第二章 え!? 教授は死んでいた?
*シャングリラ放送*
……以上で現場からの中継を終わります。では、オーパーツに詳しいシャングリラ大学の瀬賀利亜せがりあ七郎しちろう教授をスタジオにお招きしました。お話を伺ってみたいと思います。では、先生。ミルフィーユは、何が目的でオーパーツばかりを、狙うとお考えでしょうか?』
『その前に、みなさんはオーパーツというものが、どういう物なのかご存じですか?』
『いやあ、なんとなく、凄い物としか……現代科学を超越した物とか……とにかく超古代文明の……』
『まあ、一般の人の認識は、そんな所でしょうね。元々は英語で『out of place artifacts』を縮めて『ooparts』という単語になったのです。 それを生み出した時代や文化のレベルに合わない、場違いな工芸品とか文化遺産とかいった意味です。例えばです。ネアンデルタール人の遺跡を発掘していて、そこから冷蔵庫でも出てきたら、誰でも驚くでしょう』
『はあ、私なら後から誰かが埋めたと思いますが……』
『ですから、これは例えです。実例を上げてみましょう。まず、二千年前のパルティア遺跡から発掘された奇妙な壺です。最初この壺の用途は分かりませんでした。ただ、この中に銅製の円筒形物体と酸による腐食の激しい鉄の棒が入っていたのです。そこで、ある研究者がその壺の複製を作り、その中に元通り銅の円筒と鉄棒を入れ、酸を注いだところ電気が発生し、これが古代の電池であったと判明したのです』
『はあ……』
『また、一九五六年に中国の紅蘇省にある紀元三世紀頃の墳墓からは、アルミニウム製の帯留めが出土しました。ご存じのように、アルミニウムは精製するのに大量の電気を必要とします。電気のないはずの時代に、なぜアルミニウムがあったのか、さぞかし当時の人達は首をひねった事でしょう』
『しかし、それは……』
『分かってます。ただ、これは二十世紀の話です。二十世紀までは、科学技術は常に進歩するものであって、後退することは有り得ないと考えられていました。したがって、二十世紀人の常識では、このような発掘品はまさにオーパーツ・あるはずのない物だったわけです。しかし、二十一世紀に入ると古代文字解読技術が進歩し、さらに宇宙への進出により、月や火星でほとんど手付かずの遺跡が発見されるに及んで、人類も納得せざるを得なくなったのです。かつて、遠い昔に現在よりも優れた文明が存在し、それが滅びたという事実を……』
『あ! つまり、二十世紀の人達はその事を知らなかったのですね。だから、オーパーツという単語が生まれたのですか?』
『そうです。まあ、超古代文明が、かつて存在していた事は現在では常識ですし、その当時の我々の先祖に、文明を与えたのがアヌンナキという異星人だという事までが分かっている今となっては、このような発掘品は場違いではなく、あって当たり前の物なのですが、便宜上、今でもオーパーツと呼んでいるのです』
『では、最初の質問に戻りますが、ミルフィーユはなぜ、オーパーツばかりを狙うのでしょう? 単に金が欲しいだけなら、銀行を直接襲った方が手っ取り早いと思うのですが』
『もっともな事です。最初は私も、彼女は単なる骨董マニアの、愉快犯とばかり思っていました。しかし、これまで彼女の盗んだ物を調べてみて、彼女の目的が朧気ながら見えてきました。ミルフィーユがこれまで盗んできた物は、一部の例外を除くと、ほとんどがヴィマーナの部品なのですよ。それも極めて特殊な部類に入る物ばかり』
『ヴィマーナというと古代の宇宙船ですね。しかし、前から不思議に思っていたのですが、一万年以上も放置されていた機械が、なぜ現在でも機能するのでしょう?』
『ああ! それに関しては誤解がある様です。まあ、中には、そういう物もありますが、それは極めて特殊な例で、ほとんどのオーパーツメカは機械としての機能を失っています。 まあ、常識から考えて当然ですけどね』
『しかし、現に各国の政府や企業がオーパーツ・ハンターと言われる人達から、オーパーツメカを、高値で買い取って利用しているじゃないですか』
『オーパーツ・ハンターですか。私達、考古学者は彼らの事を『遺跡荒らし』とか『墓泥棒』とか呼んでいますがね。確かに彼らは古代の機械を回収しては、企業や政府機関に売り付けていますが、別にその機械を動かそうとしている訳じゃありません。彼らが集めているのは素材です。現在の我々には生成できない特殊な素材です』
『言ってみれば、機械の残骸から、屑鉄を集めているようなものですね』
