グニャグニャと歪むトンネルのような異空間の中を、二人の人影が歩いていた。
 一人は少年、自信ありげに前方の空間を睨みつけながら歩いている。海軍の軍服のような服装をしている。
 もう一人は少女、酷い猫背だ。どこかの学校の制服のような格好。顔には縁の黒いメガネをかけて、髪も頓着せず纏め上げている。
 少女は不安そうな顔で少年の方をチラチラ見ながら歩いていた。少女が前に差し出す手には、折鶴のような物が浮いている。
「あの、昭好君。やっぱり、やめた方がいいんじゃないかな」
 昭好と呼ばれた少年は少女にちらりと視線を向ける。
「どうした、幸穂。方向は合っているんだろう?」
「そりゃ、私の鶴が差している方向に歩いているけど……」
「なら問題ないだろう。それの案内が外れた事はないからな」
 昭好は前を向いて足を速める。
「……でも」
「おまえはいつも、ビクビクしすぎなんだ」
「はい……」
 幸穂は申し訳なさそうな顔になる。昭好は、幸穂の空いている方の手を掴むと、ずんずんと先へと進む。
 案内をしている方が、案内をされている方に手を引かれているという変な構図だった。

 どれほど進んだろうか、常人なら方向感覚を完全に失ったであろう頃。
 トンネルのように狭かった空間が開けた。
 広大な闇へと続くように橋が架かっている。両側に柵や欄干の類はなく、落ちれば命はないだろう。
「な、なにここ……」
「おまえの力が導いた場所だぞ。おまえが怯えてどうする」
 昭好は進み続ける。
 橋の真ん中には、四角い柱が突き立っていた。一辺が五メートルほど。高さは十メートルほど。
 昭好は立ち止まり、それを指差す。
「あれか?」
「そのはず、なんだけど」
 幸穂は自信なさげに答える。
「こちらに気付かない距離でもないと思うが、反応がないな。こちらから仕掛けてみるか」
 昭好が手を前に出すと、空中に妙な物が出現した。四角い箱のような胴体、両側に広がる長方形の羽。まるで人工衛星のミニチュアのような形をしている。これはサテライト。
昭好の能力で生み出せる、使い魔のような物だ。重力を無視して飛び回り、対象を監視し、そして……。
「もしかしたら、そこに誰かいるのかも知れない。だが俺にはそれは解らない。つまり、俺が今からやる事のせいで、そこにいるあんたがケガしたとしても、あんたに対する悪意が有ったわけじゃない。いいな?」
 昭好は、わざと大き目の声で呼びかけてから、五秒ほどまち、頷いた。
 サテライトから赤いレーザーが放たれる。きゅばっ、と空気が破裂する音が響いた。そしてレーザーは柱を貫いた。
「反応がないな? もう少し撃ってみるか」
 きゅばっ、きゅばっ、きゅばっ
 角度を変えて何発か撃ち込む。五発目を撃ちこんだ時、そのレーザーは貫通しなかった。
 何かに防がれたのだろうか?
「ほう?」
 昭好は楽しげに笑うと、同じ場所にもう一発レーザーを撃ち込む。やはり貫通しなかった。
「そこに、何か固い物があるようだな」
「あの、昭好君……。あんまりそう言う事はしない方がいいんじゃ」
「何が問題なのかな? 俺はただ柱を撃っているだけだぞ」
「そうじゃなくて、人がいるって解ってやってるんでしょ。それって、なんか……いじめてる、みたいで……」
 昭好は幸穂の言葉に頷く。
「なるほど。そうだな、いじめはよくないな」
 そして昭好は柱に向かって呼びかける。
「もしいるなら、そろそろ出て来いよ。今を逃すとかっこいい登場ができないぞ」
「もうここにいるぞ」
 上の方から声がした。
 柱の頂上、人相の悪い大男が腕組みして立っていた。
「ふふふ。あまり柱を壊さないで欲しいものだな。俺が困るだろうが」
 大男は、柱から飛び降りると、着地した。
 己の足だけでなく、背中から生えた二本の大腕で衝撃を支えながら。その大腕は金属か何かでできているようだった。
「おまえ達がどこに行くつもりなのかは知らないが、良い能力を持っているようだな。その能力、置いていってもらおうか」
 大男は昭好達を指差す。
「ひぅっ」
 幸穂は悲鳴を上げながら昭好の後ろに隠れた。
 逆に昭好は一歩前に出る。
「どうやら、噂どおりのようだな。『弁慶』!」
 昭好がそう言うと、大男は鼻で笑う。
「俺を知っているようだ」
「ああ。それなりに有名だからな」
 異次元回廊にある橋を渡ると、弁慶に能力を奪われる。だった。
「先に言っておこう。俺は他人の持つ能力を奪う事ができる。それを利用して、千の能力を集めると目標を立てている」
「そして俺がその千人目と言うわけか」
 昭好が言うと、弁慶は目を逸らす。
「……いや、そこまで順調に集まっているわけでもなくてな。正直に言うと今は六十個ぐらいだな」
「む、中途半端だな……」
「こんなところまでやってくる物好きも、あまり多くなくてな」
「それもそうか……。で? 多くの能力者を狩り続けたおまえには、俺はどう見えている?」
 昭好の問いに、弁慶は頷く。
「見た所、おまえの能力はあまり強そうではない。だが、ユニークだな。それも俺の物にさせてもらうとしよう」
 二本の大腕が振り上がる。
 昭好は振り向かずに言う
「幸穂、少し下がっていろ」
「はい……」
 脱兎のごとく逃げ出す幸穂。
 空気が張り詰める。

