*
「おい! そいつは本物か?」
 一人の警官が鬼頭邸の廊下で出くわしたのは、二人の警官に連行されるミルフィーユの姿だった。
「本物? どういう事だ?」
 ミルフィーユを手錠でつないでいる警官が言った。
「いや、さっき俺もこいつを捕まえたと思ったら、ダミーのアンドロイドでな。こいつ本物だろうな?」
 警官は、いきなりミルフィーユの胸を鷲掴んだ。
「ぬわにすんのやあ!!」
 ミルフィーユのキックが警官の股間にヒットするのと、連行中の警官が同僚の顔面に右ストレートを炸裂させるのと、ほとんど同時だった。
「貴様ぁ!! 僕ですら、まだ……いや、……天下の公僕たるものが、セクハラを働くとは何ごとだ!!」
 警官は同僚の胸倉を掴んで叫ぶ。
「落ち着いて下さい」
 ミルフィーユの背後から銃を突き付けていた、背の低い婦警になだめられ、警官は手を放した。
「それより、あなた」
 股間を押え、ピョンピョン跳ね回る警官に、婦警が話しかけた。
「鬼頭老人がリビングルームで、麻酔をかがされて倒れています。私達はこの女を連行しなければなりませんので、そっちをお願いします」
「わ……分かった」去って行く三人を見送った後、警官は言われた通りリビングルームに向かった。その途中ふとつぶやく。「うちの署に、あんな背の低い婦警いたかな?」
            *〈ショコラ〉
 警官に変装したあたしとタルトが、ミルを連行して正面玄関を抜けた。もちろん、ミルも素顔をさらしているわけじゃない。ちゃんと変装し直している。外へ出ると黒山の人だかりができていた。群衆と警官が押し問答をしている。凶悪な怪盗を見に来たのね。
 やばいなあ。
 この人達がミルをリンチに掛けよう、なんて考える前に逃げ出さないと……
「あ! 出て来た」
 群衆の中の一人が、あたし達に気が付いて叫ぶ。やばい! 急がなきゃ。
「ミルフィーユ!? 捕まっちゃったの!?」
 あ……あまり、敵意を感じない声ね。
「ミルフィーユさあぁん!」「おれ、期待してるからねえ」
 ……へ……………?
「必ず脱獄してねえ!」「無能警察なんか、ぶっとばしちゃえ!!」 ……を……をい……おまいら……
「脱獄したら、うちに来てね・かくまってあげるから」「いいや、うちへ来て!」「ミルフィーユさあぁん!!」
 犯罪者に、声援なんか送るんじゃない!!
「まかしとき!! うちは必ず復活するでぇ!!」
「おお!!」
 胸をドンと叩いて声援に答えるミルに、喚起のどよめきが起こる。
「復活するなあ!!」あたしは叫んだ。「ミル。本当にやっちゃだめよ」
 あたしは小声でミルに言う。
「せやかて、こうも期待されたのでは……」
「ミルぅぅ……」
「二人とも、静かにして。他の警官に聞かれるだろ」
「分かってるわよ」
 群衆をかき分け、一人の初老の紳士がこっちへやって来た。なぜか警官も制止しない。その後からも、やたらと身なりの良い数人の男女がやってくる。
 はて? なんなんだろう?声援を上げているミーハーどもとは、明らかに違う人種のようだ。なんて思っている間に、紳士はあたしの目の前まで来ていた。
 良く見ると、なかなか美形のオジサマ……いかん! 見とれてる場合じゃない。
「ミルフィーユさんですね?」
 なかなか渋い声である。
「そやけど……」
 ミルもポーと見とれながら返事した。
「私、こういう物です」
 紳士の差し出した名刺を受け取り、ミルはまじまじと見つめた。
「弁護士さん?」
「はい。裁判の時はぜひ私をご指名下さい。必ず、無罪を勝ち取ってみせます。貴女のような美しい方に、鉄格子は似合いません」
 いや、似合うと思うぞ。宇宙広しと言えども、この女ほど鉄格子の似合う女はいないとあたしは思う。
「ミルフィーユさんですね?」
続いて名刺を差し出したのは、二十代半ばの女性。『私はエリートよ。ダサい人は声を掛けないで』といったオーラを、全身から発散させている感じの女だ。
「裁判の時は、ぜひ私をご指名下さい。私なら無罪どころか、不当逮捕でそこのチンチクリン婦警を告訴してみせますわ」
 ムカ!!
