「沈んだ月」
「沈んだ月」
明日から学校が始まる。
けれど、日向は相変わらずバイトに勤しんでいた。
宿題はまだ終わっていない。
今日バイトが終わったら、徹夜で仕上げないといけないだろう。
相変わらず、彼方は帰ってこない。
けれど、それでいい。仕方ないんだ。
きっと自分達は分かり合えないし、もう元には戻れない。
彼方は自分から離れていった。だから、自分も彼方を手放した。
これでいい。お互いに歩む道は別だ。今まで通りにはいかない。
彼方も彼方なりに、色々考えているのだろう。
きっと彼方は、自分が知らない何処かで、誰かと生きていくのだろう。
自分じゃない誰かと、笑っているのだろう。
自分には百合がいる。
百合がいれば、生きていける。
だから、彼方がいなくても、平気だ。
彼方がいないと生きていけないだなんて、もうそんなに弱い人間じゃない。
百合と約束したんだ。百合と生きることを。
「虎丸、七番テーブルの食後のデザートはまだ出さなくていいのか?」
日向はキッチンから、カウンター越しに虎丸に声を掛ける。
伝票を見ると、七番テーブルの注文はランチセットで、食後のデザートが付いている。
けれど、ランチプレートを出してから、三十分以上も経っている。
いくらなんでも、少し遅すぎるのではないか。
「あ…やべ…!そろそろ準備してくださいっす!」
「わかった。」
虎丸はすっかり忘れていたようだ。
慌ただしくホールへと向かう虎丸の背中を見送って、日向はデザートの用意をする。
ミニサイズのショートケーキにアイスを添えて、生クリームとストロベリーソースでデコレーションをする。
最後に小さなミントの葉を乗せて、出来上がり。
そして、早足で空いた皿を持って戻ってきた虎丸に、そのデザートを渡す。
「虎丸、俺に言われるまで忘れてただろ?」
日向は開いた皿を受け取りながら、言う。
虎丸はトレンチにデザートを乗せて、スプーンとフォークを用意していた。
「そんなことないっすよ!ちゃんと今思い出しました!」
誤魔化すように、虎丸は笑う。
完全に忘れていたくせに。日向は小さく溜息を吐く。
「それ、忘れてたって言うんだぞ。」
「さーせん、気を付けるっす!」
そう言って、虎丸は素直に謝る。
そして、デザートの乗ったトレンチを持って、ホールの方へと向かっていった。
虎丸は言葉遣いは少し雑で、少し抜けているだが、なんだか憎めない奴だ。
明るくて素直で、可愛い後輩だと思う。この店に勤めるのは、虎丸の方が先輩だけれど。
虎丸や他のスタッフともすっかり打ち解けて、カフェ・プレーゴは日向にとって居心地のいい場所になっていた。
ドリンクやデザートだけでなく、ほとんどのメニューを任せてもらえるようなったし、店長やシェフに褒められることも多くなった。
元々料理は得意だし、新しい技術や知識をシェフから教えてもらえるのも面白い。
店長も気さくで面白い人だし、苦手だった他人との関わりが、苦じゃなくなってきた。
学費を稼ぐためだとか言いながら、日向はバイトをすることが楽しくなっていた。
見違えるほど、毎日が楽しかった。
ふいに、風鈴の涼しげな音色が聞こえる。
店の玄関が開いたようだ。新しいお客さんだろうか。
「あー!竹内さん!お久しぶりっすー!帰ってきたんすか?」
玄関の方から、虎丸の声が聞こえる。
サッカー部で鍛えられているからか、キッチンにいても聞こえるほど、虎丸は声が大きい。
キッチンからは玄関を確認することはできないが、聞こえてくる虎丸の会話からすると、どうやらお客さんではないらしい。
「ああ、梨本店長なら、奥の事務室にいるっすよー。
ちょうど来月のシフト組んでるところっす。」
誰と話しているのだろう。時々、笑い声が聞こえる。女の子の声だ。
