように先程の操り人形は動かない。
自由になった左手には斬られたままの鋼線が装備されたままである。

「ふゥッ」
「しッ」

息を吐く声と共に互いのナイフが火花を散らす。
同時にダニーは左手を突き出し、鋼線をグレイの腕目掛けて放った。

「痛っ……! 」

鋼線がグレイの左腕の肉と脇腹の肉を裂き、思わずうめき声と共に体制を崩す。
その隙をダニーは逃さない。

「死ネッ!! 」

彼は倒れるグレイにナイフを振りかざした。



「油断……しましたね……」



ぱらら、と軽快な銃声が響く。
ダニーの後方には脇腹を抑えながら"MP7"を構えるソフィアが立っていた。
放たれた銃弾がダニーの肩と脚を抉り、強制的に体制を崩させる。

「な、んだト……!? 」

倒れながらもナイフを持つ腕を振り上げ、ナイフを投げようとする。
直後、屋上から追撃するようにヘルガの"M14"が火を噴いた。

「がァあぁぁぁぁあぁぁあぁァッ!? 」

耳を覆いたくなるほどの嗚咽と叫び声が耳をつんざく。
息を大きく吸ってグレイは立ち上がり、サイドアームのホルスターからM586を引き抜いた。

「何人も殺してきて……自分は痛みに慣れてないってか。へっ、笑わせてくれるぜ」
「ちがう……。ぼくは、ぼくは……芸術ヲ……たくさん作ってきたん……だ……」

「"芸術"、ね。"死体"を操り人形にしてか? おいおい、笑わせるのも程々にしてくれよ」
「死こそ……芸術……! 僕はそれヲ――――」

グレイは引き金を引く。

「ごちゃごちゃうるせえよ。とっとと死ね」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<倉庫内、出口>



「シノ! 」
「あ……ヘルガ、か……」

「ひどい傷……手当を早く……! 」
「分かってる。ヘルガ、俺もソフィアも重傷だ。運転を頼むぜ」
「なるべく早くお願いします……」

ヘルガは頷き、急いで停めてある車の元へ駆けて行った。

「……お前さん達! なんでここに? 」
「アンタは……マクレーン警部? 」

その直後、見覚えのある禿げ頭が視界に入り、グレイ達を驚かせる。
ダニエルの他にも警察の特殊部隊も集められており、周囲には赤と青の光が煌々としていた。

「ちょっとした依頼ですよ。なんでも屋なんでね」
「嘘つけ。例の連続殺人犯関連なのは分かってるんだ。で? 殺したのか? 」

「……それは答えかねます」
「殺したならそれでいいんだよ。あんな悪魔は生かしておいちゃいけねぇ」

「ま、正当防衛ですがね。それより、中に人質がいます。解放してやってください」
「なにぃ!? それを早く言えってんだ! おい! 倉庫に入れ! 」

彼の一声で警察の特殊部隊は倉庫へ突入する。
だが中にあるのは人質とダニーの死体と彼に殺された被害者たちの死体だけだ。

「ああそうだ、お前さん達には後々事情聴取をする。その前に病院に行っとけ。グラハム、こいつらを病院へ連れて行ってやってくれ。急患だってな」

「了解しました! さ、こちらへ……って、ひどい傷だ……」
「みんなそう言うんだ。やれやれ」

皮肉に笑うグレイを横目に、シノとソフィアは苦し紛れに目を合わす。
安心感が彼らを襲い、その場にへたり込んだ。

「――――"死は芸術"、ね」
「何か? 」
「いいや、なんでもない」


妙に頭に残ったその言葉を呟きながら、グレイ達は送られてきた救急車へと乗り込んだ。

旗戦士
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旗戦士

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