第3話 弟子の条件
「う、ううん……」
目を開けると、見たことがある電球があった。
ここにはつい最近まで来ていたことがある。
「目覚めたか。ここはセクター君が紹介してくれた空き家だよ。家具もあってなかなかいいところだ。なぜだか手入れも行き届いている」
そういえばそんなことを言ったような言わなかったような……あれ、空き家?
「あの、言っておかないといけないことがあります」
「聞かせてもらおう」
「ここは、空き家じゃないです」
「どういうことだ? 既に朝だというのにこの家の所持者は現れていないわけだが。この家に来てから隅々まで確認したが、我々以外の人間は人っ子一人いなかったぞ?」
理由は簡単だ。
この家は元々国が所有していた、来客用の家だ。
だから常に家具は揃えてあるし掃除もされている。
そのことをジェネクスさんに伝えると。
「そんなことか。なら問題はない。私は国の人間だ」
そ、そうだった。
三大魔法師って称号じゃなくて職種だったんだっけ?
そりゃ国に直に仕えている人がいるのなら問題はないか。
「さて、では行くとしようか。手短に」
「どこにですか?」
「決まっているだろう。君の両親に直接言わなければ。とても弟子にすることなどできん。親方という人物は代理にすぎんのだからな」
「でもボクの親は……」
「案ずるな、死者と話す程度ならば手はいくらでもあるのだ」
ジェネクスさんは不敵に笑いながらそう言った。
「まずは両親から産まれた君の身体の一部を貰おう。爪か髪の毛をほんの少しでいい」
ボクは髪の毛を一本抜いて、手渡した。
「少し準備をするから、朝食を食べておいてくれ。私は要らない」
「わかりました」
ボクはこの家の調理場まで行き、地下保存庫へと続く扉を開ける。
はしごで降りると、冷気が体を包んだ。
息が白い。
なんで地下が寒いのか疑問に思ったことがあるが、考えても答えは解らなかった。
食材をいくつか失敬し、調理場へと戻る。
「さて……」
以前、一度だけ料理はしたことがある。
しかしそれは料理とは呼べない、粗末なものだった。
今回は前回の失敗を糧にして成功させようと思ったのだけど……。
「やっぱりこうなったか……」
出来たのは大きな炭と異臭を放つ何か。
とても食べられるものではない。
ここはいい感じに焼きあがったパンだけ食べておこう。
……数秒で腹に収まった。
育ちざかりの時期の今では、パンだけでは足らない。
「何か……ないか」
地下室に再度入り、食材を見渡す。
肉、野菜、パン、牛乳、調味料。
どれも今のボクでは満足に扱えない。
そう思っていた時だった。
「ふむ、こんな場所があったのか」
「あっ、ジェネクスさん」
地下室のはしごを降りてきたジェネクスさんは、ボクと同じように保管庫を眺めながら言った。
「まさか君が料理を出来ないとは……すまなかった」
「――ええっと…………その……」
「私が作るから、上に戻って待っていなさい。置いてある道具には触ってはいけないから注意してくれ」
申し訳ない。
実に子供らしくない感想だけど、ボクはそう思った。
両親が死ぬ前は体が弱かったので家で本ばかり読んでいた。
そのせいか口調が変わった。
語彙も増えたけど、親方に「何を言っているのかわからない」と言われた時に気付いた。これは知識で差が出た、と。
それ以来本は嗜む程度に読むことにした。
一日中本を読むことだけに集中力を割いていたせいか、外で運動をすると気分が晴れた。
まあウィルや同年代の子供にいじめをされる事もあったけど、特に気にしてはいなかった。
そのせいで調子に乗られたから困ったし、語彙の多さを目立たせない為にわざと『子供らしく』していたのがきっかけでいじめの度が一線を越えた事があった。
うん、改めて思ったけどボクは『子供らしくない』。だけどジェネクスさんにとっては『子供』なんだろうな。なんせ1000年生きているそうだし。
「セクター君そこの机に運ぶから気を付けてくれ」
「わかりました」
そんなことを考えていると、料理が出来たらしい。
まだ数分しか経っていないのに。
そして風魔法で運ばれてきた料理は、匂いだけでボクの胃を鳴らすのに相応しい料理だった。
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「今更だが、アレルギーはなかったかね?」
「は、はい。ないです」
「では、早く食べようか。冷めてしまう」
ボクはうろたえていた。
風魔法で運ばれてきた料理は全て一人分に分けられていて、おいしそうだ。
なんだこの量は……机に全部載らないからって浮かせたままにするとは。
いや待て。ジェネクスさんは作ったのか?
収納しておいて取り出したのでは?
さっき儀式の準備の時『道具に触らないでくれ』と言われたけど、そもそもどこから道具を持ってきたんだ?
