~龍の祠・①~
「あぁ~……ホントになんであんなことしちゃったんだろあたし……」
昼下がりの平野。
太陽は東から西へと移り、街道を進む私たちに肌が焼けるような日照りを注ぐ。
葦の短い草花が広がる大地を三匹の馬が闊歩する音に混じって、私の後ろへ続くティアが落胆の声を漏らした。
「……これで何度目だ、その台詞……ティア、繰り返して言うが今のうちに街へ戻ってもいいんだぞ? 無理して私についてくる必要はないんだ」
「……イヤ。あたしだけ戻るなんて真っ平御免よ。戻れって言うならナギ、あんたも依頼中断して」
……酒屋を出てから、ずっとこの調子だ。
いったい何度繰り返されたかわからぬ問答に、私は頭が痛くなる。
街を出るまでも「ねぇ、今日はもう長旅で疲れたでしょう? 宿で一泊して明日出発しよう?」とか言って依頼の延期を持ちかけようとしてきたし、街を出てからはずっと頭を下げてブツブツと文句を言ってばかりである。
しかしティアは頑なに私の提案を拒絶し、私についていくと言って聞かないのだ。
これまで面倒を見たどんな悪ガキどもよりも我が侭で、全く自分から折れようとしない。芯が強いのか弱いのか全くわからないが、とりあえずわかっているのは鬱陶しいということだけ。
彼女の後ろに続くゼクスは私たちのやり取りに全く入ろうともしない。それどころか、酒屋で私たちに名前を告げてから今まで、一言すら呟くこともなかった。
我関せず、というスタイルはティアみたくやかましくない分はまだマシだ。だが、そうだとしてもちょっとは会話に参加して彼女を制止してほしい。
酒屋で若干予感していた通りになったと、落胆のため息を漏らしながら肩を落とす。
あれから私たちは街で準備を済ませると馬を三匹拝借し、一刻も早く終了させて欲しい依頼であるということですぐに出発することにした。
店主の言っていた通り、もしも国にこの事実が伝わればこの土地を放棄する可能性は高いと言わざるを得ない。短期間のうちに成功させなければ、店主が依頼料である情報をこちらに伝えない、ということもあるだろう。
――いや、それ以上に私は少しでも早く情報を手に入れ、『死神』を追いかけなければならないのだ。旅の疲れを癒す時間も欲しいが、今は時間が惜しい。
ちなみに今回の件は危険すぎるので、シャオは宿に置いて来た。ドラゴンの脅威を知っているためか、素直に言うことを聞いてくれたので密かに胸をなでおろした。もしもついていくなんてことを言っていたら、守ってやれる自信がない。
「……もうすぐ〝龍の祠〟だ。そんな風に愚痴を漏らすよりも、少しは準備した方がいいんじゃないか?」
「げっ、もうそんなところまで来たの? もうやめてよ、ドラゴンなんて相手したくないよ~……」
警告をしてはみたものの、やはりと言うべきかティアは戦闘を行う覚悟をなかなか決められないでいる。
自分から参加するなどと酒場では啖呵を切ってみせたというのに、いざ目の前に来れば消極的な態度になるとはどういうことか。
怒りは特に湧いては来ないが、少々心配になってきた。
……回復支援は安全圏で待機していてほしいから、という理由で祠の入口に置いていった方がいいかもしれない。
そんなことを考えていると、進行方向の先にポッカリと開いた、大きな洞穴を見つける。
その横には大きめの立て看板があり、
『龍の祠 危険につき立ち入り禁止』
と書かれていた。
「あれだな。入口だ」
私がそう言うと、ティアは見るからに顔を青ざめさせる。後ろで涼しい顔したままのゼクスとはえらい違いだ。
「……うわ~……帰りたい……」
もうこの短時間の間で聞き慣れた『帰りたい』という言葉を耳にして、私はため息を漏らさずにはいられなかった。
――ゼクスは役立たずなら見捨てると言っていた。もし窮地に陥ったら私が助けるしかない。ある意味一人で来るよりも厳しい条件を強いられたなと、そんなことを一瞬思考しながら、私は馬から荷物ごと降りる。
――〝龍の祠〟。店主から聞いた話によるとそれは、独の国にてかつて暴力の限りを尽した、一匹の炎龍を封じた場所の名前らしい。
その炎龍は、口から吐く火炎で森を焼き尽くし。
その巨躯から織り成す圧倒的な膂力で山を吹き飛ばし。
その力で以て、人々に苦痛と死を与え続けた。
やがて独の国は、事が重大であると判断し討伐に乗り出す。しかし、『肉ある者』達の中でも最強と謳われるドラゴンの力は、やはり絶大だった。
騎士たちの中でも選りすぐった屈強な戦士たちを、真正面から返り討ちにし。
魔導を学ぶたちの中でも才能に秀でた優秀な魔導士たちを、その炎で灰燼に帰し。
賢者たちがその知恵を募らせ作り上げた罠を、次々と回避し。
いよいよ最後、この祠に精霊の力で封印されるまで。長きに渡ってその炎龍は独の国を苦しめ続けたという。
……そのため、封印された今であっても、この祠を訪れようとする人物はそうそういない。よほど楽観的な思考を持つ者でもなければ、ドラゴンの脅威というものを理解している人々は皆、この場に近寄ろうともしないのだ。
それは動物とて同じ。野生動物が持つ直感は、この場に存在するドラゴンの気配を察知するとすぐさま逃げてしまう。
人間も。動物も。誰一人として立ち寄ることのない場所。
陽の光すら最奥部には届かぬ暗闇を、私たちは覗きこんだ。
「暗いな……」
「うぅ……なんかすっごく嫌な感じ……」
「…………」
かすかに洞穴から流れてくる、生暖かい風が三人の頬を撫でる。
石や土の香りに混じって、そこには生き物の吐息に似た生臭さがあった。
それを嗅いだ途端、全員が理解する。
一寸の先も見えぬこの暗闇の先に……とてつもなく巨大な魔獣が息をひそめているということを。