『そうです。その素材には、いろんな種類がありますが、私達はこれを総称して周期表外物質……EMと呼んでいます。つまり、周期律表に当てはまらない物質という事です。一部の例外を除くと現在の我々には、これを精製する事などできません。我々に分かるのは、極めて限られた利用法だけです』
『どの様な、利用法があるのでしょう?』
『主に慣性制御、元素変換、各種の化学反応の触媒などに使用されています』
『それで、ミルフィーユはそれで何を企んでいるのでしょうか?』
『恐らく、超光速船の製造でしょう』
『超光速船ですか?』
『ええ、これまでに超光速船は数十隻建造されていますが、現在では二~三隻しか残っていません。五年前に起きたマリネリス紛争の際に、ほとんど破壊されてしまったのです』
『その後、建造されていないのですか?』
『建造しようにも、必要なオーパーツが手に入らないのです。ほとんど、掘り尽くされてしまったのでしょう。今、手に入れようと思ったら、好事家が隠し持っている物を譲ってもらうしかありません。もっとも、彼らは自分のコレクションを絶対に手放そうとはしませんが……』
『なるほど。ミルフィーユとしては、盗む以外に方法はなかったというわけですか』
『ええ』
『ところで、鬼頭邸から盗まれた〈天使の像〉、あれも超光速船に必要な物なのでしょうか?』
『いえ、あれは違います。しかし、あれも外宇宙に出て行くのには、必要なアイテムである可能性があります』
『どういう事でしょう?』
『先ほど、ほとんどのオーパーツメカは、機械としての機能を失っていると言いましたが、例外的に今でも機能している物もあります。その際たる物が、太陽系防衛機構と我々が呼んでいるものです』
『どういうものでしょう?』
『太陽には四つの兄弟星がありますが、太陽以外の恒星は、遥か昔にアヌンナキの手により巨大な球状構造物に覆われ隠されていたのです。そのために我々は長い間、太陽は銀河でも珍しい単独の恒星と勘違いしていました。アヌンナキが巨大な球状構造物を作った目的は二つあります。一つは地球の環境を安定させ、生物が住みやすくするためですが、もう一つは四つの恒星のエネルギーを利用し、太陽を中心とする半径二光年の宙域に、球殻状の力場障壁を形成するためです。このシールドは電磁波などを通しますが、宇宙船でここを越えることはできません。つまり我々は、僅か半径二光年の宙域に閉じ込められているわけです。ここからは、誰も出る事はできませんし、入る事もできません』
『しかし、アヌンナキは、ここを出入りしていたのでしょう』
『そうです。彼等はちゃんと出入り口を用意していました。ただし出入り口は常に移動しており、現在位置は、なかなか特定できません。もちろん、アヌンナキは位置を知るための装置を持っていました。我々は、それを〈道標〉と呼んでいます。そして、ミルフィーユは〈エウロパ〉で〈道標〉らしきオーパーツを盗み出しています』
『なるほど。という事は彼女は、外宇宙へ出て行こうとしているのですね』
『そうです。ただし、出入り口を抜けるためには、通行証が必要です。それがなければ、シールドは開きません。通行証の事を我々は〈パイザ〉と呼んでいますが、鬼頭邸にあったものが、そうではないかと私は以前から思っていました。そこで以前に何度か『研究させてほしい』と鬼頭氏に申し入れていたのですが、ガンとして拒絶されていたのです』
『あの、と言う事は、ひょっとして……』
『はい、ミルフィーユの予告状が出たとたん、真っ先に私に疑いがかかりました』
『なるほど』
『夕べは身の証しを立てるために、警察署に泊まり込みでしたよ(笑)』
『ご苦労様です』
『まあ、たまにはいい経験です。二度とはごめんですが……それはともかく、太陽系防衛機構がどのような仕組みで〈パイザ〉を識別するのかは分からないのですが、これまでに〈パイザ〉を持っている船に対してだけ力場障壁は必ず開かれています。〈パイザ〉を持っていない船に対しては、例え〈パイザ〉を持っている船の直後を通っても、力場障壁は開かれませんでした』
『偽造できないのですか』
『仕組みが分からない以上不可能です。これまでのところ、〈パイザ〉からは電磁波、放射線などの類いは観測されていないので、どうやって外部に自分の存在を知らせているのかも分からないのです』
『そうですか。まあ、とにかく〈天使の像〉が〈パイザ〉であるなら、ミルフィーユはこれで外宇宙へ出て行けるわけですね?』
『ええ』
『そうなると、今回の引退宣言も納得でます。もう、盗む必要は……