ゆっくりと、虎丸と女の子の声はこちらへと近づいてくる。
こちらには、カウンターとキッチンと事務室しかないのに。
虎丸は話しながら、その人物を事務室へ案内しようと、キッチンの前を横切る。
後ろには、短い黒髪で細身の女の子がいた。
梨本店長が言っていた、この店で働くもう一人の同じ学校の子というのは、この子だろうか。
「あ、高橋さん。竹内さんと会うの初めてっすよね?」
虎丸はキッチンに振り返り、日向に声を掛ける。
「ああ、うん。」
日向が答えると、その少女は、チラッとキッチンに目を向ける。
日向を見て、一瞬だけ、驚いたような顔をして目を逸らした。
何故だろう。どこかで会ったことがあるだろうか。
同じ学校だから、見かけたことくらいあるかもしれないが、あまりにも不自然な態度だ。
それとも、あの胡散臭い噂のせいだろうか。
虎丸は少女のそんな様子に気付くこともなく、竹内と呼ばれた少女を日向に紹介する。
「彼女が竹内さんっす。俺と同じ二年で、ホールの子っすよ。」
「高橋日向です。よろしく。」
日向は軽く微笑んで、その少女に挨拶をする。
その少女は、ニコリともせずに、日向から目を逸らしたままだった。
続けて、虎丸はその少女に日向を紹介する。
「で、同じ学校で三年の高橋先輩っす。」
「…どうも。竹内京子です。」
京子は目を合わせることなく、吐き捨てるように言った。
どうしたんだろう。さっきまで、虎丸と楽しそうに話していたのに。
虎丸も京子の様子がおかしいことに気付いて、京子の顔を覗きこむ。
「竹内さん、どうしたんすか?」
「なんでもない。…私、事務室行ってくるから。」
冷たく言い捨てて、そのまま京子はキッチンの前を横切り、事務室のある店の奥へと消えてしまった。
逃げるような京子の後姿を見て、何故か日向は彼女に見覚えがある気がした。
でも、どこで会ったのかは思い出せない。
きっと、学校の中で会ったのだろうけど、どこだっけ。
委員会は違うし、そもそも部活をしていない日向は、下級生と接点がないはずなのに。
どうして見覚えがあるのだろう。どこで会ったんだろう。
向こうは日向のことを、知っているみたいだった。
それにしても、あの態度はなんなんだろう。
少し、冷たすぎやしないか。
ほぼ初対面であの態度は、さすがに傷付く。
「なあ、虎丸。…俺、竹内さんに何かしたかな…?」
日向はカウンター越しに、虎丸に声を掛ける。
変なことをした覚えはないが、一応聞いてみよう。
「さあ?照れてるだけじゃないっすか?」
虎丸も不思議そうに首を傾げる。
当然だろう。さっきまで京子は、普通に虎丸と楽しそうに話していたのだから。
「あー。あれっすかね。レディースデー?」
虎丸は思いついたように言う。
「レディースデー?」
日向は意味がわからずに、首を傾げる。
映画館やカラオケ店で、そういう日があることは知っているが、カフェ・プレーゴでは、そんなものはない。
「生理っすよ。女の子の日。」
虎丸は、ケロッとした顔で恥ずかしげもなく、平然と言い放つ。
「は…?」
「女の人って、生理になるとイライラするって言いません?」
その言葉に、日向は恥ずかしくなって、言葉を失ってしまう。
なんていうことを口にするんだ、この男は。
女の人に生理があることは知っているが、よくそういうことを人前で平然と言えるものだ。
恥じらいというものはないのだろうか。自分なら、絶対にそんなこと言えない。
素直すぎるのも考えものだ。
「…虎丸。お前がモテないのは、そういうところだと思う。」
日向は呆れて、ため息交じりに呟く。
「えー、なんでっすか!」
「デリカシーがなさすぎる。セクハラだぞ、それ。」
「セクハラって…大袈裟っす!
俺だって、さすがに、女の子には『生理?』なんて、セクハラおやじみたいなこと聞きませんよ!
