四章『ザ・バトル・オブ・クリスマス』

 クリスマスを前日に控えた日の午後。世間的にクリスマス・イブと呼ばれているこの日は、日本では本番の二十五日よりもクリスマス色が強くなる。
 宗教行事に位置づけられている海外ではクリスマスの期間を家族で厳かに静かに過ごす国も多い。中世の欧州では12月から1月にかけてクリスマスと新年を祝う祭が長期間行われるが、その前にアドベントと呼ばれる11月から12月の間に断食や肉断ちなどもあった。その風習は形を変えながらも、今も西洋文化に根付いている。

 しかし日本では宗教的な概念が薄いせいかプレゼントやサラリーマンなどの年末賞与に当て込んだクリスマスセールなども多く、また未婚のカップルがイブに一夜を一緒に過ごすような(宗教的な視点から見れば不謹慎な)傾向もある。これについて近年ローマ法王が商業的な聖夜に苦言を述べたが、まあそんな事はここでは関係ない話だ。
 
 雑多に荷物が積まれた部屋の片隅。日本のクリスマスにさえ縁の薄そうな二人の男がもぞもぞと着替えている。
「はあ。何で我々、こんな事になっとるんですかねぇ」
 男の片割れ、土橋八則がため息をついた。向こうから犬塚理沙がマイクで、子供たちと一緒にクリスマス・ソングを歌っている声が聞こえている。当初は彼女も「赤いミニスカートで人前に出て歌うなんてとんでもない! 」と嫌がっていたのだが、「絶対似合うから」と赤間と千鶴に煽てられて気を良くしたらしい。元々人懐こく子供と遊ぶのも好きな理沙は、すっかりノリノリな様子になっている。しかし、こちらの二人はそうではない。
「全くじゃ。……どうじゃろ。こんなもんで良いかのう?」
 もう片方の男、寿海和尚は着慣れない洋装に戸惑っているらしい。
「大丈夫じゃないですかねぇ。私もこんなハイカラな服はよく分からんのですが」
 とても乗り気にはなれない様子だ。実際二人は先日の夜、『鈴の音』で赤間の意見には反対したのだ。
 
「サンタの正体を隠したまま子供たちと会い、派手に大盤振る舞いに、戦う」という案、これは実に赤間らしい意見だった。赤間はプロの手品師であり、クリスマス・イブにも市内の公園にある野外会場でマジックショーを行う予定になっていた。そこにサンタを引き出す。更にマジックとしてサンタ自身の持つ奇跡の力や仲間たちの人外の力を使ってサンタクロースを主演としたヒーロー・ショーを行おうと言うのだ。
「赤間さん、ちょっと待って下さい」
 最初に反論したのは当のサンタ自身だった。
「僕は手品もショーも経験ありません。第一僕の持つ力は、ほんの少し幸せな気分になるエッセンスで、実際にプレゼントを出すなんて芸当でもありませんし……」
「そこら辺は私の『マジック』で演出してしまえば良い。小さな奇跡も、たちまちミラクルなクリスマス・イリュージョンに早変わりだ」
「で、戦うって一体何と?」
 意気揚々の赤間に呆れた表情で尋ねたのは理沙である。
「先程の影のサンタたち、あれしか無いだろう」
「ちょっと待って!! ステージに奴らをおびき寄せるつもり? 」
「それは危険じゃ。子供たちが客なのじゃろ?」
 寿海も慌てて止めにかかる。
「いや、彼らは子供や一般の人間には危害を加えないはずです。サンタを否定する存在は欲しいでしょうからね」
「あくまで『はず』でしょう、それは」
 さすがの土橋も「賛成出来ない」といった体で呟く。
「なんじゃ?三題噺で人間様を危機に晒す作戦かえ。面白過ぎるな」
 と、つるべ落としだけは楽しそうだ。
「では諸君に問いますが、他に代案がありますかね? あるのなら是非お聞かせ頂きましょうか」
 赤間は自信たっぷりに椅子の背にもたれて腕組みしている。確かに、代案がある訳ではない。理沙と寿海が顔を見合わせてお互い首を振った後、同時に土橋の方を見たが彼も困り果てた様子だ。一同の反応を見た赤間は満足そうに頷いた。
「では、早速細かい作戦を立てようじゃありませんか」
 
