「賑やかな祭り」

 「賑やかな祭り」



十月三十一日の土曜日。さわやかな秋晴れ。
この日は、学校の一大イベントの学園祭だった。
ハロウィンと日が被ったこともあって、校内やグラウンドには仮装した生徒もチラホラと歩いている。
生徒だけでなく、保護者や近隣住人も参加できるイベントのため、今日は教師以外の大人の姿も多かった。
他校の制服を着た少年少女たちもいる。

学園祭と言うことで、学校はいつもと違う雰囲気に包まれていた。
門の傍には手作りの派手な看板が立ち並び、校舎の壁には様々な宣伝ポスターが張られている。
時折客引きと思われる生徒が看板を持って声を挙げたり、チラシを配っている様子も見えた。
グラウンドには様々な模擬店が立ち並び、日向のクラスもその中の一つだった。

祭りと言えばたこ焼き、そう安易に思うのはみんな同じなようで、日向のクラスのたこ焼き屋は、休む間もないくらい繁盛していた。
店番は3~5人程度で交代制だ。けれど、上手くたこ焼きが丸く焼ける人間が少なかったため、日向は午前中からずっと店番をさせられていた。
自分だって、たこ焼きなんて焼いたことはなかった。
けれど、学園祭前にクラスメイトと集まって少し練習した時、何度か挑戦してみるうちに、コツを掴んでしまったのだ。
それがクラスメイトの目に留まり、半ば強制的にたこ焼きを焼く係りに任命されてしまった。
この時ばかりは、器用な自分が少し恨めしかった。
結局、接客や金勘定をするクラスメイトが一、二時間で交代していく中、日向は午前中の開始からお昼を過ぎるくらいまでたこ焼きを焼かされ続ける羽目になったのだ。

「マスター、追加のキャベツ切ってきたぜ。」

体躯の良い坊主頭の男子が、ボウルいっぱいに刻んだキャベツを持って声を掛けてくる。

「日向君、チーズはどこ置いておけばいい?」

その後ろから、眼鏡をかけた小柄な女子が続く。

「プロ、他に何か足りなくなりそうなものあるかー?」

手持無沙汰な様子の接客を担当している男子生徒が言う。
学園祭の前は、ほとんど話したことがなかったが、三人ともクラスメイトだ。

「ああ、鉄板の熱で溶けるから、チーズはちょっと離れたところ置いておいて。
 あと、タコそろそろなくなるから追加で。なるべく小さ目に切って持ってきて。大きすぎるとはみ出すから。」

三人のクラスメイトに、日向は指示を出す。
自分はクラスで目立つような存在ではなかったが、この学園祭を通して少しずつクラスメイトと打ち解けた。
自分の手捌きを見て、男子の中には自分を「マスター」や「プロ」なんて茶化して呼ぶ生徒もいる。
いつも自分を取り囲むような派手な女子とは違い、大人しそうな女子とも話をすることが多くなった。

「オッケー。俺がタコ切ってくるよ。」

そう言って、キャベツを持ってきてくれた男子生徒が再び校舎の方へ戻っていく。
眼鏡の女子生徒は、鉄板から離れた机にチーズを置いた。
それを横目で見ながら、日向は鉄板の上のたこ焼きをクルクルと器用に返していく。

「ていうか、高橋すげーな。やっぱバイトしてるとそういうの上手くなるんだなあ。」

接客を担当している男子生徒が、自分の手元を見ながら感心したように言う。
こういうのは時間が勝負だ。もたもたしていると綺麗な丸い形にならない。
それどころか、焦げ付いて固くなってしまう。

「いや、バイトはイタリアンとか洋食が多いから、あんま関係ないよ。」

日向は、鉄板を見つめたまま答える。
喋りながらも、手は忙しなくたこ焼きをひっくり返していく。

「へー。そうなのか。おおっ、すげえ。」

男子生徒は鉄板に釘付けになりながら、感嘆の声を上げる。

「でも凄いよ。日向君は器用なんだね。」

眼鏡の女子生徒も、褒めるように自分に微笑みかけた。

「ホント、高橋様様だな!お前がいてくれてよかったよ。」

「やめろよ。そんな大したものじゃないよ。」

自分がこんなにクラスの人間に必要とされるなんて、思ってもみなかった。
悪い気はしない。むしろ、少し気恥ずかしいけれど、いい気分だった。

そういえば、学園祭なんてまともに参加したことなかったな、と日向は思った。
去年も一昨年も、学園祭や体育祭なんてイベントの日は、学校を休んでいた。
親しい友人なんていなかったし、面倒だからと、サボったんだ。

