第2話 理由を聞かせて その一
「ん……」
ボクが目を覚ますと、見慣れない白い天井があった。
混濁した意識の中で一つの出来事を思い出した。
「あ、あれ? ボクは……」
「気が付いたようだね」
叫びながら飛び起きると、大魔法師さんがベッドの横で座っていた。
病院?
「まずは私に非があったことを謝罪しなければならない。すまなかった」
声音が違う。これは自分の事を恥じているとハッキリ解る声だ。
それにしても、先の戦争で活躍した大魔法師に頭をさげられるとなんともいえない気持ちが生まれる。向こうが謝っているのに、なぜだかこちらが申し訳ない。
「あの、親方は……?」
「今現在も治療が続いている。脇腹を雷魔法が貫通していた。私が治癒魔法を使えれば良かったのだが、まだ習得していなくてね」
「ボクを庇って……親方は……」
「決して君のせいではない。私が早く襲撃者が二人だということに気が付いていれば良かったのだ。
ひとまず、君がなぜ襲われたのかを説明しよう。いいかね?」
「わかりました」
ジェネクスさんは静かに語り始めた。
「三大魔法師は知っているかね?」
三大魔法師。
この大陸で歴史の教科書に載るほどに有名な三人の魔法師の総称だ。
各国での戦争が活発だった時期に、大活躍をしたパーティでもある。
一人目。ジェネクス。
何を隠そう三大魔法師の一人に数えられるジェネクスさんは、土と火と風の魔法を主体としている魔法師だ。その素性は明らかにされておらず、貴族が通う学校の先生のような口調から『オルガニズム・ハウンサレクト』という二つ名を持っているそうだ。
意味は『不明』と『教授』、古代語だそうだ。
二人目。バシウム。
体の造りからして異常。普通の魔法師とは一線を画しているというこの男は、魔法の破壊力が通常の魔法師の数百倍だという。だからこそ大魔法しか使えないというデメリットも孕んでいたが、基本的に威力が段違いなのでメリットしかなかったという。更に無尽蔵の魔力を持つとまで言われていて、魔力が尽きたことは無いらしい。
三大魔法師のリーダー格とされていたが、戦争終了後に失踪。未だに見つかっていないらしい。
実は貧民街《スラム》出身で、成り上がった時の報奨金で貧民街の住人を救ったという逸話が存在する。
二つ名は『エクストリア・メルストイダムス』。意味は『救済』と『破壊』。
三人目。アルカディア。
パーティで唯一の女性魔法師。全ての属性の魔法を使いこなし、どんな雑用でもそつなくこなし、二つ名は『ウルガヌメルストリア』と大変言いにくいものになっている。意味は古代語で『最強』。
王族から産まれ出た世界最強の魔法師と呼ばれていた彼女は、戦争の道具にされて怒って国を出て行ったとか……。
舌が肥えていると言われていて、食文化が進んでいる『エメラル王国』に居ると予想がされているそうだ。
ボクが憶えている限りの三大魔法師の詳細は、このような感じの内容だったはずだ。
本で読んだから、作者の主観が入っているのかもしれないけれど。
「はい。知っています」
「私はここドールスに来るまでに幾つもの町や国を通ってきた。その途中である一団と出会ったのだ。戦争で活躍した私を知る者は多く、勧誘の回数は当然の事ながらそれに比例していった。
しかしその一団は他とは違った。三大魔法師の一人バシウムが所属していたのだ。しかし只の一団ならばなんら問題はない。問題なのはその一団が『犯罪者』の集まりだったということだ」
犯罪者集団の中に英雄がいる。
それだけで国にとっては一大事じゃないんだろうか?
「私は必死に説得したのだが、彼は離れなかった。理由を聞くと、こう答えた。
――うるせえ人の事情に首を突っ込むな、とね。
ひとまず私は旅の目的であった、君のような魔法師探す旅に再び出たのだよ」
ボクは違和感を感じた。それは理由を聞かされていないからだ。
今までは理論で物を話す人だったのに、この話ではやけに感情的になっている。
なぜバシウムという男をその一団から離れさせようとしたのかも解らないし、まずボクのような魔法師を探している理由が解らない。
一体この英雄は、何が目的なんだろう?
目的が解らない、だから質問をしよう。
気弱なボクは他人に言われるがまま、良い子として生きてきたけれど。
英雄に質問をするという勇気を出すということは些細な事なのかもしれないからだ。
苦手でもなんでもなければ、向こうから名前を呼んでくれる程度の気軽さだ。
怖いなんてことは無い。
吹っ切れたといった方が正しいかもしれないけど、ボクは克服したと言いたい。
「大魔法師さん。いや、ジェネクスさん」
「なんだね?」
「理由を教えてください。なぜ弟子が必要なのか、なぜ一団に三大魔法師を所属させてはいけないのか」
ド直球ストレートに聞くことにした。
それが今のボクに出来る最大のことだ。
その返答は……。
「ふむ、その若さにして『理論』は理解しているようだ。その知力を認めて教えよう。
なぜ私が弟子を求めて旅をしていたのか。なぜバシウムを犯罪者の集団と共に居させてはいけないのかを」
ゴクリ。
生唾を飲む。
窓からは夕陽が差し込んでくる。
もうそんな時間なのか。
「私はこう言ってはなんだが、年寄りだ。既に齢を数えきれないほど生きている。その過程で知ったのだ、技術を失わせてはいけないと。私も寿命が近づいている。このままでは今まで培ってきた技術が失われるのだ。
そして私はセクター君と同じく魔力を体内に保有していない」
出会ったときはあんなに魔力を迸らせていたっていうのに、魔力を持っていない!?
