「鳥籠の双子」
「鳥籠の双子」
-なんで…っ-
-どうして…私ばっかり…っ-
-あなたたちなんて…死んじゃえばいいのに…っ-
荒れ果てたリビング。
珍しく母親が1週間以上も家にいる。
夜は「仕事だ」と言って出かけて、朝方に帰ってくる。
そして、昼夜問わず酒に酔って、いつもどおり二人に暴力を繰り返した。
大方、男にでも振られたのだろう。
二人の体は、痣のない部分を探すことが難しいくらい痛々しく、変色していた。
しかし母親もギリギリで理性が働くのか、
二人の顔だけは痣もなく、綺麗なままだった。
-顔に傷がない分、マシだ。-
6月の衣替えを迎えても、二人は手首までしっかりシャツで隠していた。
体育も、着替えずに体育館の隅で時間が過ぎるのを待つ。それでいい。
誰かにバレるのも面倒だし、それで二人で一緒にいれなくなったら意味がない。
-ねえ、このまま二人で消えてしまおうか。-
-駄目だ。逃げる場所なんてどこにもない。-
-一つだけ、二人で逃げられる場所、あるよ。-
-どうせ見つけられる。-
-見つからないよ。見つかるかもしれないけれど、
その頃には二人は一つになれるから…。-
目覚まし時計が鳴る。懐かしい夢を見ていた気がした。
カーテンから覗く空は、どんよりと重たい灰色をしていた。
日向は目覚まし時計を止めようと体を起こそうとする。
が、体に重い違和感を感じる。
彼方が日向を縋りつくように、抱きしめるように、眠っていた。
仕方なく日向は手だけを目一杯伸ばして、枕もとの目覚まし時計を止める。
隣で眠る彼方はまだ寝息をたてている。
「彼方、起きろ。朝だぞ。」
無防備な半開きの口。
彼方の抱きしめる手を解き、頬をつつく。
「やだ…。」
解いた腕をもう一度絡める。
わがままを言う子供のようだ。
日向はため息をつき、彼方の頭を撫でてやる。
「あの人が起きてくる前に、学校に行くぞ。
それから、今日は金曜日だから、委員会終わってもギリギリまで学校にいよう。」
「うん…。」
布団を捲り、露わになった二人の体は、無数の痣や傷でいっぱいだった。
泣き腫らした瞳と、細い腕がどこか人形のように無機質に感じた。
最近の彼方は完全に憔悴しきっていた。
無理もない。あの悪夢が毎日毎日繰り返されるのだ。
いつもなら帰って来ない日の方が多いのに。
今回は一週間以上も毎日毎日虐待が続いている。
-早く新しい男でも作って出ていけばいいのに-
日向も、彼方も、そんなことばかり考えていた。
放課後の図書室。亮太は律儀に毎回部活の途中で日向の様子を見に来る。
今日はバスケ部のユニフォームを着ていなかった。サボりだろうか。
部活をサボってまで何故自分に執着するのか、日向には理解できない。
今は亮太より、彼方のことが心配だった。
いつものようにクラスメイトと話していても心ここにあらず…
といったような感じだったからだ。
「なあなあ、最近彼方元気ないよなー?なんかあったのか?」
いつもの亮太の軽い口調。
今日はそれが何故か、いつも以上に気に障る。
「別に。お前には関係ないだろう。」
いつも通り冷たく突き放す。
開いている本の文字が頭に入って来ない。
「日向もなんか最近イライラしてる…気がする。」
心配そうに亮太が日向の顔を覗き込む。
-そう思うならほっておいてくれ-
「別に。」
「なんかあったなら俺にも相談しろよ!俺ら友達だろ!?」
こういう体育会特有のノリは性に合わない。
そもそも亮太が勝手に友達認定して懐いてきているだけだ。
-これ以上踏み込んで来るな-
「…関係ない。」
「えーそんなこと言うなよー!」
何故かいつもよりイライラする。
胸の奥に重たい鉛が溜まっていくようだ。
その何も知らないくせに、ヘラヘラ笑うその声が、顔が、動きが、
全部目障りで仕方なかった。
-やめてくれ-
ガタン。
「…っ関係ないって言ってるだろう!
大体…っ、お前に何ができるんだよ…!お節介なんだよ!全部…全部っ!」
日向は自分で自分の行動に驚いた。
本を放り投げ、感情任せに怒鳴ってしまった。
こんなつもりはなかったのに。
静かな図書室が、一層静まり返る。
周りの人間がみんな、好奇の眼差しでこちらを見ていた。
亮太も驚いたように、口をポカンと開けていた。
一瞬、自分でも何をしたのかわからなった。
日向は恥ずかしくていたたまれない気持ちになって、
鞄を持ち、この場から逃げ出してしまおうと思った。
カウンターを抜け、図書室の扉を開けようとすると、亮太に腕を掴まれた。
「待てよ。」
バスケ部だけあって握力が強く、逃げられない。
シャツの中の、内出血している部分がひどく痛む。
「俺には…俺には、何もできねえよ!
お前がちゃんと助けてくれって言わねえと、何もできねえんだよ!
少しは…俺のことを頼ったっていーんじゃねーの…?」
亮太なりに言葉を選び、力強く、でも弱弱しく言葉を紡ぐ。
そしてそのまま項垂れるように亮太は手の力を緩めた。
日向は図書室の扉と開け、逃げるように彼方のいる飼育小屋に向かった。
「少なくとも、俺は、
俺はお前のこと友達だって思ってるからな!」
後ろから大きな亮太の声が聞こえる。
-知らない知らないこんなの知らない-
日向は悲しいような苦しいような、恥ずかしいような、
自分の感情がわからなくなっていた。
-早く彼方に会いたい。早く彼方に会って、いつもの自分に戻らないと…-
しかし飼育小屋に、彼方の姿はなかった。