第二話 ~魔王、執事に転職する~
「まぁ仕事がある時は呼ぶから、それまで適当にブラブラしててくれ」
「へーへー。分かりましたよお嬢様」
ったく適当な奴だな。
これからここで暮らしていくっていうのに、大丈夫なのか?
………でもまぁ広い屋敷だし、適当に散歩っていうのも……。
「ってうぎゃあああああああああああああッ、俺お嬢様から十メートル以上離れらねェじゃん!」
「あ、そうだったな」
「そうだったなじゃねぇ! また腕が落ちたろうが!」
どくどくと血が傷口から流れ出ていく。
ちくしょう、一日で二回体の部位失うってどういうことだ。二話目始まってすぐスプラタってどういうことだ!
激痛に耐えながらも落ちた右腕をまた切断面にひっつける。
完全に勇者のペースだ……。
「しょうがない、範囲はこの屋敷中に変えてやろう。風呂まで付いてこられたらたまらん」
「そうしてくれ……」
「うわわわ~! その腕どうしたんですかぁ!? ポロって落ちてましたよ、ポロって!」
おいおいおいおいおいおい、さっそくエリーに見られたぞ。
普通の人間が千切れた腕治るとかありえないし……。
どう誤魔化すんだ、えぇ? 勇者さんよぉ~………。
「今のは彼のマジックだ」
マジック!?
そう誤魔化すの!?
「あ、そうなんですか~。びっくりしちゃいましたよ~」
で信じるんかい!
明らかに出血してただろうが、めっちゃ痛がってただろうが!
「……分かったろ、エリーはこういう子なんだ」
「……ドジっ子で、ド天然……いやドアホってやつか」
なんとも残念な娘だな……。
顔は可愛いが、いかんせん知能が低いようだ。
ホントにコイツが同僚で大丈夫か……?
「じゃあフリード、最初の仕事だ。このカーペットに付いたお前の血を綺麗にしておいてくれ」
「…………へいへいお嬢様」
ゲンナリとしながらも俺は答えた。
アリスはそう命令を言い残すと階段を上がって二階へ消えた。
さて、この汚れをどうとるかな………。
「えーと、どうしましょう…………フリードさん……」
「あー、えっとアルカリ性の石鹸みたいなのあるか? あとタオル」
「アルカリ性ですか~……、ちょっと待っててください」
パタパタとエリーはどこかへ走っていき、すぐに戻ってきた。
手には大きなボトルとバスタオル。
いや、ちょっと待て。何か嫌な予感がする。
「はぁはぁ、フリードさぁ~ん、持ってきまし………いひゃあ!」
「ほらやっぱりィ!」
さすがはドジっ子! 予想を裏切らない!
両手に持っていたバスタオルとボトルを空へ放り出し、盛大に顔面から床へ突っ込んでいく………。
と、思いきや。
その動作が途中で静止した。
地面から約三十度の角度でエリーの動きは静止した。
「はれ?」
当の本人も何が起きたか分からないようだ。
そのままゆっくりと立っている姿勢まで戻るとエリーの後ろから何かが飛びだしてきた。
「パァァーミィ―――――――ッ」
「ブ―イオ・ドラゴーネ! 付いて来たのかっ」
現れたのは魔王城跡で召喚したあのブ―イオ・ドラゴーネ(チビ)だった。
どうやらエリーを後ろから支えて助けたらしい。
よくやった、ブ―イオ・ドラゴーネ。
「パミパミ―」
「わ~、可愛いですねぇ。フリードさんのペットなんですか?」
「あーまぁそんな感じかな」
召喚獣もペットもあまり変わらんだろ。
「わ~、わ~、わ~っ! 何て名前なんですかぁ?」
「な、名前? えーと………ブ―イオ……、ブ―イ……、そう、ブ―イ! ブ―イって名前だ」
「へ~ブ―イちゃんですかぁ~。可愛いですねぇ。さっき助けてくれてありがとうねぇ」
