後編
だが、井上さんが借り手であることは翌日には発覚してしまった。
言っとくが僕は守秘義務はちゃんと守った。ばれてしまったのは……
「いつからこの会社は別荘の管理までやるようになったのです?」
権堂氏がそう言ったのは、僕のオフィスでの事。テーブルの上には昨日井上さんが権堂氏に渡したメモがあった。それに記されているのは紛れもなく僕のアドレス。ばれたのは井上さんのうっかりであって、決して僕のせいではない。
「確かに井上さんにワームホールをお貸ししました」
「やはりそうでしたか。では、会わせてください」
「緊急の用事でなければ、誰とも会わないと仰ってましたが、どのようなご用件です?」
「それはですね……用件を言えばすぐに通してくれるのですか?」
「いいえ。用件を井上さんにお伝えして、井上さんが納得していただけたなら、お通し致します」
「それでは困る」
権堂氏はしばらく押し黙っていた。
「どうしました?」
「実はここだけの話ですが、井上さんは違法行為に手を染めようとしているらしいのです」
「違法行為?」
「事が露見する前に私が直接本人に会って、やめるように説得したいのですよ」
「いったい、どのような違法行為が行われているというのですか?」
「実は、あの近くに別のワームホールがあるのです」
「何言ってるんです。あの近くに別のワームホールがないのは確認済みですよ」
「それは登録されたワームホールでしょ。もし、未登録のワームホールが近くにあったとして、探知できますか?」
「それは……」
最新鋭の重力波探知機なら、半径二十天文単位内にあるワームホールの放つ重力波を探知できるらしい。しかし、うちの会社が使っている旧式で性能ガタ落ちの探知機ではせいぜい七……いや六光秒が限度だろ。もちろん、探査プローブを飛ばす予算などない。
近くに未登録のワームホールがあっても分からないだろうな? しかし……
「未登録のワームホールがあるとして、それが何か問題でも?」
「井上氏はそのワームホールを使って、兵器の輸出を考えているかもしれないのです」
「兵器? 確かに死の商人というのは印象悪いですが、兵器輸出は禁止されてませんよ」
「紛争地帯でなければ」
「それじゃあ、その未登録ワームホールの先にあるのは……」
「タウ星系です」
「あちゃあ!!」
タウ・セチ恒星系と言ったら五年前に軍事クーデターが起きて政権が倒れた後、内戦が続いているという。地球連邦は何度も調停しようとしたのだが、軍閥が群雄割拠している状態で、もはや誰と交渉すればいいのかすら分からない状態らしい。とりあえず、タウに繋がるワームホールは厳重に管理され、兵器の輸出は禁止されているが……
「五年前に、タウの業者がワームホールを開いた後に内戦が始まって逃げ出した。その時のワームホールが、ほったらかしなんです」
「そのワームホールの近くにうちのワームホールが繋がってしまったと……」
「そうです」
「しかし、権堂様はなぜそのことをご存じで?」
「それは……その逃げ出した業者というのは私の親戚でして……」
「なるほど。だとすると、権堂様の身内情報ということですね。それなら井上様は、その事を知らないのでは?」
「う……確かにそうですね」
「権堂様。もし井上様がそのことを知らないなら、そっとしておいた方がよろしいかと」
*
権堂氏は『出直してくる』と言って帰っていったが、その後、僕も気になった。
確かにあんな宙域に別荘を作るなんておかしい。何か僕に言いたくない目的があるとは思っていたが、その目的が、もし権堂氏の言うとおりで、井上さんが武器輸出に関与しているなら……
もし、その武器で子供が殺されるような事があったら……いや、僕に責任があるわけじゃない。
でもなあ……後になってタウ内戦で死んだ子供の映像がニュースに出たりしたら。
『パパ、あの子かわいそう』
なんて娘が泣いたらどうすりゃいいんだ。
ええい!! とにかく確かめてこよう。
権堂氏が帰ってから数時間後、僕は小型宇宙船を操縦してワームホールを抜けた。
井上さんの宇宙ステーションはすぐ目の前にあった。宇宙ステーションは直径二十メートルの球体をいくつも数珠つなぎにしたような構造。ごくありふれたものだ。
それより、気になったのは宇宙ステーションを取り囲むように配置されている巨大なアンテナ群。直径一キロはありそうな、パラボラアンテナが百基近く配置され、同一方向を指向していた。
いったい井上さんはこれで誰と連絡を取ってるんだ? タウの武器商人との連絡用にこんなアンテナが必要なのか?
僕はステーションに呼びかけてみた。
井上さんは手が離せないらしく、管理コンピュータが代わりに応答してエアロックを開いてくれた。
宇宙ステーションの内部は簡素だった。エアロックを出ると飾り気のない通路が続いている。コンピュータに案内された部屋も机とパイプ椅子があるだけ。調度の一つもない。
しかし、井上さんは他の事に金をかけていた。通路も部屋も床には一Gの重力が作用しているのだ。高価な慣性制御システムを惜し気もなく使っているのだろう。その分、調度に回す金がなかったのだろうか?
それにしても、いつまで待たされるんだろう。この部屋に通されてから小一時間経つ。
それに尿意を催してきたのでコンピュータにトイレの位置を聞いて部屋を出た。
用を済ませて部屋に戻る途中、人の声が聞こえた。一つの扉から漏れているようだ。
この扉の向こうに井上さんがいるのか?
ガガガ!!
なんだ!? 今の銃声は?
もしや、この部屋で武器の取引があって、商談がこじれて銃撃戦になったのか?
