「思い出を残す」

 「思い出を残す」



「そうだ、買い物行こうよ。」

日曜日。
彼方のその一言で、二人は出掛けることにした。
例によって、電車に二時間揺られて街の方へ。
京子が住んでいる田舎には、コンビニも、ゲームセンターも、何もないのだから、仕方ない。
日曜日にも関わらず、車内には数人の乗客しかいなくて、静かだった。

彼方と二度目のデート。
京子は黒いワンピースを身に着け、黒いハイヒールを履いた。
胸元には、毎日肌身離さず付けている猫と月がモチーフになったネックレス。
全部前回彼方が買ってくれたもの。
彼方が選んだ、彼方好みのファッション。

「可愛いね。それ、気に入ってくれたんだ。」

そう言って、彼方は満足そうに微笑む。

「別に、せっかくだから、着ないともったいないと思っただけです。」

照れ隠しで、言葉は素っ気なくなる。
けれど、デートの時くらい、彼方の好みでありたかった。
口では素直になれないのだから、この服を身に着けることで、気持ちを伝えたかった。

二時間も電車に揺られるのは、なんだか退屈だ。
彼方は、毎日この距離を通ってくれているのか。
窓の外は、海と山ばかりで変わり映えのない景色しか見えない。
他の乗客を見ると、携帯電話を眺めたり、本を読んだりしている。
みんな俯いて、移動時間を持て余しているようだ。

京子は、チラリと隣に座る彼方を盗み見た。
彼方は窓の淵に頬杖をついて、流れる景色をただぼーっと眺めていた。
変わり映えのしない景色を見て、楽しいのだろうか。
それとも、他の乗客と同様、することがなく、仕方なしに外を眺めるのか。

景色を眺める彼方の横顔は、なんだか切ないくらいに儚く見えた。
いつもそうだ。ふとした瞬間、気を抜いた時、彼方は目を細めて切なそうな表情になるのだ。
その瞳はどこか、愁いを映している。

「何?退屈?」

自分の視線に気付いた彼方は、微笑みを作る。
まるで、さっきまでの愁いをなかったかのように振る舞うのだ。

「…何見てるのかな、と思って。」

「景色だよ。」

「山と海しかないじゃないですか。」

「そうだねえ。でも僕は、都会より、こっちの方が好きだなあ。」

そう言って、彼方は窓の外へ視線を移す。
つられて京子も車窓を見ると、海が見えなくなり、田畑が広がっていた。

「田舎の方が、落ち着くんだよねえ。なんでだろ。田舎で育ったからかなあ。」

彼方は、遠くをぼんやりと見つめる。

「そういうものですか。」

その感覚は、京子にはわからない。
京子が生まれ育ったのは、これから二人が向かう都会だ。
自分は高校に上がると同時に、彼方が住む田舎へと移り住んだのだけれど、都会の方が住みやすいと思う。
自分が今住んでいる田舎は、遊ぶところもないし、スーパーは夜八時には閉まるし、二十四時間営業のコンビニもないし、不便だ。
夏は虫が多いし、冬は雪が膝まで積もる。
海から吹く潮風で髪はベタベタになるし、舗装された道路も少なく、歩くのにも一苦労だ
電車も一時間に一本しかないし、バスもほとんど走っていない。
何処に行くにも、不便な土地。
そんな町を、彼方は好きだと言うのか。
絶対に都会の方が、いろんなお店もあるし、便利で住みやすいと思うのに。

それでも、懐かしがるように目を細める彼方に、京子は何も言わなかった。

電車を降りて、彼方に連れて来られたのは、駅から少し歩いたところにある家電量販店。
日曜日ということもあって、店内は親子連れで大賑わいだった。
パソコンや冷蔵庫、テレビなどの家電や、ゲームやプラモデルなどの玩具まで並んでいる。

彼方は、キョロキョロと店内を見渡していた。
何かを探しているのだろう。

「何を買いに来たんですか?」

「えーっとね、カメラ。」

彼方は、両手の人差し指と親指を合わせて、四角の形を作る。
カメラに見立てているのだろう。

「カメラ?」

「なんかさー、昨日テレビ見てたらさ、カメラ男子が流行ってるって言ってたんだ。」

「はあ…?カメラ男子?」

「始めてみようかなーって思って。ほら、僕無趣味だし。」

まるでファインダーを覗いているかのように、彼方は指で作った四角を覗き込む。

「似合いそうでしょ?」

そう言って、首を傾げて可愛らしくウインクをしてみせた。

「カメラって、結構性格出るって言いません?彼方さん雑だから、写真撮るの下手そう。」

「練習すればなんとかなるでしょ。あ、あっちだ。」

そう言って、彼方は店の奥を指さす。
二人でその売り場に行くと、色や形、値段も様々なカメラが並んでいた。
安価なデジタルカメラや、高価なプロ仕様だと売り文句が書かれている一眼レフ。
京子にはカメラの知識なんてないのだから、どれがいいもので、どう違うのかなんて、わからない。