エリーに頭を撫でられてブ―イオ……、いやブ―イは嬉しそうだ。
彼女はペットが空中に浮いていることに疑問を持たないのだろうか……。
まぁいいや。ひとまず血を落とそう。
「ちょっとエリー、そこの石鹸取ってくれる?」
「あ、は~い」
エリーから受け取った石鹸を一応確認して見ると、ちゃんと『アルカリ性』と書いてあった。こういうのはちゃんとしているのね。
その石鹸をバスタオルの全体に染み込ませる。
「何やってるんですか~」
「カーペットとかに付いた血は『アルカリ性の石鹸を染み込ませたタオルとかで叩くと落ちる』んだよ。…………っていうかブ―イ気に入ったの?」
「はい! とっても可愛いですから~」
こちらの話を聞いてる時も離さずブ―イを抱いている。
そいつ、本当は相当怖い見た目なんだけどな……。
ま、いっか。
バスタオルに石鹸を染み込ませて、トントンと軽くカーペットを叩いていく。
すると、みるみるうちに血の汚れが浮いてくる。
「おー、すごいすご~い。まるでおばあちゃんの知恵みたいです~」
「お、おばあちゃん………」
ていうかこの方法を知らないのか……。
みんな知ってるものだと思っていたが……
「よし、じゃあこれで濡れたバスタオルで拭けばいい」
「じゃあ私とってきます!」
「待て待て待て待て、お前はいい。またひっくり返るから」
「え~………」
水が入ったバケツをひっくり返されてたまるか。
仕事がさらに増える。
「パミ……、パミミ~………」
「おぉブ―イ、バケツとタオル取ってきてくれたのか~」
「うわ~頭がいい子ですねぇ」
さっきエリーが取りに行った所を覚えていたのだろう。
その小さな手を使って、ヨタヨタと重そうに飛びながらバケツとタオルを持ってきてくれた。
なかなか忠実な召喚獣だ。やはり数百年間一緒にいたからだな。
「それでこの石鹸を拭きとって………、これで残りはほっとけばいい」
「おぉ~、綺麗になりましたねェ」
「エリーもメイドならこれくらい覚えておけよ?」
「分っかりました!」
元気はいいんだが、いかんせん不安だ。
でも長くここに努めてるらしいし、頑張ってくれると思うけど……。
まぁ言われた仕事は終わったし、一段落は着いたな。
何か仕事があるまでブラブラしてていいと言われたけど、下手したら迷いそうなくらいデカイし………。
「エリー、何かやることないか?」
「う~ん…………。掃除も洗濯も終わってますしぃ、夕食の準備はまだ早いですし………。まぁそこら辺で寝てていいですよぉ~」
「寝る……、とかじゃないだろ普通………」
なんか感覚がずれてるな……。人間はみんなこうなのか?
とりあえずブ―イとそこら辺を散歩するかな……。
ビィ―――――――ッ
「あ、チャイム。お客さんですかねぇ~」
「へぇ、あんなお嬢様でも家に来る客とかいるんだな」
「なかなか酷いこと言いますね~。アリス様は結構人望熱いんですよぉ。国王様だってたまにアリス様へ国政の意見を求めにもいらっしゃいますし」
あんな下衆な性格の女の所に、よく国王なんぞが来るな……。
確かにしっかりしてそうな奴だが、もしアリスが大臣にでもなったら恐怖政治の始まりかな。
ビィ――――――――――――――ッ
「あ、忘れてた」
「ちょっと出てきますね~」
「いいよ、俺が出る」
「いいんですか? じゃあお願いします~。あ、セールスなら追っ払っちゃってくださいねぇ」
せ、せーるす?
なんだ『せーるす』って。
追っ払うくらいだから都合の悪い奴なんだろうか。
とりあえず出てみよう。………しっかし無駄にデカイな、この玄関の扉。
………一応執事だから敬語の方がいいのか?
