第二部
「どうして行く気になったんだ?」
「行けば分かるなら行こうかなーって」
「二人とも! 道中は気を付けるのよ!」
「ああ。行ってくる」
「行ってきまーす」
フートとその父は、母の満面の笑みに見送られ、朝日が昇る中を発った。二人は、市街地の大通りに出てくると、海に向かって下っていった。
「夜が明けたばっかりなのに、こんなに人がいるんだねー」
「当然だ。明け方に戻った船にある、海外の食材や海の幸を買う人がいるんだ。とれたての魚は美味いんだぞ――ほら、向こうからいい香りがするだろう」
「……本当だ。何か焼いてるにおいがするー」
「よし。今日の朝食だ」
焼き物の香りに誘われたフート達は、その香りを放つ露店に立ち寄った。そこでは、魚が丸ごと串に刺されたまま、焦げ目がつくまで焼かれていた。フートとその父は、それを一つずつ買い、こうしてまた海までの道を行く。
「あー美味しかった。口の中で簡単に魚がほぐれちゃったよ」
「フートにしてみれば物足りないかもしれないな。でも心配することはない。しばらくは魚しか食べないぞ」
「どういうこと?」
「あれを見ろ」
こう言われたフートは、父が指差した方向を見た。するとそこでは、水平線上に数十隻もの船が浮いていた。フート達はいつの間に、市街地の端である港に、たどりついたのだ。
「おーい! 親っさーん!」
「――おーう! 久しぶりだな!」
「親っさん」と呼ばれたフートの父が、手を振ってくれる男性に、手を振り返していた。男性のすぐそばでは、五メートルほどありそうな、貫禄をそなえた船が、海で浮いている。
「……父さん、あのおじさんは?」
「昔からの知り合いだ。目的地へ行くために船を出してくれる――今日は一日、よろしく頼むぞ」
「もちろんですよ親っさん! さあ! 早速出発しますよ!」
と、いうわけで。
フートが行く先を理解しないまま、父と、その知り合いの男性の船に乗り、航海が始まってしまった。
「――街がもうあんなところにあるー……」
「急で悪いな。船を出してくれて」
「いやいや! 親っさんならこの時期に行きたがるだろうな思って、前から船を手入れしてたんだ」
「助かるよ。フートもちゃんとお礼を言うんだ」
「……ありがとうございます、おじさん」
フートが「おじさん」と呼んだ人物は、なんのなんの、と答えておおざっぱに笑う。
「それにしても運が悪いよ親っさん。あと数日待てば「天敵」が現れなくなるのに」
「分かっている。だが、今日を逃せば一週間後。その時には島の食材に規制がかかって採取ができなくなる」
「そりゃいつかは採取量に規制がかかるさ。でも親っさん、だからって行くのが早すぎだぞ」
「昨年は採り損ねたおかげでかなり出費したんだ。今年は必ず確保して、出費をおさえないと」
「天敵が出てきたらどうするんだよ」
「もちろん、自分で倒してみせるさ」
「何を言っているんだよ。親っさんはもう若くないだろ?」
「でも、あるんだろ? 「俺の相棒」」
そう問い詰めたフートの父。おじさんは少し間を置いてそれから、ため息まじりに船の一室へ入っていった。
「父さん。父さんに相棒なんていたの?」
「ああ。料理人でいう包丁のようなものだ。かつての仕事で愛用していた――ほら、来た来た」
そう言ったフートの父は、一室から戻ってきたおじさんの方を向いた。おじさんは、一際長い棒を引きずって、フート達の前に現れたのだった。
「これが! 親っさんの、相棒だよ」
ふんっ! と一声。おじさんは、棒を重そうに持ち上げて、棒の全貌をフートに見せつける。
「……槍? 斧? それとも――」
「おお。嫌々持ってきた割には、しっかり手入れしているじゃないか」
まあな! と言うおじさんの横で、フートの父はためらいなしに、そい、と棒を持ち上げた。その人の真上で、棒は、空を突き刺しそうな突起物を眩しく光らせる。そして、突起物のすぐ下では、末広がりな大きい両刃と、爪のような小さい鈍器が控えていた。
「君のお父さんはよくこんな重いものを振り回していられるよ。良かったら、持たせてもらうといいぞ」
「いやだめだ。こいつは仕事以外じゃなまけることしかしていない。こんなの持ったフートの体は、一瞬で壊れてしまう」
「にしても大きくなったもんだな! この間会わせてくれたときはまだ、こーんなちっさい赤ん坊だったじゃないか」
「この間って、いつの話をしているんだ。もうあれから十年以上経ってるじゃないか」
「――親っさんが「組織」の精鋭を降りてからも、十年以上経ってるってことですよ」
「そしき……?」
「あれ。親っさんの息子さん、きょとんとしてるぞ」
「――ああ。まだ、ちゃんと話したことがないからな」
そう言って、フートの父は頭をかいて苦笑する。この父の様子に、おじさんが大層目を見開いていた。
「なんだ。親っさんは自分のことを、ちゃんと話しているかと思っていたのに。じゃあ、このおじさんが親っさんについて――」
「だめだ。それを教えたらフートを連れてきた意味がなくなるだろう。それに見ろ。島の頭が見えてきたぞ」
「おっと! もうあの島が目と鼻の先か!」
フートの父に促されたおじさんは、慌てて船の舵をとりに行った。フート達の目的地は、もうすぐだ。