 先に仕掛けたのは昭好。サテライトを弁慶の背後に回りこませレーザーを撃ち込む。
 だが弁慶の大腕が、当たり前のように後ろに回ってそれを防ぐ。 
「ふん、後ろから攻撃か。小者のする事だな」
「今のはおまえを試しただけさ。後ろから刺されて死ぬようなやつだったら、楽しめないからな」
 昭好は言いながらも、内心焦っていた。
 先ほど柱を撃った時に解っている。柱を貫通するほどのレーザーでも、弁慶の防御は貫通できなかった。正面からの攻撃は通らないだろう。
 それなら後ろからの不意打ち、と考えたのだが、それも防がれるとなると、早期決着は難しいかもしれない。
「次はこちらから行くぞ」
 弁慶は大腕を振り上げて走ってくる。
「ふんがー!」
 振り下ろされる右の大腕。昭好は寸でで避けたが、床が砕け破片が散る。
「……」
 そして横から襲ってくる、左の大腕。
 昭好はそちらに手を向けた。手のひらから光が生じて、その反動で吹き飛ぶような動きで大腕を避ける。
 地面に着地し、滑ってから止まった。
「……ん? おまえ、能力が二つあるのか?」
 能力は一人につき一つのはずだ。弁慶のように他人の能力を奪う力があるのでもなければ。
 昭好は首を横に振る。
「いや、能力は一つだ。ただし……」
 よく見れば光が生まれたのは手のひらではなかった。今宙を飛んでいるのとは別のサテライトが握られている。
「サテライトが一つだと言った覚えはないな」
「なるほど……。一応確認するが、それは二つで終わりと言ったつもりはあるのかな?」
「さあな」
 当然終わりではないが、最大でいくつなのかを明かす理由もない。
 昭好は話を変える。
「次はおまえの能力も見せてくれよ」
「いいだろう。貴様のような小賢しいやつが相手なら……」
 弁慶の大腕が背中側に回り、何かを引っ張り出す。長い棒の先に、何本もの鎖がついていて先端はやじいのように尖っている。
 単純な打撃武器のように見えた。
「とうっ!」
 弁慶はそれを振り回す。鎖は届きすらしなかった。
 だが風が渦を巻いた。サテライトはきりきり舞いながら、橋の外の闇へと落ちていく。
「なるほど。風を操る能力……。俺のサテライトを落としにくるとはな」
「差し出すなら今の内だぞ?」
「バカを言え……一つ落としたぐらいでいい気になられては困る」
 昭好の頭上に、十のサテライトが同時に出現する。
「なっ?」
 驚く弁慶。浮いている一つと合わせて十一だ。
 その十一のサテライトが弁慶の周囲をグルグル回り始める。
「くっ」
「おまえの防御方向は右と左で二つ。背中に何かついているようだがそれを入れても三つだ。全てを防げまい」
「ふん、そう思うなら、撃ってみればいいだろう」
「言われなくとも!」
 昭好は手を突き出す。
 十一のサテライトによるレーザーの全方位攻撃。
 弁慶はそれを受けた。
 攻撃が終わる。
「……加減したつもりはなかったのだがな」
 昭好の言葉にはわずかな悔しさがにじんでいた。
 弁慶はその場にうずくまっていた。だが、その周囲を青い半透明のドームのような物が覆っていた。
 バリアだ。
「便利な力を持っているな……」
「防御系の力は、奪いやすく、使いやすい。このバリアも、ずいぶん前から愛用させてもらっているよ」
 弁慶はゆっくりと立ち上がると、鎖付きの棒を構える。
「しかし、全力を出してもこの程度とはな……失望したぞ」
 突風が舞う。
 サテライトが叩き落され、昭好までもが宙に巻き上げられた。
「しまっ……?」
 そして落ちた方向も良くなかった。橋の外。奈落へと真っ逆さまだ。
「うわああああああ?」
「おっと? これじゃあ力が奪えないな」
 弁慶がさして緊迫感もなく呟くのを聞きながら、昭好は転落し、幸穂の前に叩きつけられた。
「イデッ……。あ、あれ?」
「昭好君! 大丈夫? 生きてる? 良かった……」
 幸穂が抱きついてくる。
 昭好は困惑して辺りを見回す。ここは橋の袂のようだ。幸穂が逃げていった所。