「いっぱいあるねえ。どれがいいんだろ。」

彼方も同様なようで、売り場に並ぶカメラや、その商品説明が書かれたポップを見比べる。
けれど、なにやらカタカナの専門用語ばかりで、よくわからない。

彼方は悩むように、うーんと低く唸った後、

「やっぱり、こういうのはプロに聞くのがいいよね。」

手近にいた店員を捕まえて、カメラのあれやこれやを聞き始めた。

いつも思うが、彼方の社交性は凄いと思う。
この間だって、全く知らない女性服屋の店員と親しげに相談しながら、自分の服を選んでくれた。
彼方はコミュニケーション能力が高く、初対面の人でも、すぐに仲良くなって、笑顔で談笑する。
京子には、できない技だ。けして自分は人見知りではない。
けれど、初対面の人や店の店員と話す時は、どこかぎこちなくなってしまう。
彼方はそれを感じさせない。
現に、今も既に店員と楽しげに言葉を交わしている。

「うーんじゃあ、彼女を一番綺麗に撮れるカメラはどれですか?」

嫌味のない笑顔で、冗談っぽく彼方は言う。
その言葉に、京子は恥ずかしくなってそっぽを向いた。
何を言ってるんだ、この男は。

「そうですね。それでしたら、こちらなどはいかがでしょう。」

店員の若い男は、クスクスと笑いながら、いくつかのカメラを手に取る。
大体、この店員はこの店の従業員であって、カメラの専門でもないだろうに。
けれど、人の良さそうな店員は嫌な顔をすることもなく、丁寧に商品の説明をしてくれた。


結局、彼方が購入したのは、五万を超えるデジタル一眼レフだった。
とても京子のような高校生が、簡単に買える金額ではない。
一体どこからそんな金が出てくるのか。

彼方は羽振りがいい。
以前だって、高い服を何着も買ってくれた。
毎日、安くはないケーキを持って会いに来てくれる。
自分のために使ってくれているお金だって、結構な額のはずだ。
そんなに夜の仕事の給料はいいのだろうか。

「よくそんな高いものが買えますね。」

「多少値段が張っても、カメラは一生物だからいいのを買った方がいいって、店員さんが言ってたんだもん。」

首から下げたカメラを興味津々で見つめながら、彼方は言う。
カメラを構えてみたり、ファインダーを覗きこんでみたり、両手で大事そうに持って眺めたり。
その姿は、新しいおもちゃを手に入れた子供そのものだった。

「すぐ飽きるかもしれないのに。もったいない。」

「えー、僕、そんな飽き性に見える?」

「ええ、とっても。」

「ひどいなあ。一生使うよ。死ぬまでこれ使うもん。」

彼方は、頬を膨らませて拗ねてみせる。

どうだか。
部屋の片付けさえまともにできないのに、カメラを大事にできるのだろうか。
一か月後には、部屋の隅で埃を被っていそうだと京子は思う。

カメラを購入して、二人は家電量販店を出た。
とりあえず駅の方へ戻ろうと歩いていると、京子は足に違和感を感じる。
ほんの少ししか歩いていないのだけれど、高いヒールで脹脛が張る。爪先が圧迫されて痛い。
こんな時にしかヒールのある靴を履かないのだから、慣れてないのだ。

せっかくのデートなのだから、この間みたいに手を繋いでくれてもいいのに。
彼方はご機嫌そうに、鼻歌交じりでカメラを両手で弄んでいた。
デートだと思っているのは、自分だけなのだろうか。

しばらく歩いて、京子の覚束なくなった足元に気付いたのか、彼方は立ち止まって振り返った。

「歩き疲れたでしょ?ちょっと何処かで休憩しようか。」

そう声を掛けてくれたのは、ラブホテルの前。
お城のような外観のカラフルな壁が悪趣味だ。
大通りに堂々と掲げられている看板には、彼方の言った休憩という文字が並んでいる。

「な…何言ってるんですか。」

京子は、顔が真っ赤になってしまう。
まだ昼間じゃないか。彼方は何を考えているんだ。
こんなところに来て、わざわざホテルだなんて。

「そこ曲がったところにね、新しいカフェができたんだって。京子ちゃん甘いもの好きでしょ?行ってみようよ。」

そう言って、彼方は前方の路地を指さす。

「え…カフェ?」

間の抜けた声が出た。
京子は、肩の力が抜けるのを感じた。
拍子抜けだ。なんだ、自分の勘違いたっだのか。
そりゃそうだ。いくら彼方でも、昼間からホテルへなど誘わないだろう。
安心するのと同時に、変なことを考えた自分に物凄く恥ずかしくなった。
居た堪れなくなって、京子は俯いて口を噤む。
ああ、もう、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
穴があったら入りたい気分だった。