「三大魔法師の名に恥じぬよう、魔素から変換し常時貯めた魔力を体外に放出しているのだ。
長い時の中で私は魔力を持たぬ者のみが扱える魔法を開発した。名は『無効化キャンセラー』その効果は魔法を無効化することが出来る。理論は君が修得したいならば教えよう。
正直、反則級の魔法だと思う。実際にそうだった。戦争において比類なき力を発揮したのだから」
反則級。
伝説の三大魔法師がそこまで言うのならばその通りなんだろう。
確かめるまでもないだろう。
だけど寿命というのは聞き捨てならない。
「あの、寿命ってどういうことですか?」
「私は1000年は生きている。肉体の寿命くらいならば魔法で判明するのだが、」
ボクは体が弱いから、昔はベッドの上で本をよく読んでいた。
だけど1000年前のことが書かれた本は読んだことがない。
300年前がせいぜいだ。
「ど、どのくらい昔まで憶えてるんですか?」
「1000年も前の事までは流石に記憶していないが、800年前からならば鮮明に憶えている」
歴史の生き証人だろう。考古学者がこぞって教えを乞いに来るくらいの偉人だ。
なぜ国が公表していないのかは知らないが……というか国の建設よりも昔に生まれているのだろう。
「話を戻そう。私はそのような魔法を開発し、その知恵と技術を後世に遺したいのだ。
しかし書物に纏まとめるには私の魔法は難解すぎる。なので弟子を残すことを考えた。
なるべく歳はとっていない、魔力を持たない人間をね」
だからボクが選ばれたのか。
まだ子供で魔力を持っていない。
そして親はいなくて都合もいい。
かなりの好条件だろう。
「次はバシウムの件だ。彼のことは知っているかね?」
「魔力をほぼ無限に持っていて、魔法の威力が段違いで、三大魔法師のリーダー格。戦争終了後に失踪していて、実は貧民街出身で、二つ名が『エクストリア・メルストイダムス』……
……こんなところです」
「一つだけ彼の戦友として訂正しておこう。リーダー格というのは国が都合に任せて公表した真っ赤な嘘だ」
「そ、そうなんですか」
本の中では国が事実を隠蔽するのはよくある話だけど、本当にそんなことしているだなんて思いもしていなかった。
「バシウムはいつも破壊を繰り返していた。性格は残虐。三大魔法師と呼ぶに相応しくない人物だ。
いつまで経っても彼は破壊を止めなかった。あるときは敵国に単身乗り込み王城を木端微塵に、またあるときは一つの無人島を消し去った。
だが、彼自身の育ちのせいかよく貧民街の者を救っていた。自分の境遇をよく知っているからこそ戦争を勝ち取って得た褒賞を貧民街の子供の救済に当てていた。その者たちは下手な貴族よりも向上心が高く、事実聡明であり身体能力も高かった。
二つ名の由来はそれらからきている」
なるほど。自分に素直な人だったんだな。
それでいて情もある。
「彼には問題があるのだ。どうしようもない呪いに罹っている」
「……それは一体?」
「――十の数を越える人の集団内において、必ず疎外感を感じられるという呪いだ」
「はい?」
「……十の数を越える人の集団内において、必ず疎外感を感じられるという呪いだ」
どうしようもない呪い。問題。
そんな単語が頭から吹っ飛んだ。
つまりどういうことだ?
「信じられるか、といった顔だなセクター君。しかし本当なのだよ」
「ええっと……それのどこに問題が?」
それを聞いたジェネクスさんは、信じられないといった表情でボクを見つめた。
「この呪いの肝は、疎外感を感じられるというところにある。ハブられる、仲間外れにされる危険性が高まるのだ。
彼は、バシウム本人はその呪いに罹っている事に気付いていない。そして彼は……誰かといることを最も好むのだ。それこそ知り合い一人が殺されただけでも親の仇とばかりに追い回すほどだし、自分が嫌われていると解るとその者を殺したくなるらしい」
『情に厚い』
言葉にしてみればそれだけだが、それが破壊を好み人一人を殺されるという理由で喧嘩を吹っ掛ける圧倒的な力を持つ三大魔法師。
問題しかない。
「理解できただろう。かの一団が犯罪者集団だったし、始末するとバシウムが怒ってしまうので私も手が出せなかった。
しかし結局行き着く結論は破滅だ」
静かに語り終えたジェネクスさんは、窓の外を見やった。
先ほどまでは夕陽の光が差し込んでいたが、次第に暗くなっていく。
完全に暗くなったとき。
それが戦闘開始の合図だとボクは知り得なかった。