「おかしいぞ。俺は崖の下に落ちて……ああ、おまえのおかげか……すまん」
 とっさに幸穂が空間を繋ぎなおして、転落から救ったのだ。
「私がトンネルを開いて、こっちに連れてきたの。あとちょっとで、間に合わないかと……」
「まったく、おまえにはいつも助けられてばかりだな」
「えへへ」
 幸穂は、もっと褒めて頭も撫でて、と言わんばかりの表情で待っていたが、昭好はそれを無視して上を指差す。
「上にトンネルを開けろ。サテライトは六十秒後にインドネシア上空だ」
「え? ここからだと繋げられるチャンネルはちょっと制限されてて……マレーシアじゃダメ、かな?」
「む……。まあいいだろ」
 幸穂は、見えない糸を手繰り寄せるような動きで、何かを引っ張り始める。
 弁慶がノシノシと歩み寄ってくる。
「女に助けられるとは、弱き者よ」
「そう言うな。人望も能力の内だ」
 昭好の周囲に、消えたサテライトが戻ってくる。
 サテライトは弁慶の足元にレーザーを乱射するが、弁慶は全く動じた様子がない。歩く速度を緩めすらしない。
「おまえの攻撃など、なんの意味もない。諦めるのだな」
「俺の力が、ここまでだと思っているのか?」
「ほう? なら見せてみろ」
 昭好は無言で上を指差した。
 弁慶は不思議に思ってそれを見る。
 上の空間に穴が開いた。
「なんだ? 空……光が?」
 差し込んでくる青い光。暗闇の次元回廊に光と風が吹き込む。
 直径数百メートルの巨大な穴が開いていた。
「バカな! そんな事ができるはずがない」
 もちろん、これは昭好ではなく幸穂の力だろうが。それなら、昭好はこれから力を見せるというのか?
 そして弁慶は気づく。

 サテライト。それは人工衛星を意味する単語だと。

 天空から光の柱が降り注いだ。
 満ち溢れる膨大な光と熱量。
「おおおおおおっ?」
 その力は、弁慶の持つ全ての防御手段を投じても、防ぎきれる物ではない。
 数秒、橋の上を照射した後に、レーザーは十メートルほど横にずれた。
 さらに数秒を暗黒の深みに向かって照射し、消える。

 光が消えた後でも弁慶は消滅していなかった。
 掲げた金属の大腕が半分熔けかかっていたが、それでも生きていた。
「き、貴様……手加減したのか」
 弁慶はうづくまったまま、昭好を睨む。
「俺のバリアが消えるのと同時に、攻撃を逸らしたな?」
「どうだろうな。狙いが狂っただけかもしれないぞ?」
 昭好はとぼけてみせる。弁慶は顔に怒りをにじませながら立ち上がり、昭好に詰め寄る。
「言え。なぜ俺を殺さなかった!」
「……おまえと同じだよ。殺してしまっては、力を奪えない」
「バカな。俺の力を奪うだと? おまえにそんな能力が有るのか?」
「いいや。俺は勧誘に来た」
 昭好は言う。
「俺は、世界を造り直そうとしている」
「世界を、造り直す、だと?」
 弁慶は驚愕し、後ずさる。昭好はニヤリと笑う。
「今、外の世界がどうなっているか知らないわけではないだろう?」
「ああ……」
「能力者が現れて、世界は破壊し尽くされた。このままでは遠からず人間は全滅するだろう。そうなる前に俺は世界を支配し、新しい秩序を打ち立てる」
「理想論だな」
「そう聞こえるか?」
「ああ。だが嫌いではない。それで? どうやって」
「いくつか考えはある。だが、どれも一人でできる事ではない。俺の能力は、攻撃力は有るが、それだけでは人の心を変える事はできないからな」
「だから、仲間を集めていると。俺もその一人だと?」
「そういう事だ」
 弁慶は、しばらくの間考え込んでいたが、何かを振り切るようにため息をつくと、握手を求めるように手を差し出す。
「俺も、ずいぶん長いことここに居座っていたが、それも飽きてきた所だ。おまえについていった方がおもしろそうだな」
「期待していろ。退屈をさせるつもりはない」
 昭好はその手を握った。そして、後ろでぼけっとしている幸穂に
「幸穂。外への道を繋げろ。帰るぞ」
「は、はい」
 幸穂が慌てて返事をして、すぐに帰り道が開く。
 三人は、外光の中へと消えた。

暗黒艦隊
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暗黒艦隊

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