「暴かれた関係。」

 「暴かれた関係。」

日向が好きだ。
というより、日向以外の人間が嫌いだ。

笑って愛想よくしていれば、周りに人は集まってくる。
でも、そいつらは僕たちのことを見分けることができない。
というより、どっちでもいいのだろう。

2人で1セット。
そういう認識でしかないのだから。

僕じゃないと駄目。
日向じゃないと駄目。
そんなことはないのだから。

二人のどちらかでいい。
どちらでもいい。
そういうこと。

でも僕は僕で、日向は日向で。
僕には日向じゃないと駄目なんだ。

たまに自分でも何を言っているのかわからなくなる。
けれど、僕の世界には日向しかいない。

周りで談笑するクラスメイトも、
告白してくる女の子たちも、
暴力を振るい続ける母親も、
全部全部、いらない。

日向だけいればいい。
日向だけが、僕のことをわかっていてくれたらいい。

依存だって立派な恋心だ。
別に男が好きだとか、同性愛者なわけじゃない。

日向だから好きなんだ。
男とか女とか、関係ない。
日向だから、好きなんだ。

生まれる前からずっと一緒で、
産まれた時もずっと一緒で、
ずっと一緒に育ってきた。

僕が一番日向のことをわかっている。
僕が一番日向のことをわかってあげられる。

たかが数年クラスメイトだった奴に、
たかが数か月片思いをしていた女に、
日向を奪われてたまるか。

17年間、ずっと好きだったんだ。
ずっと一緒にいたんだ。

何がこの感情の始まりだったのかなんて、覚えていない。
理由なんて関係ないくらい、二人でいることが当たり前だったから。

日向には僕がいればいい。
僕には日向しかいないから。
二人でずっと、狭い世界で生きていければいい。

ここは僕たちが守り続けた箱庭だ。
誰にも汚させはしない。





日向が出ていった玄関に座り込む。
帰ってきた日向を一番に迎えられるように。
会えない時間を数秒でも減らすため。

日向と離れるこの少しの時間が、寂しくて苦しくて辛くて仕方がなかった。

指先で唇に触れる。
日向にキスをしたのは、気の迷いなどではなかった。
何をしてでも、日向を繋ぎとめていたかった。

日向の怯えるような表情に、少しの背徳感と高揚感を覚えた。
潤んだ瞳で見つめてくる日向を、滅茶苦茶にしてしまいたかった。
自分の感触だけを教え込ませて、離れられないようにしたかった。
自分だけを見ていてほしかった。

「キス、したい…。」

もう一度日向の柔らかな唇に、触れてみたい。

-早く、早く帰ってきて。-

彼方は苦しいほどに、日向に恋焦がれていた。








小さな喫茶店の窓際の席。
大通りを見渡せる特等席だ。
平日のせいか、他に客は少なかった。

「で、話って…?」

人数分並べられたコーヒーを前に日向が切り出す。
四人掛けのソファ席での対面には亮太と将悟がいた。

「日向!この前はごめん!俺いつも空気読めなくて、お前を傷つけた。
 本当に…ごめん!」

頭を下げ、両手をその前で合わせて亮太が謝る。
図書室の出来事のことだろう。
日向も、あの時のことをずっと謝りたいと思っていた。

「いや、あれは俺が悪かったから…おれも、ごめん。」

日向は俯き加減で小さく頭を下げる。
将悟は黙って二人の様子を、じっと見ていた。

「俺たち…また、友達に戻れるよな…?」

「それは…。」

彼方のことが思い浮かぶ。
きっと亮太と親しくしていたら、また彼方が不安がる。
もっと束縛がきつくなる。
彼方のためには、亮太を拒絶した方がいいのではないかと考える。

「おい、それは弟のこと話してからだろ。」

黙っていた将悟が口を開ける。
鋭い目つきで日向のことを睨みつけていた。

「でもそれは…日向には関係ないじゃ」

「アホか。元をたどればこいつが原因だろ!」

遠慮がちな亮太の言葉を遮る将悟。
日向は二人の話についていけない。
おそらく彼方のことを話しているのだろうが。

「何の話だ…?」

「それは…先週の月曜日の…。」

先週の月曜日。
それは彼方が日向に嘘を吐いた日。
亮太に殴られて、頬を腫らして帰ってきた日だ。

「お前…まさか弟から何も聞いてないのか?」

「…ああ。何も話そうとしないし…。」

「嘘…だろ…?」

将悟は意外そうな顔をする。
亮太もパチパチと大きな瞬きをして将悟と顔を見合わせる。

「亮太に殴られたってことくらいしか…聞いてない。
 なんでそんなことになったのか、とか全然…何も言わなくて…。」

付き合いが浅い日向でもわかる。
亮太は明るく底抜けの馬鹿だが、人をすぐ殴るような男ではない。
きっと、よっぽどのことがあったのだろう。

「何が…あったんだ?」

「それはその…えっと…。」

亮太が言い辛そうに口ごもる。
そんな亮太の様子を見て、将悟は大きなため息を一つ吐く。

「お前の弟が、こいつの好きな女のことを強姦しようとしていたんだ。」

「…は?」

「ちょっ、将悟!もっと柔らかい言い方があるだろうが!!」

唖然とする日向と、慌てる様子の亮太を横目に、将悟は続ける。

「で、その子はお前のことが好きだったらしくて、
 お前の弟がお前のフリして、弄んだ。」

「弄んだって…強姦って…そんな…。」

「将悟!…もうやめろよ!」

思考がついていかない。
何も知らなかった自分に、唖然とする日向。

「たまたま駆けつけた俺らがヤラレそうになってたその子助けて、
 こいつがぶち切れてお前の弟を殴った。」

「…っ!そんな生々しく言わなくてもいいだろ!」

日向の目を真っ直ぐ見つめ、淡々と話す将悟。
亮太は辛そうに俯いて、膝の上で拳を握る。

「なんで…彼方はそんな…。」

日向はあまりの衝撃的な話に、言葉が出てこない。
自分に嘘を吐いてまでやりたかったことが、強姦だなんて信じられなかった。
自分に依存し、執着する彼方がやることとは思えなかった。

「お前を奪われたくない。自分のものだ、ってアイツは言ってたぞ。
 その子のことが邪魔だって。」

「将悟、もうやめろよ…。」

絞り出すような小声で亮太が将悟を制止しようとする。
将悟は構わず、淡々とした口調で喋り続ける。
受け止めるには大きすぎる事実に、日向は何も考えられなくなっていた。

「なあ、お前らなんなの?
 双子で同じ顔して、いつも一緒にいて、お互いにベッタリ依存して、
 そういうのおかしいと思わねえの?」

将悟の問いかけに答えることができない。
何も答えない日向から視線をそらすことなく、将悟の口は止まらない。

「それ。」

将悟が日向を真っ直ぐ見て、自分の首筋を指さす。

「その首のも、弟につけられたわけ?」

「こ…これは…っ。」

日向は指摘された噛み跡を、慌てて手の平で覆うように隠す。
動揺と緊張で、喉がカラカラに乾いて言葉が紡げない。

「否定もしねえのかよ。…お前らホモかよ、気持ち悪い。」

将悟は吐き捨てるように呟く。

バンっ!

亮太は耐えられないといった様子で、机を叩いて立ち上がる。

「もうやめろよ!日向は何も悪くないだろ!
 …そんな責めるみたいな言い方するなよ!」

一瞬の沈黙。
そんな亮太を横目で見て、将悟は静かに口を開く。







「俺は思ったことを言っただけだ。
 明らかにこいつら、普通じゃない。…異常だろ。」




麻丸。
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麻丸。

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