「誰がチンチクリンだあ!!」
「まあ、まあ、押さえて」
 女につかみ掛かりかけたあたしを、タルトが片手で押さえた。
「私ならば、警察署長に謝罪させてみせます」「いえいえ、私なら賠償金を取り立てて……」「私なら大統領に謝罪させて……」
 名刺攻撃はまだ続いていた。
「ねえ、タルト。この惑星って治安悪くないの?」
 あたしは小声で質問した。
「良くはないね。警察が無能だって話だよ」
 そうなのだろうか? あたしには弁護士のせいに思えるのだけど……
 パトカーがクラックションを鳴らして、近付いて来たのは、七人目の弁護士が名刺を出した時だった。もちろん、これも、警官に変装したあたし達の仲間のモンブランが、運転してくる手筈になっている。
「みなさぁん。うちは近いうち必ず帰ってくるでぇ。ほな、しばしの間、さいならや」
「さっさと、乗り込め!!」
 群衆に愛想を振りまくミルを、あたしは乱暴にパトカーに押し込んだ。
「ショコラ。そない、乱暴にせんかて」
 パトカーのドアが閉まると同時に、ミルは抗議してきた。
「演技よ。演技」半分本気だけど。「優しくしてたら、ニセ警官だってバレるじゃない」
「なに!! ニセ警官!? どういう事だ?」
 突然、運転席の警官が振り返った。
 ひええ!! しまった!? パトカーを間違えたか?
「あの……」タルトが、おずおずと質問した。「もしかして、貴方様は、本物ですか?」
「いや」警官は帽子を外した。帽子と一緒にホロマスクも外れる。精悍な白人男性の顔が現れた。「あっしでさぁ」
 やっぱりモンブランじゃないの。モンブランは、三十歳の白人男性で、普段は、無口で大人しい人なんだけど、切れると凄く怖いのよね。なにせ、身長百九十五、体重九〇キロと只でさえごつい体格の上に、何かの武道をやっていたらしく、そこらのちんぴらが束になっても、かなわないくらい強い。
 でも、けっして粗暴じゃない。あたしにはとっても優しいし、見掛けとは裏腹に結構、神経の繊細な人だ。それに、料理の腕はミルやあたしよりずっと良い。
 単にあたしやミルが悪すぎるという説もあるが……二十歳過ぎてるミルはともかく、あたしは十四なんだから、これから覚えりゃ良いのよ。
「ああ、心臓が止まるかと思った」
 タルトがほっと胸をなでおろす。
「もう、モンブランのお茶目さん」
 モンブランの背中を突っ突くミル。そのまま、車は発進する。
「ところで、ミルさん」
 鬼頭邸から、しばらく離れた所で不意にタルトが話しかけた。
「なんや?」
「親父の奴、どういうつもりだったんでしょう?」
 え? 親父? タルト、何を言ってるんだろう?