 こうして、本日この場に二人がいる訳である。壁に貼られた今回のショーのポスターには『赤間トオルのミラクルショー サンタクロースVS恐怖のデビルサンタ軍団 ラスト・バトル・オブ・ホーリーナイト』と書かれている。子供向けの片仮名表記が少々痛い。
「全く若い衆は強引ですねぇ」
 土橋と寿海の衣装は、サンタクロースのデザインだが色は黒い。例のサンタを襲った影を模して作った物だった。

 サンタがクリスマスらしい活動をすれば、影たちが現れるというのが赤間の読みだ。しかし全てこちらの思惑通りになる確証はない。そのため二人が黒サンタとして舞台に登場する。本物が現れたらサンタを守りながら演技を続けろ、というのだ。
「しかし軍団がわしら二人ではのう。本物が来んと頭数足らんじゃろな」
 来て欲しいとは思えないが、看板に偽りありになるのもどうかと言う複雑な心理だ。

「仮にも仏門に入った僧侶がデビルと名のつく役をやる羽目になろうとは。御仏もさぞお嘆きじゃろうて」
 寿海は元々は延命寺という寺の裏にある古池に住むいたずら好きの河童だ。しかし数代前の住職に戒められて改心し、先々代先代の元で修行を積んで三宝に帰依した身なのだ。それが仲間を助けるためとは言え、他宗教の悪魔の名を冠した悪役を演じるというのは少々心外でもある。
「ははは、なんだか仏罰が下りそうですよねぇ」
 乾いた声で笑い合いながら、土橋と寿海はどうにか着替えを終えた。と、外に通じるドアがノックされた。「はい、どうぞ」と寿海が返事を返すと、一人の女性が部屋に入ってきた。
「御機嫌よう、お二人とも。調子は如何かしら?」
 現れたのは霧野波子だ。『鈴の音』の常連客の一人で、普段は占い師をしている。他の常連たちと同じく彼女もまた「人ならざる者」。蜃気楼を司る巨大蛤の化身「蜃」である。黒いスーツに、髪は茶系に染めたワンレングス・ボブで肩より少し長い位置で切りそろえ、外見は20代後半くらいに見えている。だが、当然それは見かけだけだ。蜃は中国の『史記』天官書にも紹介されている。もしそれが波子当人であれば、彼女は紀元前の生まれという事になる。
「おや、波子さんでしたか。今日はお休みですか?」
 土橋の言葉に波子は軽く首を振った。
「まあ占い師なんて自由業で何とでもなるから。今日は赤間クンに舞台の手伝いを頼まれたの。スモークと幻影での演出くらいしか出来ないと言ったんだけどね」
「何と波子さんまで使うとは。赤間さんは随分と力(りき)を入れておられますな」
 やや諦めたような口調で寿海が言う。
「ふふ。半分はサンタクンのためでも、赤間クンの大事なステージでもあるから。そこはプロとしてのプライドもあるんでしょう」
 波子はそう言って艶やかに笑い、寿海のかぶっている帽子を反対に回した。
「こっちが前よ。まあ二人とも頑張っておあげなさいな」
 ふとそこで波子の口元の笑みが消え、やや暗く陰鬱な眼差しへと変わる。
「赤間クンの目論見通り。サンタクンの影とかいう輩は必ず会場に現れる。……周囲には十分に気をつけてね」
「波子さんや。それは、占い師さんの勘という奴ですかな? 」
 寿海の言葉に波子は再び口角を上げ、ぱちんと綺麗にウィンクした。
「うふふ、女の直感よ」

「さあ、皆さん! 今日は手品の赤間トオルおじさんとサンタクロースが楽しいショーを見せてくれるよ!! 早速お姉さんと一緒に二人を呼ぼうね!」
 舞台上ではワイヤレス・マイクを手に理沙が進行役をしている。子供の頃から学校行事などで人前に出て何かした経験は少なかったが、「やってみると案外楽しい」と感じていた。何より素直に反応してくれる子供が客席の最前列に多く集まってくれているのが嬉しい。(もちろん、ひねくれた反応の子供もいたが)
「赤間のおじさーん、サンタクロース!! 」
 理沙と観客の子供たちが声を合わせて呼ぶと、まず赤間が舞台に現れる。次々と簡単なマジックを披露しながら、リングに布を貼った筒状の幕の中へと理沙を誘う。理沙がその中に入ると赤間は大きな身振りをしながら「Three Two One」と高らかにカウントする。幕をさっと払いのけると、勿論お約束の早変わり。中からは正規のサンタクロースの姿を取ったサンタが現れる。客席の子供たちから歓声と喝采が巻き起こった。

