「双子の日常と駄犬」

 「双子の日常と駄犬」


3年1組。
それが日向と彼方のクラスだ。
双子だからなのか、日向に彼方以外の話し相手がいないからなのか高校3年間はずっと同じクラス。
苗字も同じで双子だから顔も一緒。
教師は面倒ではないのかと日向は思う。
さすがに席は離れていて、日向は窓側の後ろから二番目、彼方は教室のど真ん中だ。

「さむーっ。僕暖かいお茶買ってくる!」

4月とはいえ、海の近くのこの土地は冷える。
彼方は机に鞄を投げ捨てるように置き、手を擦りながら教室を出ていく。
早めに家を出たため、まだHRまで時間がある。
-することもないし、本でも読むか-
日向が頬杖をつき、本に視線を落としていると、

「彼方君おはよう。」

ふいに頭の上から女子の声。
-彼女は確か、山田…田中…鈴木…?思い出せない-
でもただひとつ言えることがある。

「俺、日向だけど。」

こうして彼方に間違えられることは慣れている。
二人でいれば間違えられないのに、
一人でいるとこいつらには、どちらかわからないらしい。

「あ…日向君…の方、か…。」

彼女は申し訳なさそうに呟き、足早に自分の席の方に戻る。
席替えやクラス替えをした直後はいつもこうだ。
見た目では判断できなくて、愛想がいい方が彼方。無愛想が日向。
そういう認識だ。

-馬鹿ばかりだな-と日向は思う。

もう一度本に視線を落とそうとしたら、後ろから別の声。

「ひでーな。謝りもしないでよお。…なあ?」

短髪のいかにも体育会系と言わんばかりの少年だ。
高い身長に、制服の上からでもわかる筋肉質な体。
椅子の上で胡坐をかき、制服を着崩している。いかにもガラが悪そうだ。

「別に。」

日向は他人と関わろうとしない。
クラスメイトに話しかけられても、そっけない一言で終わらせてしまう。

「おい高橋!つめてーな!」

唇を尖らせ拗ねたようなしぐさをして、日向の横に来る。
-こいつには空気が読めないんだろうか-
と思いながらまた本に視線を落とす。

「俺、坂野亮太!」

笑顔をともに右手を差し出す。
これは握手を求めているのだろうか。
日向が握手に応えると思っているのだろうか。

日向は無言で亮太と名乗る少年を見つめる。

「握手!これからよろしくの握手!な?」
「別によろしくする気はないけど。」

日向はいつものように冷たく言葉を吐き捨てる。
しかし、亮太は折れずにブンブンと日向の傍で差し出した右手を振る。
どうやら握手をするまで解放してくれない気らしい。
-何故自分なのだろう-