逃げようか? いや、もう少し様子を。
ドアに耳をつけてみた。
「そこで何をしている?」
背後からの声に振り向くとゴリラのような大男が立っていた。
「あわわ!! ぼ……僕はその」
「怪しい奴だ」
男は問答無用で僕の襟首を掴み持ち上げた。
そのまま部屋へ連れ込まれる。
マシンガンを構えたギャング達に囲まれてハチの巣に……と思いきや、部屋の中では、大型ディスプレイの前で寛いでいた井上さんが、ぽかんとした顔でこっちを見ていた。
「じいちゃん。こいつが立ち聞きしていた」
じいちゃん? という事はこのゴリラ男は井上さんの孫なのか?
「芳雄。その人はお客さんだ。すぐに降ろしてあげなさい」
ゴリラ男は素直に僕を降ろした。
「井上さん!! 今、この部屋から銃声が」
「銃声? ハハハ。これだよ」
井上さんは大型ディスプレイを指さす。
ディスプレイにはこの前の上映会で見た人形劇『のっそりへちま島』が映っていた。
「さっき銃撃のシーンがあったから、それを聞いたのだろう」
「え? そうだったんですか?」
「ちょうどいい。君も見て行ってくれ」
「はあ」
言われるままに僕は井上さんの横に座り人形劇を見ていた。それは一話十五分の番組を十話分編集したもので、終わるまで二時間近くかかった。
「どう思う?」
再生が終わった途端に井上氏が訪ねてきた。
「どうと言われましても」
「退屈だったかね?」
「いえ!! そんな事は……」
「いや、誤魔化さなくていいよ。興味のない人にはつまらない映像だという事は理解している。ただ、これだけは覚えていた方がいい」
「なんでしょう?」
「私のようなマニアにとって、この映像は大変な価値があるのだよ。君は権堂君の会社から出している映像ソフトを私達がいくらで買っているか知ってるかい?」
「いいえ」
井上さんの言った金額を聞いて、僕は心臓が止まりそうになった。それだけあれば、一本のソフトで開発済みの小惑星が一つ買える。
「今君が見た映像は、この前の上映会で上映されたエピソードよりかなり前の回なんだ」
「はあ、そうなんですか」
「この部分は権堂君の販売しているソフトから抜け落ちていたんだよ。サルベージに失敗したとか言ってね」
そう言えば上映会の時、そんな事言ったな。
「テープの痛みが激しいからとか」
「あれは嘘だよ」
「嘘?」
「上書きされたテープから映像をサルベージしたなんて嘘さ。そんな技術があるなら特許を取ってるはずだろ」
「確かにそうですね」
「私は子供の頃『のっそりへちま島』の録画を親に見せてもらったんだ。それですっかりこの番組のとりこになってしまった。ところが後になってから、この番組のかなりの部分が上書きされて消えてしまった事を知ったのだ。それ以来、消えてしまった映像を見たいと切望していた。この歳になってからその夢を権堂君が叶えてくれた時は嬉しかったよ。しかし、彼のソフトも完璧ではなかった。抜け落ちていた回があったんだ」
「今、再生したのがそうなんですか?」
「そうだよ。これを見るためにこのワームホールを借りたんだ」
「はあ? 武器の密輸では……」
「武器の密輸? なんのことかね?」
「あ!! すみません。言い間違えです」
どうやら、武器の密輸は権堂氏の思い違いのようだな。
「その……映像を見るためだけにここを借りたんですか?」
しかし、金持ちのやることはわからん。
「君は勘違いしているようだね。私がワザワザ地球からこの映像を持ち込んだと」
「違うんですか?」
「この映像はここで入手したんだ。いやここでないと手に入らないんだよ」
「あの……言ってる事がよくわからないんですが」
「いいかい。『のっそりへちま島』は百六十年前に放送された後、テープが上書きされて消えてしまった。しかし、その時、放送された電波はどうなったと思う?」
「ま……まさか!?」
「そう。ラジオと違ってテレビ電波はマイクロ波を使っているので、電離層に邪魔されることなく宇宙へ飛び出せる。そして百六十年かかって、ここに届いた」
「それじゃあ、外のアンテナは?」
「当時のテレビ電波を拾うためだよ」
「権堂さんもこの方法を使っていたんですか?」
「権堂君の行動を調べてみたら、君の会社から頻繁にワームホールを借りていたね」
「撮影のためと聞いてましたが」
「考えてみたまえ。レトロ映像ばかり出している会社が何を撮影するというのだ」
「ごもっともで」
もっとも。僕は権堂氏の会社がどんな映像を出しているかはほとんど知らなかったが。
「しかし、権堂さんはどうしてこの事を黙っていたのでしょう? やはり、ライバルが出るのを恐れていたからでしょうか?」
「君。ここまで聞いてまだ分からないのかね。権堂君がこの方法を黙っていた理由を……」
「え?」
*
数日後、新しいワームホールを借りるために僕の会社を訪れた権堂氏は、僕の提示した金額を見て驚愕した。
「これは高過ぎじゃないですか?」
「確かに撮影場所にしては高いですが、レトロ映像の電波を拾うには適正価格だと思いますよ」
「な……なんのことですかな?」
この期に及んでまだとぼける気か。
ようするにこの方法を黙っていたのは、クズ穴にとんでもない価値がある事を僕に知られたくなかったから。ワームホールを格安価格で借りるために……
「しかし……この値段はちょっと」
「ところで、井上さんは武器輸出には手を染めてなかったようですが」
権堂氏は渋々僕の提示した額で納得した。
了