第三章 妹と目利きと名もなき鳥 9
万里が麗羅のところに来てから何日か経った。
暗い部屋でぐっすりと眠っている麗羅に忍び寄る影。
首筋に振り下ろされたナイフを受け止めて、麗羅が目を開く。
「お前、何者だ?」
「くっ……しくじったか」
窓へと逃げ出す男に麗羅は素早く起き上がり、手をかざす。
「逃がさない」
麗羅が手をかざした瞬間、窓を破った剣がそのまま男を貫いた。
「なんだ、コイツは」
眉間に皺を寄せながら、窓から紫の着物を羽織った剣の持ち主が入ってきた。
「流夏さん、どうして」
「コイツの仲間が俺のところにも来たんだ」
「そうですか」
「心当たりはあるか?」
「ありませんね。あ、入って下さい」
「あ、ああ」
流夏が窓から部屋に入り、麗羅が電気を点けた。
「っ!」
麗羅の格好を見て、流夏は赤くなった。
「お、お前!」
「あ、すみません。寝間着です」
「いや、別に構わないが」
構わないと言いつつ視線を反らす流夏。別に麗羅は特別変わった格好はしていない。寝間着というよりは私服に近い。
ただ、流夏はいつもと違う格好の麗羅に動揺していた。
「麗羅!ごめんね!」
突然扉が開いて万里が入ってきた。
「お前の敵か?」
「あれ、流夏さん。こんばんは!」
流夏に手を振ると、違う違うと首を横に振り、麗羅に向き直った。
「多分、ザコの集団を敵に回しちゃったと思うんだよね。まあ、私一人でも大丈夫だから気にしないで」
その言葉に麗羅は静かに首を横に振る。
「お前の敵は私の敵だ」
「麗羅の手を借りるまでもないって!大丈夫!」
「早いほうがいいだろ?」
「まあ、確かにそうだけど」
「なら私も行く。問題ない」
万里の言い分を無視して麗羅が言い切った。そんな麗羅に万里はため息をついた。
「わかった。麗羅ならザコ相手にやられないしね」
「とりあえず、眠い」
「あーはいはい。窓直したらね」
「誰のせいだ」
「敵?」
「お前だろ」
「ちぇっ!はーい。片付けるから、麗羅は私の部屋で寝ていいよ」
「そろそろ、俺も話に入ってもいいか?」
「あ、すみません」
明らかに不満そうな流夏に、麗羅が慌てて謝罪した。
「万里、流夏さんのところにも来たらしい」
「え!もう、情報だけは早いなぁ。ごめんね、流夏さん」
「俺のところにも来ましたよ」
その声のほうを一同が見ると、窓のところに俊輔が立っていた。
「え、俊輔さんが眼鏡かけてない!」
「ああ、能力をさっき使ったばかりなので」
「そういうことですか」
「どういうこと?」
「俊輔さんは、能力を使う時は眼鏡をかけないんだ」
「目があまり良くないというのもありますが、制御の役割も果たしています」
そう言って笑う俊輔に、麗羅と万里は思わずみとれてしまった。そんな二人に流夏は怪訝そうにする。
「なんでこんな時間にいやがる」
「あなたと同じです」
「ごめんなさい、お二人とも」
「私のせいなの!」
「集団を敵に回した、と言っていましたね」
俊輔が眼鏡をかけながら万里に問う。
「あー……ここに来る前にいろいろあって」
万里は苦笑しながら言った。
「とにかく、万里が狙われてるんです。どうやらお二人とも接点があると思われたみたいですね」
「ということらしいですよ、流夏」
「ふざけるな。何故俺がコイツのせいで狙われて……」
「ごめんなさい、流夏さん」
麗羅が申し訳なさそうにした。
「なっ!べ、別にお前が謝る必要はない!」
困惑する流夏に万里はなるほど、と笑った。
「なんでもいいけど、流夏さんってちっちゃくて可愛いね!」
「ちっちゃくてとか言うんじゃねぇ!」
「あれ、誉めたつもりだったんだけどなぁ」
二人のやり取りに俊輔がくすりと笑い、麗羅も少し笑う。
「それでは、俺たちは失礼します。行きますよ、流夏。今日は俺の家に泊まって下さい」
「は?」
「明日、その集団のところへ乗り込むんでしょう?俺たちも行きますよ」
「え?」
「え!」
「はぁ!?」
驚く麗羅と万里と流夏。
「そんなこと、悪いです」
「そうだよ!」
「友達は助けなくては。ねえ、流夏」
俊輔がにっこり笑うと、流夏は舌打ちした。
「まあ、すでに巻き込まれてるんだし、おもしろそうだからな」
「ありがとう、二人とも!」
「ではまた明日の朝、流夏と来ますよ。それまでに準備しておいてください」
「すみません、お二人とも」
麗羅が謝ると、流夏はキッと睨み付けた。
「ここは別に、謝るところじゃねえだろ」
「そうですよ」
「え?」
「こういう時は、ありがとうだけで結構ですよ」
俊輔が笑いかけると、麗羅も少し笑った。万里もそんな三人を見て微笑んだ。
「では、また明日」
「はい、おやすみなさい」
俊輔と流夏が去って行くのを見送りつつ、万里が呟いた。
「二人とも、おもしろいね」
「いい人だろ?」
「うん。確かに斬れないや」
万里はそう言って嬉しそうに笑った。