ちゃんとオブラートに包んで言ったじゃないっすかー。」
虎丸は拗ねるように、唇を尖らせる。
オブラートに包めばいい、という問題でもないだろう。
日向は小さくため息を吐く。
「でも俺、あの子どこかで見たことある気がするんだよな…。」
「そりゃ同じ学校なんすから、見たことくらいはあるでしょう?」
虎丸の言うことはもっともだ。
けれど、同じ学校でちょっと見たりすれ違ったくらいで、覚えがあるものだろうか。
なんか、こう、もっと別の形で会っているような気がする。
「うーん、そうなんだけど。なんか、どっかで会ったような…。」
必死に思い出そうとする日向に、虎丸は茶化すように笑う。
「それ、新しいナンパっすか?」
「…馬鹿言うな。」
それから何度思い出そうとしても、思い出せるわけもなく、もやもやとした気持ちになった。
しばらくして事務室から出てきた京子は、『お疲れ様です』と、日向と目を合わせぬまま、事務的に素っ気ない言葉を吐いて帰って行った。
他のスタッフとは楽しそうに談笑していたのに、明らかに態度がおかしい。
気のせいだと思おうとしたが、やっぱり、どこかで会っているのだろうか。
考えていても、思い出せないものは仕方がない。
今度シフトが一緒になった時に、直接本人にに聞いてみよう。
そう、日向は思った。
明け方。日付が九月に変わった朝。
店が終わって片付けを済ませた誠は、ソファーに座り、煙草をふかしていた。
他の従業員はもうとっくに帰したし、彼方は今日もアフターに行ってしまった。
相変わらず、枕営業を続けているのだろうか。
とことん馬鹿な奴だと思う。救えない。
まあ、そんな馬鹿な奴とも、今日でお別れだが。
けれど彼方は「お疲れ様です」とだけ言って、アフターに行ってしまった。
今日で終わりなのだから、「今までありがとうございました」とか、もっと言葉があってもいいと思うのに。
そういうところも、少し気に入らない。
まあ、もう関わることもないのだろうけど。
隣の席のソファーに座る優樹は、何やら携帯ゲームに夢中なようだ。
他の従業員に教えてもらったという、RPGのオンライン対戦ゲーム。
子供っぽいところがある優樹は、見事にハマってしまっていた。
今日の優樹は、珍しく閉店まで起きていた。
こんなことは一週間に一回あるか、ないか、くらいだ。
まあ、今日はいつものように無理矢理起こして、抱えて帰らなくていいから楽だけど。
「なー、誠もこのゲーム始めろよー。面白いぞ。」
そう言って、優樹は自分のスマートフォンの画面を見せる。
ゲーム画面の下の方には、優樹のパーティーと思われるキャラが並んでいた。
女の子ばかり。それも幼く描かれているキャラばかりだ。
「それ、女キャラしかいねーの?」
「いや、男キャラの方が多い。」
「優樹君のパーティー、女しかいねーじゃん。」
「可愛いだろ?美少女キャラを集めるゲームだぜ?」
優樹はニッコリと笑う。
誠もヤンキー時代に特にすることもなく、友人の家で朝から晩までゲームにハマっていた時期があったが、RPGや対戦ゲームは強いキャラを育てるものだろう。
けして可愛い美少女を集めるゲームではない。
歳の離れた妹を溺愛していたり、幼い美少女キャラを集めたりと、優樹は少しロリコンの気があるのかもしれない。
「いや、そういうゲームじゃねえから。」
呆れた誠がその画面をのぞき込むと、キャラの職業が小さく書いてあった。
五人並ぶ美少女の職業は、どれも白魔導士。
まともな攻撃をできずに、回復魔法しか使えないのではないか。
「それに…なんだよ、このパーティー。白魔導士ばっかりじゃん。」
「やっぱ白魔導士は可愛い子ばっかだなー。」
敢えてこのパーティーにしているのか。
優樹はゲームをわかっていない。