 理沙は幕裾で待機していた土橋と寿海の横に立っている。
「ちょっとこれ体に悪い、かも……」
 赤間のマジックは半数は普通の手品だが、大仕掛の物は「人ならざる者」の能力を使っている。今の早変わりも赤間が理沙とサンタをテレポートで入れ替えた。転移能力など持ち合わせていない理沙は今の急な移動で目の前がクラクラしていた。サンタの方は自前で空間転移が出来るので特に影響はなく、舞台上で客席に向かってにこやかに手を振っている。
「理沙ちゃんや、大丈夫かね? 」
「うー。テレポート酔いって言うの?ちょっとお水飲んで来る」
 そう言って楽屋(先に土橋と寿海が着替えていた隣の部屋)へと向かった。赤間の立てたシナリオでは、彼女の次の出番まで数分ある。水を飲むくらいなら間に合うだろう。
「ぼちぼち、わしらも出番ですかな」
「えーと? 」
 パラパラとコピーされた台本らしき物を寿海が確認する。サンタと赤間がいくつかのマジックを行った後に逆側の幕裾へ引っ込んみ、ライトが消えたらそこに二人が登場するという事になっていた。

 客席の比較的後ろの方にいた子供の一人が華やかな赤間とサンタクロースの繰り広げるマジックに見とれながらも、こう嘯いていた。
「ふん、手品なんて全部タネがあるんだろ? 今のだってサンタの役がどこかに隠れてただけじゃないか」
 隣で地の底から響くような暗い声がそれに答えた。
「そうだ。サンタなんていないし、マジックなんてタネだらけだ」
 ……隣は通路でそこには人はいなかったはずだ。不思議に思った彼が横に視線を向けると、そこには黒い服の大人の姿があった。子供は「人がいたんだ」と思っただけで、また舞台に夢中になり始めた。他の通路でも何箇所かで同じようにゆらりと黒い影のような物が立ち上がっていたのだが、それに気づいた者はいなかった。

 舞台に出た寿海と土橋は、赤間から指定されていた台詞を一生懸命に喋っていた。
「何がサンタクロースだ! クリスマスなんて俺達が壊してやるぞ!! 」
「そうだそうだ! サンタと赤間トオルをやっつけてやるんだぞ!! 」
 客席の方へ顔を向けた土橋が思わず呟く。
「おんや? 和尚が三人おる」
「土橋さんや、わしはこっちじゃ」
 隣から寿海が小声で言った。しかし土橋の前には彼らと同じように黒い服のサンタクロースが三人立っている。
「そうだ……サンタクロースなんて……いない」
「クリスマスなんてつまらないわ……」
「サンタなんて消えてしまえ……」
 口々に呟く彼らは女の声もあり、男の声もある。赤間の予想では、クリスマスプレゼントをくれるのが母親の場合は女性の影もいるはずだという事だったが、どうやらその通りらしい。
「あらららら、本当に出ちまったよ」
 土橋が頭を掻きながら呟く。他にも数体の黒いサンタが次々舞台に向かってくるのが見えた。
 舞台裾から理沙が再び登場する。
「きゃー、大変よ! 悪いサンタクロースたちが皆にあげるクリスマスのお菓子を盗みに来たんだわ!! 」
 これも予定通りの台詞だ。寿海が小さな声で土橋に言った。
「なんじゃ。わしらの役は菓子泥棒なんかえ? 」
「みたいですねぇ」
 土橋と寿海を置いてきぼりにしたまま、舞台は進行する。
「皆、もう一回赤間のおじさんとサンタクロースを呼ぼう! 悪いサンタたちをやっつけるのよ! 」
 理沙の音頭で会場の子供達が「赤間のおじさーん、サンタクロース!! 」と大きな声で叫んだ。
 