騒がしい空気や人混みは苦手だけれど、たまになら心地よく感じる。
普段と違う雰囲気に包まれる学校。今までのように、内に篭って過ごしていたら関わることもなかったクラスメイト。
全てが真新しく見えた。面倒だとか言いながら、内心は楽しかった。
ここに、彼方もいればよかったのに。

そんなことを考えていると、ふいに、後ろから声を掛けられた。

「日向ー!交代しにきたぜー!」

「そろそろ変わってやるよ。」

振り向いたら、そこには将悟と亮太がいた。
将悟は、頭に白いタオルを巻いて、本職のたこ焼き職人のような格好だった。
ああ、そう言えば、去年は的屋のバイトをしていたと言っていたな。
亮太はフランクフルトを咥えて、手には焼きそばやお好み焼きを持っている。
部活をしなくなっても、相変わらずよく食べるようだ。

「ああ、頼む。もう腕疲れちゃって。」

そう言って、日向は腕を振る。
朝からたこ焼きを焼きっぱなしだった腕は、疲れて重たく感じた。
おまけにもう十月だと言うのに、鉄板から出る熱気で汗だくだ。
学ランを脱いでも、白いカッターシャツはわずかに汗で湿っていた。

将悟は自分の姿を見て、少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、声を潜めて言う。

「お前、学ラン…。脱いで平気なのかよ。」

「ん?…ああ。鉄板の前にいると暑くてさ。まあ、火傷の痕は消えないけど、袖捲らなきゃ平気だろ。」

「…そうか。」

将悟は少し怪訝そうな顔をしたが、すぐに取り繕って笑った。

「それより、早く百合ちゃんのとこ行ってやれよ。きっと、待ってるぞ。」

驚いたような顔をしたのは、将悟が自分の家庭事情を言知っているからだろう。
痣や切り傷はもう綺麗に消えたが、火傷の痕はまだ色濃く残っている。
きっと、一生残ることになるのだろう。

けれど、今はもう大丈夫だ。虐待を受ける心配はない。
記憶を無くした母親は、別人のように変わった。
最近は、不自由な手で食事を作ってくれようとしたり、洗濯や掃除も手伝おうとしてくれる。
専門学校への入学も認めてくれたし、自分の学校での様子を興味深そうに聞いてくる。
朝起きれば「おはよう」と微笑みかえてくれるし、家に帰れば「おかえり」と言って迎えてくれる。
本当に、ごく普通の母親のように振る舞ってくれる
もう母親のことで悩むことなんて何もないんだ。

「じゃあ、俺休憩入るよ。あとよろしく。」

そう言って持ち場を離れようとすると、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえた。

「日向くーん!」

その声に振り返ると、グラウンドの遠くの方から大きく手を振っている女性が見えた。
その女性は、そのまま小走りでこちらに向かってくる。
長い黒髪と、ふくよかな胸元。百合に少し似たその顔は、椿だった。