元ゲーマーだった自分が言うのだから、間違いない。
「バッカ!戦士とか武闘家とか入れろよ。打撃ないとキツイだろ。」
「うるせー。ゲームの楽しみ方は人それぞれだろ。」
誠の忠告も虚しく、優樹はそのままのパーティーでゲームを続ける。
昔からそうだ。優樹は自由気ままでワガママで、人の忠告を聞かない。
でもなんとなく、上手くいってしまうという運の持ち主だ。
いや、それが運なのか、優樹の実力なのかは、わからない。
出会ったころとはお互い少しずつ外見は変わったけれど、中身は全然変わっていない。
「あ、そういえば、彼方、まだしばらく働いてくれるってさ。」
優樹は思い出したように、口を開く。
画面はスマートフォンのゲーム画面を見つめたまま、テーブルの上の煙草に手を伸ばし、火を点ける。
「は…?なんで?」
「なんで、って…アイツがそう言ったからだよ。」
戸惑う誠に、優樹は顔色一つ変えずに言う。
そんな話、一言も聞いていない。
「だからなんでだよ?八月いっぱいまでのはずだっただろ?」
不機嫌を露わにして、誠は優樹に詰め寄る。
顔を上げた優樹は、呆れた顔で紫煙を吐き出した。
「お前なあ…。なんでそんなに彼方のことが気に入らないんだ?
彼方のおかげで、うちの店は助かってるだろ?
アイツは客も結構掴んでるし、売り上げも上げてるし。
それに、うちの店は年功序列じゃなくて、実力主義だ。
仕事できる奴に残ってもらって、何が悪い?」
「それは…そうかもしれないけど…」
優樹は言うことは、もっともだ。
確かに彼方は客を持っているし、売り上げも上げている。
悔しいことに、この短期間で、自分よりも。
けれど、それは枕営業なんて、卑怯なことをしているからじゃないか。
それに、彼方は年齢を偽っている。
彼方は二十歳なんかじゃない。日向と同じ、高校三年生の十七歳だ。
この夜の世界で働くのも、飲酒も、喫煙も、許されてはいない。
誠は、言うべきか言わないべきか、悩んだ。
面倒事は嫌いだ。巻き込まれるのも嫌だ。
優樹を悩ませるようなことも、したくない。
けれど、このまま黙っていれば、余計に事態がこじれる気がした。
言ってしまおう。全て、自分の知ることを。
「アイツ、未成年だぞ。」
ポツリと誠は呟く。
優樹は驚いた様子も、戸惑う様子もなく、澄ました顔で誠を見つめていた。
「…十八歳以上なら、夜店働けるぞ。まあ、酒はよろしくはないけど。」
紫煙をふかしながら、優樹はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
その表情は、まるで彼方が未成年であることを知っていたかのようだった。
本人から聞いたのだろうか。いや、彼方は隠すだろう。
京子が話したのだろうか。いや、京子も彼方と共犯だ。優樹には話さないだろう。
「…高三だ。京子ちゃんと同じ高校。」
「ってことは、十七か?いや、京子の二個上だから、十八?」
優樹は指折り数え、おどけるような笑みを浮かべて、首を傾げる。
笑っている場合では、ないのに。
「どっちにしろ、高校生はアウトだ。」
誠の真面目な強い声に、優樹の笑みが消える。
「…そーだな。」
優樹は視線を下げて、スマートフォンに目を落とす。
左手に挟んだ煙草の煙を吸い込み、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
「優樹君、そのこと知ってたわけ?」
「いや。ただ、なんとなく、その可能性はあると思ってた。
京子が連れてきたんだから、もしかしたら、ってな。
田舎のただの女子高生が、二十歳の男と知り合うなんて、なかなかないだろ。」
吸い殻でいっぱいになった灰皿に、煙草を押し付ける。
一瞬、他の煙草のフィルターが燃える嫌な匂いがした。
「今すぐアイツを辞めさせろ。」