「出来るならお兄さんと呼んで欲しいもんだな」
 幕裾で舞台の様子を見ていた赤間がやや不満気に呟く。
「ど、どうしよう。本当に現れた」
 狼狽えるサンタの両肩をポンと赤間が叩く。
「しっかりし給え! 君こそがサンタクロースなんだ。もっと自信を持って。子供たちのクリスマスを守り、幸せな夢を配る。それが今日の君の仕事なのだろう!? 」
 赤間の強い調子の言葉を聞いて、サンタは数回瞬きし深呼吸をした。そして笑顔で言った。
「そう、でしたね。僕はサンタクロースなんだ。応援してくれる子供たちの前で負ける訳にはいかない……」
「では行くぞ、これが奴らとのラスト・バトルだ! 」
 赤間と共にサンタは再び舞台へと躍り出た。
 
 その頃。舞台後のやや上方にスクリーンのような物が現れ、サンタと赤間の姿がアップで映しだされていた。それと共に再びライトが一旦消えて、いくつかのスポットが赤間とサンタに襲いかかる影たちを捉える。
「ほほう、これが波子さんの演出なんですかねぇ」
「土橋さん、わしらも何か一つ芸でも披露しますかね? 」
「そうですねぇ。ちょーっと子供たちにサービスしてみますかねぇ」
 土橋がくいっと右手を動かすとサンタの体がいきなり宙へと浮かび、目の前に来ていた影の頭を飛び越して背後についた。面食らったサンタは思わず「わあ! 」と声を上げたが、それは湧き上がった子供たちの歓声に消された。土橋の使う人の目にはほとんど見えない糸は、ワイヤー装置のように影に追われるサンタを何度も宙に逃し、相手の背後へと動かす。赤間のステッキから炎が出て、サンタに気を取られた影へ伸びる。届いた瞬間にスポットライトが消える。それを土橋が左手の別糸を使って、影が消える前に舞台裾まで下げた。

 新しく点いたスポットライトの光の方に向けて寿海が手にした念珠を一振りすると、会場全体に張っていた波子のスモーク状の霧にひらひら舞い降りる雪のシルエットが映し出される。これは水を自由に操る寿海と霧と幻影を使う波子の合体技とも言えるだろう。
 
 理沙がマイクで会場の子供たちに呼びかけた。
「皆! 一緒にサンタを応援しよう! サンタさん、頑張ってー!! 」
「頑張ってー!! 」と一斉に叫ぶ子供の声が会場内に響くと、まだ立っていた影たちがぐらりと揺れた。先程まで否定的だった子供たちも今は戦う赤間とサンタの姿に夢中になり、彼らの応援をしている。

「波子さん、ちょいと舞台の明かり全部消してくれんかな? 」
 舞台裾の波子の耳元で声がした。
「あら、つるべ落としクン?一体何をする気なの? 」
 波子の問いに声は答えた。
「皆楽しそうに暴れてるんで、わしも参加しようと思ってな」
「ふふふ、そう? じゃあ消しちゃおっかな」
 波子がぱちんと指を鳴らすと、いきなり舞台照明が全て消えた。これは全く予定のシナリオにはなかったので、赤間もサンタも驚いている。そこへ「悪い子はここかー? 」という声が舞台上に響いた。それを聞いた土橋は慌てて舞台にまだ残っていた仲間全員を自前の糸で舞台裾へと引っぱった。次の瞬間、ずずーんと地鳴りのような音が響き、揺らいでいた影たちの頭上から巨大化したつるべ落としが落下した。影が消える瞬間、気を利かせた波子がスクリーンに「メリークリスマス! 」という派手なメッセージを写しだしので、観客の子供たちはそちらに気を取られていた。
「つるちゃん……。ちょっと危ないよ、これは」
 呟く土橋の元へピンポン球サイズに縮小化したつるべ落としが飛んできた。かっかと笑いながら彼は言う。
「おまえらだけに楽しい事させてたまるか」
「いやいやいや、別に楽しんではいなかったんだよ」
 土橋はそう言いながら、舞台の上で子供たちの喝采を浴びているサンタと赤間に向けて拍手を贈った。

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