「何で俺なんだ?お前なら他に友達はいっぱいいるだろう。」
「んー、なんか双子って興味あるし。それにお前寂しそうだったし。」

寂しそう、などと言われたことがなかった日向は困惑した。
寂しいだなんて、彼方がいるから独りではないのだから。

「なー日向って呼んでいいだろー?お前らどっちも高橋だしややこしいしさー。」

どうやらこいつは本当に空気が読めないらしい。
まさに脳筋というやつだろうか。
日向は亮太には何を言っても無駄だと思った。

「別に。好きにすればいいだろ。」

「マジー?日向!日向!」

笑顔で名前を連呼する亮太は、まるで飼い主にじゃれつく犬のようだと日向は思った。

「あーっ!日向珍しいねー。」

声がする方を見れば、両手にお茶を持った彼方が日向の方へ向かってきた。
暖かいほうじ茶が二つ。
彼方は笑顔でその一つを日向に渡した。

「日向が誰かと喋ってるなんて珍しい。」

「別に。」と日向は彼方からお茶を受け取る。

「あーいいなーいいなー!俺も暖かいの飲みてー!」

亮太は餌を強請る大型犬のようだ。
彼方は困ったように自分の持っているお茶を亮太に向け、

「亮太も僕の一口いる?」
「一口かよ!日向は一缶なのに!」

ぎゃんぎゃん吠える亮太。躾がなっていない犬だ。
日向は無言でお茶を開け、一口飲んだ。
暖かい。-これで静かなら最高なのにな-と思う。

「あーっ!彼方くーん!」

遠くの方から彼方を呼ぶ女子の声。

彼方はモテる。
愛想がよくて社交的で優しい。
自然と彼方の周りに女子が集まってくるのも当然だ。
だが、-顔が同じなのに態度でこうも違うのか-と日向は思う。

「なーなーお前も彼方みたいに笑ってみたら?」
「は?なんで?」

亮太はニコニコと女子に笑いかける彼方を指さす。
日向はそんな愛想など、持ち合わせてはいない。

「彼方はあんだけ女子にモテるんだからお前もニコニコしてたらモテるぞ?多分。」
「興味ない。」

多分という煮え切らない言葉。
日向には他人など興味はなかった。

「俺たち男子高校生だぜ!?一生に一度の青春だぜ!?可愛い彼女とか作ってて繋いでイチャイチャしたり、キスしたりその先も…って考えねーの!?」

亮太は両手で何かを揉むようなしぐさを見せ、にやける。
下品だ。

「興味ない。」

日向の素っ気ない返事に、-なんでだよー!-と亮太は頭を抱える。
そんな亮太をよそに、始業のチャイムが鳴る。
これで亮太から解放されると、日向は思った。


亮太は思ったよりも真面目で、授業中に日向に絡んで来ることはなかった。
しかし、休み時間のたびに他愛のない話で日向に懐いてくるのであった。

そして昼休み。
日向は毎日彼方と屋上で弁当を食べるのが日課だった。

「日向、ご飯たべよ?」

彼方が弁当を持ってこちらにくる。

「あ、俺も一緒していいかー?」

空気を読まない亮太がそこに混ざろうとして来る。

「え?いい?日向。」

彼方は意外そうな顔をして日向に聞く。
断る理由もないし、上手く断る言葉も思いつかないので、日向は頷く。

「やりーっ!じゃあ俺購買でパン買ってくる!」

嬉しそうな亮太が財布を持って立ち上がる。

「じゃあ僕ら先に屋上に行ってるから。」

-おうよー!-と言いながら亮太は購買へ向かった。
日向も鞄から弁当を取り出し、彼方と屋上へ向かう。



屋上はまだ肌寒い。
そのせいか、人もまばらで静かだった。

「ねえ日向。いつの間に亮太と仲良くなったの?」

首を傾げながら彼方は聞く。
彼方の仕草は、時々子供っぽい。

「別に。仲良くなってなんかない。あいつが付きまとってくるだけだ。」

事実だ。
日向は亮太に素っ気ない態度をとり続けている。
それでも懐いてくる亮太は本当に犬のようだと思う。

「とか言いながら日向は優しいから、亮太が来るまでお弁当開けないんだよねー。」

彼方は嬉しそうにニコニコ笑う。

「別に。先に食べてたらまたあいつがうるさそうだしな。」

弁当を膝の上に置き、ため息をつく。

-物好きもいたものだ。-

「でも僕は日向がちゃんと友達を作ってくれて嬉しいよ。」

彼方は満足そうに、日向の隣に寄り添う。

「別に。俺は彼方がいればそれでいい。」

毎度繰り返した台詞。
それでも二人の間では合言葉のようなものだ。

「ふふっ。僕も!」

-自分は誰とでも仲良くする癖に、よく言うぜ-
と日向は思う。
それから、亮太が来るまで他愛のない話をして時間を潰した。

彼方から聞いた話では、亮太はバスケ部でキャプテンらしい。
勉強に関しては絶望的だが、スポーツ万能で性格も明るく、人当たりもいいくせに配慮に欠ける。
つまり空気の読めない馬鹿だということはわかった。