「どうしたの?京子ちゃん。」

彼方は不思議そうに首を傾げる。
そして、彼方もラブホテルの看板に気付き、京子が思っていることを察したのか、ニヤニヤと意地悪に笑った。

「なに?もしかして勘違いしちゃった?京子ちゃんったら、昨日も積極的だったしねえ。」

「勘違いなんてしてないです!昨日も何もしてないです!」

照れ隠しで語気が強くなる。
昨日のことなんて、ほとんど覚えていない。
京子は、赤くなった顔を両手で覆う。
どこかに隠れる穴はないものか。

「もー照れちゃってー。」

彼方はおかしそうにクスクスと笑う。

「いいから、早くカフェ行きますよ!ケーキ、彼方さんの驕りですからね!」

「はいはい。もー京子ちゃん顔真っ赤。」

「うるさいです!」

そうして、手近にあったカフェに入った。
木目調で統一された床と天井に、真っ白な壁。
暖色の照明がお洒落で、落ち着きのあるお店だった。
傷一つない真新しい店内は、つい最近できた店だと思わせる。
周りを見渡せば、お洒落で新しいものが好きそうな女子が、店内に溢れている。
自分たちと同じように、楽しそうに談笑するカップルもいる。
裏路地に面していて目立たない店だが、そこそこ繁盛しているらしい。

「せっかくカメラ買ったのなら、こういうもので練習したらどうですか?」

京子は机の上のコーヒーとケーキを指さす。
ショートケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキ、ベリータルトが京子の前に並んでいた。
彼方はカフェオレだけ。相変わらず食が細いらしい。

「んー、こういうのよりさ、景色とか人を撮りたいんだよねえ。」

そう言って彼方は、両手でカメラを弄び、京子に向かって構えた。

「ねえ、京子ちゃん。笑って。」

カメラを向けられると、なんだか緊張する。
そのレンズの向こうに、彼方の瞳がある。
そう思うと、なんだかくすぐったいような、恥ずかしいような気持ちになる。

「嫌ですよ。恥ずかしい。」

「いいじゃない。記念にさ。ね?」

「何の記念ですか。」

「カメラ買った記念?」

疑問形の言葉で首を傾げて、彼方はファインダーから目を離して笑った。
さっきカメラを買ったばかりなのに、構える仕草がやけに似合っている。
それは、整った顔のせいか、儚い雰囲気のせいか。

「思い出を作りたいんだ。」

ポツリと、彼方が呟く。

「京子ちゃんといろんなところ行ってさ、いろんなことしてさ、それ全部写真にしたいんだ。写真にして、思い出にして残しておきたい。」

再び、カメラを構えてファインダーを覗く。

「ねえ、笑ってよ。」

その声が、耳を擽る。
低くて甘い彼方の声に、心臓が跳ね上がりそうだった。
レンズが自分に狙いを付ける。
心まで、写されてしまいそうだった。

「…恥ずかしいって言ってるじゃないですか。」

京子はテーブルに目を落とす。
その瞬間、シャッターが切られた。

「ちょっと!撮っていいなんて言ってないじゃないですか!」

突然のフラッシュに、京子は抗議の声を上げる。

「いいじゃない。うん、綺麗。」

悪びれる様子もなく、彼方はカメラの液晶画面を確認して、満足そうに微笑む。

「これが、僕と京子ちゃんの初めて記念だよ。」

そう言って、カメラの液晶画面を自分に見せた。
そこには、恥ずかしそうに俯く自分がいた。

「…消してください。」

「やだ。これは大事な最初の一枚なんだから。」

「最初の一枚なら、もっといい写真にしてくださいよ。」

「すごくいい写真じゃない、これ。」

彼方は、愛おしそうに眼を細めてディスプレイに目を落とす。
この写真がずっと彼方の手元に残るかと思うと、なんだか複雑な気持ちになった。
こうなるなら、最初から笑っていればよかった。
あんな変な顔をずっと彼方に見られるなんて、耐えられなかった。

「…もう一枚。」

「え?」

「もう一枚、撮ってください。」

「いいの?」

「ちゃんと笑いますから、その写真消してくださいね。」

恥ずかしいけれど、彼方のもとに残る自分は綺麗でありたい。
好きな人には、可愛い自分を見ていてほしい。
京子は、できるだけ可愛く笑顔を作った。


彼方は、嬉しそうにカメラを構えた。

麻丸。
この作品の作者

麻丸。

作品目次
作者の作品一覧 クリエイターページ ツイート 違反報告
{"id":"nov141580761930680","category":["cat0002","cat0004","cat0008"],"title":"\u300c\u30c0\u30ea\u30a2\u306e\u5e78\u798f\u300d","copy":"\u89aa\u304b\u3089\u66b4\u529b\u3092\u53d7\u3051\u308b\u53cc\u5b50\u306e\u65e5\u5411\u3068\u5f7c\u65b9\u3002\n\u305d\u3057\u3066\u305d\u306e\u5468\u308a\u306e\u4eba\u9593\u95a2\u4fc2\u3092\u5fc3\u6e29\u304b\u304f\u304a\u898b\u5b88\u308a\u304f\u3060\u3055\u3044\u3002\n\u72ed\u3044\u4e16\u754c\u306b\u751f\u304d\u308b\u5c11\u5e74\u305f\u3061\u306e\u6210\u9577\u3092\u63cf\u304f\u9752\u6625\u5c0f\u8aac\u3067\u3059\u3002","color":"tomato"}