あれだけの魔法を使えるのだから、異次元に収納スペースがあってもおかしくないだろう。
……――考えるのはやめだ。聞くって決めたじゃないか。
「あの、これは、その。どうやって」
「これでも私は遥か昔に料理人を目指していてね。今はこの職に就いているから諦めたんだ」
「そ、そうですか……」
こちらが言いたいことを言えない間に、察されたのか先に答えられてしまった。
確かに店を開こうと考えていたなら早く作れないと話にならないけど、このスピードは異常だ。
「い、いただきます」
とにかく食べてみることにした。
ジェネクスさんは既に席について食べ始めている。
対席になるように座り、ナイフとフォークを手に取る。
一人分の小皿が幾つもあり、これは完全にフルコースだ。
前菜から食べればいいのだろうか?
「テーブルマナーなどは気にしなくとも良い。好きなように食べてくれ」
時折、このように心を読んだかのような発言をされるが……まさか本当に読まれているのではないかと疑ってしまう。
まずはサラダを口に運ぶ。
なんだろう? 木の幹を薄くスライスしたような形だ。
「おっ……」
おいしい!
なんだこのみずみずしい野菜は!
「それはフルエアだね。西の民族が主食としている野菜だ。同じ皿に入っているカラカラと共に口に含んでみなさい」
言われた通りに、この地方原産のカラカラという果物と一緒に食べてみる。
木に成っているこの果実は、振るとカラカラと音が鳴ることから名づけられたそうだ。
油で揚げたような、サクッという軽い触感が味わえるのだが……フルエアと合わせるとまた違った味わいになった。
「これは……!?」
口の中でフルエアの水分が弾けてカラカラを覆う。
カラカラに味が染み込んでいる!?
カラカラはリンゴと同じ種類だと言われているが、リンゴもサラダに使われていることがある。
これはそんな次元の問題だ。
恐らく、フルエアとリンゴでは合わない。カラカラとしかこの料理は完成しない。
「下手に調味料を掛けるよりもそちらの方が旨いだろう?」
年の功。
そんな言葉がピッタリと当てはまる。
この人はそんな人だ。
「さあ、早く食べようか。追手も直にここを嗅ぎ付けるだろうからね」
凄い人に選ばれたんだなぁ……。
ボクはそう再認識して、次の料理に手を伸ばした。
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結論、全て美味しかった。
料理人になりたかったというのは本当らしい。食べてみて解った。
コップに入れられた水で口を潤している最中、ジェネクスさんが真剣な顔でこう言った。
雰囲気が、空気が、重い。
「セクター君……弟子になるということは、この街に戻れない可能性もあることを憶えていてくれ」
「はい」
「例えこの街が戦争で滅んでも、だ」
「……はい」
「別れを告げずに出て行く事になる。今現在も我々を捜索しているのだろう」
「それは、まあ、薄々だけど解っていました」
「君が私から一人前と認められるまでは絶対に勝手は許されないし、逆に三大魔法師の弟子だからと国からの命令で縛り付けられることになるかもしれない。
そんな少年時代を大人になってから後悔しないと誓ってほしい。
それが弟子になれる素質を持った君に出来る、私の最大の配慮だ。何が起きても、絶対だからな」
返答しなければいけない。
誓わないと同行させてくれない。
だけど……。
「理解はしましたけど、覚悟まではしていません。だから誓えないです」
「なら……」
遮る。
言葉を紡ぐ。
「でも、弟子にさせてください。失うものがボクにはないから、大事なものがないから、両親がいないからお願いしています」
何かがボクにはない。
それに気づいたのは、この人に会ってからだった。
「他の人が持っているものをボクは持っていません。魔力も、両親も、家も、失うものがありません」
ボクには魔力以外にも、何かが足りない。
上っ面の感情でボクは今まで生きて生きた。
「貴方に誘われた時、ボクは思いました。優しそうな人だなって」
この人に出会ってから、生きてきたんだなって実感した。
だから求めないといけない。
強さを。
「この機会を逃したら、ボクはきっと一生後悔します。この街に未練はありませんし、自由じゃなかろうが、国に縛られようが関係ありません。
師匠になってください。親になれと言いません。兄弟になれとも言いません。配慮も遠慮も必要ありません。
『三大魔法師』ではなく、ジェネクスさん本人にお願いします。
弟子にしてください。お願いします!」
ジェネクスさんは数秒間、ボクの言葉を噛みしめていた。
そして、返答。
「言いたいことは良くわかった。認めよう、君は今から私の弟子だ。そしてありがとう。私の弟子になってくれて。
……ところで、君は確か土魔法を得意としていたね?」
「はい。あと水魔法も使えます」
「君の階級は『土魔法師』だな。将来は必ず三大魔法師に劣らない魔法師になれるように鍛えよう」
「出来るだけ上を目指します」
「その意気だ。目標を決めて覚悟さえしておけば、きっと『神級』まで到達できるよ」