「えへへ。来ちゃった。」

押し掛け女房のようなセリフを言って、椿は微笑む。

「椿さん。」

亮太は自分を肘で小突いて、小声で囁きかけてきた。

「おい。この綺麗なお姉さん、誰だ?」

「…知り合いか?」

将悟も、同じように声を潜めてた。

「ああ、百合のお姉さんだよ。」

そう言うと、椿は二人にも微笑みかける。

「あら、日向君のお友達?いつも百合がお世話になってます。」

人懐っこい笑みを浮かべて、椿は二人にペコリと丁寧に頭を下げた。

「いえ、こちらこそ。」

そう言って、将悟はスマートに会釈を返す。
それに続いて、亮太も慌てて頭を下げた。

「え、マジで百合ちゃんのお姉さん?めっちゃ美人じゃん。…しかも、すげえ大きい。」

鼻の下を伸ばして、亮太は言う。
視線は、もちろん椿のふくよかな谷間に向けられていた。

「馬鹿、何言ってんだよ。」

日向は声を潜めて、亮太を咎める。

「そうだぞ。聞こえたらどうするんだよ。」

そう言って、将悟は亮太の脇腹を小突いた。

「あらあら。聞こえてるわよ。」

椿は気にする様子もなく、おかしそうに笑う。
ああ、そういえば、この人はそういう話にはオープンだったな、と日向は思った。

「あ、すんません。」

亮太は反省する様子もなく、鼻の下を伸ばしたまま頭を掻いた。

「ね、それより日向君。百合の教室行きたいんだけど、どっち行ったらいいのかな?
 さっきから地図見ながら何回もぐるぐるしてたんだけど、迷子になっちゃって。」

椿は、学園祭のパンフレットを開きながら言う。
パンフレットには模擬店の一覧や、学校内の地図が詳しく載っているはずだが、椿は首を傾げていた。

「それなら俺が案内しますよ。ちょうど百合のとこに行くところだったんです。」

「本当?ありがとう。助かるわあ。」

そう言って、椿は後ろを振り返る。

「雅也!日向君が案内してくれるって!」

その呼びかけに反応したのは、遠くで人混みに紛れている長身の男だった。
その男は、人の好さそうな顔でこっちを見て軽く会釈をしたけれど、近付いては来なかった。
見たことない人だ。父親にしては若すぎるし、百合に兄がいるなんて話は聞いたことない。
一体誰だろう。そう思っていると、椿が自分に囁きかけてきた。

「私の彼氏よ。ちょっと人見知りなの。あんなとこにいないで、こっち来ればいいのにねえ?」

それを聞いて、亮太はあからさまに残念そうな顔をした。

「えー。彼氏いたのか…。」

将悟によると、亮太は片っ端から他校の女子に声かけてフラれたらしい。
それでもまだ、諦めずに目につく女性に声をかけ続けているようだ。
そんなことをしなくても、亮太のことを好いている女子は傍にいるのにな、と日向は思ったけれど、口には出さなかった。
余計なことを言うと、後が怖い。真紀は相当気が強そうだ。

それから椿とその彼氏に少し待ってもらい、百合への差し入れとしてたこ焼きを作り始めた。
「相変わらず百合に甘いのねえ。」と、椿は茶化すようにニヤリと笑った。
もちろん、百合だけにではなく、せっかくだからと椿たちの分も作るつもりだった。
百合の家族には、少しでも良く思ってもらいたいからだ。

すっかり慣れた手つきで、鉄板いっぱいに生地を広げて、具材を乗せて丸めていく。
普通のたこ焼きだけではなく、いろんな具材を使って、いろんなたこ焼きを作ろうというアイディアを提案したのは、自分だった。
タコの代わりにエビや明太子、チーズや餅を入れてみたり、生地にひき肉を練り込んでみたり。
お菓子のようにホットケーキミックスを丸めて、チョコレートソースをかけてみたり。
そのおかげか、売り上げは好調だった。

「お前、それ焼きすぎじゃね?百合ちゃんそんなに食べないだろ。」

大量に作られたたこ焼きを見て、将悟が言う。

「ついでに、後輩にも差し入れしてやろうと思って。」

プラスティック製の容器に入った四つのたこ焼き。
そのうちの二つは、普通のたこ焼き。百合と、虎丸の分だ。
椿は、明太子と、チーズと、餅が入ったものがいいと言ったので、その通りに作った。
ホットケーキミックスを使ったお菓子のようなたこ焼きは、京子の分。
普通のたこ焼きでもよかったが、バイト先でお菓子のようなたこ焼きも作ると言ったとき、京子は目を輝かせていた。
よっぽど甘いものが好きなのだろう。どうせなら、喜んでもらえるようなものを差し入れたかった。

「え、日向って部活とかしてないだろ?後輩とかいるのかよ。」

そう亮太は、意外そうな顔で言う。

「バイト先の後輩。二年に二人いるんだ。」

途端に、亮太の目が輝く。

「女の子?女の子なら紹介しろよ!」

「一人女の子だけど、その子彼氏いるぞ。」

「ちぇー。」

そう言って、亮太は面白くなさそうに唇を尖らせる。
真紀の好意は結構わかりやすいと思うのだけれど、鈍い亮太が気付くのは、まだ先になりそうだ。

それから、出来たたこ焼きを持って百合の教室へ向かった。
椿の隣を歩き、椿の彼氏の雅也は二人の少し後ろをついてきた。

百合の教室へ向かう道中、椿は雅也のことを色々と話してくれた。
二人は同じ大学で知り合って、付き合って二年半になるらしい。
雅也は大人しい性格で、初対面の人と打ち解けるのに時間がかかると言う。
気が弱いだとか、積極性がないだとか、椿は好き放題言っていたが、雅也は何も言わずに少し困ったような笑みを浮かべていた。