「嫌だ。」
優樹は短く拒否する。
煙草の火を消しそこなったのか、灰皿からは白い煙が真っ直ぐに伸びていた。
そんなものを気にする素振りもなく、優樹はまた一本、煙草に火を点ける。
イライラする。どうして優樹はそんなに彼方を贔屓するのか。
選択肢なんて、辞めさせる以外にないだろう。なのに、なんで。
「アイツ、行くとこねえんだって。」
煙草の先から流れる紫煙を見つめながら、優樹は呟く。
その横顔の少し細めた瞳は、彼方を憐れんでいるようにも見えた。
優樹が彼方を贔屓目で見ていることが、気に入らない。
自分の方が、ずっと長く優樹の傍にいるのに。
あんな嘘つきで、卑怯で、汚い奴のどこがいいんだ。
アイツは、優樹が大事に守ってきたこの店を、壊そうとしているんじゃないか。
苛立ちに怒気を含んだ声で、誠は唸るように吐き捨てる。
「だから?そんなの、優樹君には関係ないだろ!」
「…俺は、『みんなのお父さん』だ。」
「こんな時にふざけるなよ!」
苛立ちに、誠はテーブルに拳を打ち付ける。
鈍い音が響き、衝撃で灰皿が揺れ、グラスが倒れた。
グラスの中のコーヒーがテーブルに広がり、床に落ちて絨毯を汚した。
力一杯に打ち付けた拳がヒリヒリと痺れる。
こんな感覚、何年ぶりだろう。
昔は言葉より先に、暴力を振り翳していた。
暴力を振り翳せば、どんな奴だって思い通りになった。
そうだ、彼方も少し痛めつけてやれば、ここに残るなんて言わないだろう。
「落ち着け、馬鹿。」
優樹は驚いた様子もなく、シミが広がっていく絨毯を冷静に見つめていた。
「アイツが、ここにいたいって言ってるんだ。
自分でここにいたいって望んだんだ。
どんな形であれ、アイツはここで生きていこうとしてるんだよ。」
優樹は真剣な目で冷静に、淡々と言葉を紡ぐ。
けれど、そんな言葉、誠には理解できない。
「意味わかんねえ…。」
苛立ちをかみ殺して、誠は不貞腐れる。
無意識に足が小刻みに揺れる。貧乏ゆすりなんて、みっともない。
優樹に苛立っているのではない。
優樹に信用されすぎている彼方に苛立っているのだ。
「アイツ、たぶん、自分の居場所探してるんだよ。」
どこか遠い目をして、優樹は呟く。
「なんだよ…なんなんだよ、それ…」
言っている意味がわからない。
ああ、ダメだ。この男はアイツを信用しすぎてる。
優樹はこんなに愚かな男だったか。
いや、違う。確かにワガママで少しお馬鹿だけれど、もっと利口な男だったはずだ。
優樹は何を考えているんだ。どうしてそんなに彼方に入れ込むんだ。
この店は、優樹が大切にしてきたものではないのか。
家族を失って、やっと築き上げた優樹の居場所ではないのか。
苛立ち。怒り。嫉妬。焦り。焦燥。
色々な感情が、声を荒げる。
「なんで…なんで、そんなこと言うんだよ…!
あんな奴、とっととクビにしちまえばいいだろうが!
この店にあんな奴なんて必要ない!いたら駄目なんだよ!
それで警察にバレたらどうするんだよ!
優樹君の人生だって、大事にしてきたこの店だって、滅茶苦茶に…」
誠の声を遮って、優樹は強い声で言った。
「そん時は、…俺が責任取ればいいだけの話だ。」
優樹の真剣な強い瞳に、誠は何も言えなくなる。
優樹の有無を言わせぬ瞳は、少し怖い。
その真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになる。
「明日は店休みにするぞ。お前はちょっと頭冷やせ。
あと、この話は他言無用だ。彼方にも、変なちょっかいは出すな。
これは店長命令だ。…気に入らないなら、お前が辞めろ。」
冷たく言い放って、優樹は静かに煙草の火を消す。
そして上着を持って立ち上がる。
「ほら、帰るぞ。」
優樹に自身を否定されたのは、初めてだった。