「やっぱり、そうやったんか」
 ミルは納得しているみたいだけど、あたしにはなんの話かさっぱり分からない。
「ねえ、二人ともなんの話してるの?」
「さっきな、ごっつうハンサムなおっちゃんが名刺くれたやろう」
「弁護士さん?」
「そや。あの人なあ、タルトのお父さんなんや」
「ええ!? だって、タルトのお父さんて、たしか大学教授でミルの恩師なんじゃないの?」
「だから、分からんのや。先生がなんのつもりで、弁護士のふりして、こんなところに来たのか?」
「他人の空似じゃないんすか?」
 運転席からモンブランが言う。
「それは違う。僕だって、自分の親父を見間違えたりはしないよ」
「そうや、うちもあんまり先生とそっくりなもんやから、驚いたで」
 あ! だから、さっき見とれてたのか。
「それに、これを見てみい」
 ミルは名刺をあたしに見せた。名刺の裏に、何か貼ってある。
「メモリーカード?」
 これ一枚で、小さな図書館並の情報が記録できるという記憶媒体が張り付けてあった。それと一緒に二つ折りの紙切れが貼ってある。広げて見ると……
『竹之内君、久しぶりだね。息子は元気でやってるかね。ところで変則的なやり方で申し訳ないが、君に頼みごとがある。詳しくはカードをコンピューターに掛けくれれば分かる。なお、これはあくまでも頼み事であって、これを実行するかどうかは、君の自由意思だ。あのような場所で君に会ったのは、単に私にそれだけ余裕が無かったのであって、けっして脅迫では無い。したがってこれを実行しなくても、君と君の仲間には、いかなる報復も無い事を約束する』
「少なくとも、あの弁護士がタルトのお父さんの宮下教授である事と、このカードを見ないと、何も分からんちゅうことは分かった」
「そうね」
「しかし、姉御。あの先生がここへ来たって事は、あっしらが何をやってるか知ってるって事ですよね」
「そやな」
 ハッ! そうだった!! だから、わざわざ脅迫じゃないって断ってあったんだ。言う事、聞かなくてもバラすつもりはないって事ね。 けど……それで、安心して良い分けないわ。
「ねえ、みんな。実は今、ミルから大事な発表があるんだけど、いいかな?」
「いいけど」
「大事な発表ってなんすか?」
「ちょっと、ショコラ。今ここで発表せんかて……」
「だめよ」あたしは、きっぱり言った。「後回しにしたら、カードの事にかまけて、うやむやにされる恐れがあるもん」
「チッ! 読まれてたか」
「何だって!?」
「なんでもあらへん! なんでもあらへんから、いい加減に銃をしまいな」
「あら?いけない。銃を持ったままだったわ」
あたしは物騒な物を、ホルスターに戻した。
「こほん! では、竹ノ内魅瑠さん。発表をお願いします」
「あ、はいはい。ええ、これまでの皆様方の努力の甲斐によって、うちとショコラ……勝子の悲願であった外宇宙へ行くために必要なオーパーツアイテムは、全部揃いました。よって、怪盗ミルフィーユの役割は、これにて終了したわけです。明日からは真っ当なオーパーツハンターに戻り、外宇宙で行方不明になった、うちとショコラの父を捜すための準備に入りたいと思います」
 パチパチパチ!
「以上、怪盗ミルフィーユこと竹ノ内魅瑠さんからの引退の挨拶でした」
「そうですか、いよいよやめるんですか。いやあ、よかったですよ。あっしはけっこう、楽しんでいたんですがね。こんな事やってたら、いつか姉御やショコラちゃんが警察に捕まるんじゃないかと不安だったんですよ」
 モンブランは賛同してくれた。
「もう、やめちゃうのか。せっかく面白くなってきたのにな」
「タルト君! こんな事が面白くなったら、人間おしまいよ!」
「いや、それはそうだが」
「あの、てことは、あっしの人生はおしまいなんですか?」
「モンブランはいいの!」
「だけど、ショコラ。アイテムは確かに揃ったけど、外宇宙に行くには、まだ宇宙船の改造が必要だよ。その資金は……」
「ほらほら、タルトもこう言ってる事やし」
「お金は額に汗して稼ぐの! 泥棒して、手に入れるものじゃないわ!!」
「いや、しかし……」
「アイテムはお金で買えないから、しかたなく盗んでいたの!! とにかく、泥棒はもうお終いよ! ドロボウは! 明日からみんな真面目に働くのよ」
 こうして、怪盗ミルフィーユの盗賊稼業は終わった……………はずだった?

津嶋朋靖
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津嶋朋靖

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