椿は雅也のことを人見知りだと言っていたが、自分が話かければ普通に挨拶や会話を交わしてくれた。
自分も人見知りする方だから、なんとなくわかる。
初めて会う人とは何を話していいのかわからないのだ。だから黙ってしまう。
それに、自分と椿が面識があるからこそ、二人の会話を邪魔しないように雅也は遠慮しているのだろう。

椿は気にする様子もなく、楽しそうに話し続ける。
なんとなく、自分と百合みたいだな、と思った。
やっぱり姉妹だと、好みや性格が似るのだろうか。
椿と雅也のように、自分も百合と二年も三年も付き合っていけるだろうか。
そうなるといいな、と日向は思った。

百合に教室へ着くと、百合は例のメイド服を来て待っていた。
コスプレ喫茶の客入りは疎らで、ほとんどの席が空いていた。
男子生徒は、制服姿のままだ。どうやらコスプレをするのは、女子生徒だけらしい。
百合と同じく、ナースやチャイナドレスなどのコスプレをした女子生徒も暇そうだ。
グラウンドで模擬店をしている自分のクラスとは違い、校舎内での模擬店はあまり人気がないらしい。

「もー。ひーくん遅いから、待ちくたびれちゃいました。」

頬を膨らませて、百合は可愛らしく拗ねてみせる。
よっぽど退屈だったのだろう。百合は友人らしい女子生徒と机を囲み、トランプをしていたようだ。

「ごめんごめん。思った以上に忙しくてさ。はい、差し入れ。」

そう言って、先程作ってきたたこ焼きを百合に手渡す。

「わあ!たこ焼き!」

百合は、それを受け取って目を輝かせた。

「ゆーり。お姉ちゃんも来たわよ~。」

自分の背後から、椿が顔を覗かせる。
椿に続いて、雅也も遠慮がちに姿を現した。

「お姉ちゃん!…あれ、雅也さんも?またお姉ちゃんに付き合わされてるんですか?」

百合は椿と雅也を見比べ、目を瞬かせた。
雅也とも面識があったのか。初耳だ。

「はは。まあね。」

そう言って、雅也は苦笑いをする。
椿は、そんな雅也の小脇を突いて、「あら、雅也だって楽しみにしてたじゃない。」と少し拗ねたように頬を膨らませた。
そんな仕草は、百合そっくりだ。

「ねえ、百合。メイドさんらしく『おかえりなさいませ、ご主人様~』とか言ってくれないの?」

茶化すように、椿は言う。

「もー。言うわけないでしょ。私のご主人様は、ひーくんだけだもん。」

自信満々に、百合は胸を張る。
椿は、雅也と顔を見合わせた。
そして、椿はぷっと噴き出すように笑う。

「あらあらあら。雅也、私たちはどこか別の場所へ行きましょ。」

にんまりと微笑んで、椿は雅也の手を取る。

「え?百合ちゃんに会いに来たんじゃないの?もういいの?」

「いいのよ。二人の邪魔しちゃ悪いでしょ。ほら、行くわよ。」

戸惑う雅也を引っ張るように、椿は廊下へ消えていった。
なんだか嵐が過ぎ去ったみたいだ。一気に静かになった気がする。

「ひーくん。私たちもデートしましょ。」

そう言って、百合は指を絡めてきた。

「百合…。学校で手繋ぐのは恥ずかしいって。」

ここは百合のクラスの教室の中だ。
百合の友人やクラスメイトがこちらを見ている。
視線を感じると、なんだか気恥ずかしい。

「いいじゃないですか。今日はこうやって、『ひーくんは私のだ』って、みんなにアピールするんです!」

ニッコリと微笑んで、百合は手を繋ぐだけではなく自分の腕に絡みついてくる。
百合の体温で、体が熱くなるのを感じた。
人前でこんなに密着するなんて。なんだか照れくさい。

「そんなことしなくても、誰も取らないって。」

「あら。私、ひーくんがいつも女の子に囲まれてるの知ってるんですからね!」

そう言って、百合は意地悪そうに微笑んだ。

麻丸。
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麻丸。

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