「絡まる思考。」

 「絡まる思考。」

世間から見る自分たちのこの関係は異常だとしても、
許されることはないのだろうか。
引いて、気持ち悪がって、遠ざかっていくのが普通の反応なのだろうか。
それなら最初から見なければいいのに。関わらなければいいのに。
自分たちが何をしようと、他人には関係のないこと。

その自分に向けられる優しい手を奪われたら、
心臓が痛くなって、呼吸ができなくなって、死んでしまう。

生きるために、呼吸をするために、彼が必要だった。





「ねー卵はスクランブルエッグにしてほしいなー。」

「はいはい。もうできるから、皿用意しろよ。」

「はーい。」

彼方はテーブルに座り、甘えたように言う。
キッチンでは日向が朝食の準備をしていた。

二人きりで過ごすときは、彼方は上機嫌だ。
彼方が子供のように小さなワガママを言い、
日向が仕方がないと言うように、優しくそのワガママをきく。
それが二人の些細だが、幸せな日常だ。

出来上がった朝食を食卓に並べる。
嬉しそうな彼方の笑顔が眩しい。

「やっぱり日向が作るご飯は美味しいね。」

「パンと卵焼いただけだろ。」

「それでも美味しいよ。」

パンを頬張る彼方を見つめて、日向は考えていた。

亮太に言われたこと、将悟に言われたこと、彼方の「寝言」。
縋りつくその手を無理矢理にでも離すのが正解なのか、
このまま惰性のまま二人で生きることを選択するべきなのか。

「なあ、彼方。」

「んー?」

「進路、どうするんだ?」

日向は熱いコーヒーの入ったカップを両手で包むようにして
その中に映る自分を見つめながら話す。

「日向はどうしたい?
 …って言っても大学とかは無理だよね。お金ないし。」

「大学なら…奨学金とか、バイトしながら通うってのもできると思うけど。」

「んー、まあ日向が大学行きたいって言うなら、
 僕も一緒に勉強とかバイト頑張るよ!
 僕たちの学力で入れそうなところ?」

「そうじゃなくて…。彼方は…どうするんだ?」

「どう、って…。日向と一緒だよ。
 日向が大学行きたいって言うなら僕も大学行くし、
 専門学校とかなら僕も一緒に行くよ?」

何の疑問もないように二人一緒だと言う彼方。
日向は将悟に言われたことを思い出していた。

「昨日、中村に言われたんだ。
 俺には俺の、彼方には彼方の人生があるんだから、
 いつまでも一緒にはいられないって。
 何が俺たちの人生に一番いい選択なのかを、ちゃんと考えろって。」

「…なにそれ。中村君には関係ないじゃん。」

少し腹を立てたように眉をひそめる彼方。
日向はただ、コーヒーに映る自分を見つめていた。

「いつかお互いに彼女ができて、
 結婚して、家庭をもって、子供を作るのが普通だって。
 俺らは…おかしいんだって、言われた。」

「…日向は僕といることが、おかしいと思うの?」

テーブル越しに向かい合う二人。
彼方は日向を真っ直ぐと見つめ、詰め寄るように身を乗り出す。

「…わからなくなった。」

消え入りそうな、小さな呟き。

「いつも一緒にいることが当たり前だったから…
 いきなり…別々の人生があるって言われても…。」

このままでいられないのなら、
いつまで一緒にいれるのだろう。
いつ、その手を離す時がくるのだろう。

そんな漠然とした不安が、日向の心の中に渦巻いていた。

「日向は、僕とずっと一緒にいるのが嫌なの?」

「違う…けど、ホモだとか、普通じゃないとか言われて…。」

「普通だよ。僕らの中では普通なんだよ。
 僕は…男だからとかじゃなくて、日向だから…好きなんだ。」

いつもより弱弱しい日向を見て、彼方はゆっくりと諭す。
日向はいつもクールで、自分の前だけでは柔らかく笑うのに。
今の日向は俯き、不安がいっぱいな様子で縮こまっていた。

「どうしたの?今日の日向…なんかおかしいよ?」

「…俺たち、…距離を置いた方がいいって、言われたんだ。」

「…え?」

彼方は唖然とした様子で、目を丸くする。
日向は俯いたまま、少し震える手を押さえて、話す。

「彼方だって…ずっと俺の傍にいてくれる保障もないだろ…?
 女にだって興味あるんだろ?じゃなきゃ、あんなこと…。」

絞り出した声が、途切れる。
あの事件で何よりも驚いたのは、彼方が少女を傷つけたことよりも、
そういうことを自分以外の人間にしようとしたことだった。

なんとなく、彼方の中では自分が一番で、
他の人間なんて求めないだろうと思っていたから。
それが相手を傷つけるためにやったことだとしても、
日向の中には複雑な気持ちが残る。

―何馬鹿なこと考えているんだ。俺は男だし…。

彼方が自分の知らない表情で少女を抱こうとしたことを、認めたくない。
けれど、自分は男で彼方も男。
この関係は、認められるわけがない。

―いつかは、彼方も女を選ぶ。

「あれは…あの子が僕から日向を奪おうとしたから…。
 僕が好きなのは、日向だけだよ。」

彼方は後ろめたそうに目を背け、日向の方を見ようとはしない。
それが余計に日向の不安を煽る。

そうだ。いつまでも一緒にはいられない。
こんなにも不確かな感情を、信じ続けるなんて滑稽だ。
どうしようもない不安と、どうしようもならない苛立ちで声が震える。

「好きだ好きだって言ったって…、
 いつまでも好きでいてくれる保障なんてねーだろ!?」

「日向…?」

感情任せに大きくなってしまった日向の声に、彼方は驚いたような顔をした。

日向も突然無意識に口から出た言葉に、驚いた。

まただ。亮太の時と同じだ。
一人で不安になって、イライラして、耐えきれなくなって、
相手に当たって、拒絶してしまう。
本当は離したくないのに、差し出されているその手を、拒んでしまう。


居た堪れなくなった日向は立ち上がる。

「…ごめん。……俺、今日学校行く。」

「ちょっと待ってよ!なんで…。」

彼方の声も聞かずに足早に風呂場へと向かう。

そして脱衣所の扉を開け、力が抜けたように両手で顔を覆って、
ずるずると、しゃがみこむ。

今は彼方と話す気力がない。
合わせる顔がない。




頭の中がぐちゃぐちゃだった。
いつまでも一緒にはいられない。二人とも別々の将来がある。
だからこそ、ちゃんと自立しないといけないのに、
今の自分は彼方へ対しての不安と嫉妬でいっぱいになっていた。

いつも一緒にいてくれる彼方。
自分の知らない間に、女に手を出した彼方。
無理矢理なキスをしてきた彼方。

手を離さなければならないのに、その手を握り返していたかったのに、
自分から振り払うような真似をしてしまう。

いつもそうだ。
彼方が自分に依存しているように思い込んで、
自分の方が彼方にどっぷり依存しきっている。

自分がいないと生きていけないというのは、嘘だ。
日向がいなくても彼方は生きていける。



彼方がいないと、生きていけないのは






自分だ。





麻丸。
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麻丸。

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