「おっまたーせい!」

亮太がパンのたくさん入った袋をぶら下げて駆けてくる。
-やっと昼食が取れる-と二人は弁当の蓋を開ける。

「やっぱり二人ともおそろいの弁当なんだな。」

-やっぱりなー-というような顔をして亮太が二人の弁当を覗き込む。

「うん、母さんが毎日作ってくれるんだ。」

彼方は息を吐くように嘘をつく癖がある。

「えーいいなー!いい母ちゃんなんだろうなー。」
「普通だよ。ね?日向。」

彼方はいつも-普通-という言葉に拘る。
自分たちが普通の環境ではないことを気づいているからこそ、-普通-になりたがる。
彼方が首を傾げ、-ね?-と同意を求めてくるときは、
-空気を読め-という無言の圧力を感じる。
双子ながら食えない男だ。
と思いながら、日向は無言で頷く。どうせ嘘だとバレることもない。

「俺毎日パンだし、朝飯も前の日にコンビニで買ったパンばっかりだぜー。」

いいないいな、という風にパンを咥えながら亮太が騒ぐ。
食べるか喋るかどっちかにしてほしい。

「別に。朝食の余りを詰めただけだろ。」
「俺はそれすらないんだってばー。」

冷たくあしらっても心折れずに食らいついてくる。
いつか飽きるだろう、と思い日向は無言で昼食を食べ終えた。
彼方と亮太は談笑に夢中で箸が止まっている。
日向は眩しい日差しの中に寝転がった。
無理にこの会話に参加することはないのだから。







「日向。日向!起きて、もう授業始まってるよ。」

目を覚ましたら、周りには彼方しかいなかった。
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。

「…あいつは?」

うるさい犬がいない。
もう授業に行ってしまったのだろうか。薄情な奴だ。
隣にいる彼方も、日向と共に一緒に授業をサボったのだろう。

「次、委員会決めだって言って張り切って行っちゃった。」

らしくもない。
どうせ楽な委員を選ぶためだろう。どうでもいい。

「お前はやりたい委員会なかったのか?サボってたら面倒なの押し付けられるぞ。」
「それは日向も一緒じゃない。それに、別に委員会なんてどうでもいいし。」

そうだ。高校の委員会なんてたいしたことがない仕事ばかりだ。
何に決まろうが、面倒だったらサボればいい。
こういうズボラなところはそっくりだ。

「じゃあ、授業が終わるまで昼寝しようぜ。馬鹿犬のせいで疲れた。」
「馬鹿犬って亮太?確かに犬っぽいよね。」

彼方は女子のように口元を手で覆い、ふふっと笑って見せる。
いつも気分が乗らなければ、こうして二人で屋上で寄り添い、昼寝をして過ごしていた。
高校なんて卒業できればそれでいい。
どうせ自分たちには、普通の未来なんてないのだから。

正午過ぎの太陽は朝に比べると暖かく、昼寝にはもってこいだった。
日向と彼方は、太陽の眩しさに目を閉じた。







「おい!おいってば!」

キャンキャンと吠える声が聞こえる。
日向が重い瞼を開いたら、亮太が拗ねた様な顔をして、こちらを見下ろしていた。

「お前らなんでサボったんだよ!誤魔化すの大変だったんだからな!」

わざわざ余計なお世話だと思う。
隣を見れば、まだ彼方は寝息を立てて眠っていた。

「別に頼んでない。」

気分の悪い目覚めに、日向は彼方の頬をつつく。
眠たそうに彼方は目をこする。

「んー、亮太はなんの委員になったのー?」 

-よくぞ聞いてくれました!-言わんばかりに亮太は胸を張る。

「俺は、委員長だ!敬意をこめて委員長様と呼べっ!!」

似合わない。
日向と彼方は顔を合わせて口をポカンと開ける。

「…は?」
「えーなんでなんで!?亮太絶対似合わないー!」

つまらない冗談だ、と呆れる日向。
からかい気味に笑う彼方。

「立候補だ!昔から委員長になったらモテる!っていうのがセオリーだからな!」

屈託のない顔で笑う。
やはりこいつは馬鹿だ。
委員長がモテるのはアニメや漫画の中だけでの話だろう。
現実の委員長なんて、クラスの雑用や面倒な企画をするだけだ。

「あ、ちなみに日向が図書委員で、彼方が飼育委員に決まったぞ!俺の推薦だ!しっかりやれよっ!」

ガハハ、と豪快に笑う馬鹿犬。
どうやらこいつは面倒事しか起こさないらしい。

日向は小さくため息を吐いた。

麻丸。
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