「……はい、どなたでしょう」
「あ、どうもこんにちは! いつもお世話になっていますゥーッ」
「え、は……え?」
玄関を開けるとそこに立っていたのは、スーツにネクタイとビシッとした若い男だった。
言葉に変なイントネーションが見受けられる。
っていうか何者だ? いつもお世話に?
「いつも世話になってるのか? ………じゃなくて、世話になってるのですか?」
「えぇえぇえぇ、それはもうお宅のおかげでウチが成り立っているようなものです、えぇ」
「はあ……、それはどうも…………」
なんだコイツ……?
アリスがなにかこの男に援助しているのか?
だとしたら知り合い……?
「それでですね、今日はいつもお世話になっているお礼に、わが社から有益なお話を持って参りました」
「ほぉ、話し……ねぇ」
「えぇえぇえぇ。これでして…………、よっと」
男は横に置いてあったデカいカバンからなにやら妙なボトルを取り出した。
透明なボトルで、中には無色の液体が入っている。
「これはですね、『神龍水』というものでして。あの過酷な魔王城周辺でしか取れない超貴重な天然水なんですよ」
「魔王城の近く!?」
あの場所までこんな人間が行くことができるのか!?
「えぇ。この水はすごい効力を持ってまして……、なんと飲み続けることで『癌は予防、死滅』できるし、『運気も上がる』。さらには体中から力が漲るという魔法みたいな水なんですよ!!」
「なんだと!? あそこの水にそんな効能が……」
「えぇえぇえぇえぇえぇ。わが社ではですね、この『神龍水』を普段お世話になっているお客様にだけ格安で販売しておりまして………」
「格安……!」
この『神龍水』とやらを飲めば魔力が戻るかもしれない。
これは買いだな。
「いくらだ?」
「えー、ボトル一本で千五百ギル。今なら十本同時購入で一万ギルに値引きさせていただいています、えぇ」
「じゃあ十本買おう」
「ありがとうございます!」
必要以上にペコペコと頭を下げる男。
フッフッフ…………。
これでアリスにも一泡吹かすことができる。
見てろよぉ、クソッタレ勇者……。
「そういえばこの水は魔王城周辺と言っていたが、具体的にどこら辺だ?」
「え!? えーとあのそのぉ…………ほら、あのバカデカい沼からですよあの綺麗な沼」
「……………なに?」
バカデカい綺麗な沼ぁ?
それは毒沼だぞ。
あの沼は魔王城最高知能を結集した機械でもろ過は不可能だった。
それをどうやって………。
もしやこの男……。
「あれ、どうされました?」
「貴様ァ、この魔王である私を騙そうとはいい度胸だ………」
「ま、まおう? ……いえいえいえ、騙そうなんてそんな滅相もない! これは正真正銘………………」
「だまれ! 貴様のした所業は誇り高き魔族への冒涜に変わりない! …………さては貴様が『せーるす』だなァ?」
この男、死にたいようだ……。
魔王を騙して金を巻き上げようなど言語道断。
死罪だ。
「『ラウム・エクスプロズィオン』!」
「お客様、なにヲシ……………」
男の胸にぽっかりと黒い穴が開いた。
その小さな穴に、男は便所を流されたように引きずり込まれていき、消えて無くなった。
後に残されたのは『神龍水』とやらのインチキ水とバックだけ。
今使ったのは転送魔法だ。
あの男はどこか別の空間へ飛ばしてやった。
適当に飛ばしたから分からないが、多分ブ―イオ・ドラゴーネの故郷である『ドラゴンラウム』だろう。
さて、せーるすとやらも追っ払ったし、戻るとす………。
「このアホ!」
「あ痛ァッ!?」
振り向くと、鬼のような形相のアリスが立っていた。
なにすんだこのクソ勇者! 頭にその大剣をブチ込むんじゃないッ。脳みそが掻き回されちまう。
いつの間にいやがったんだこの野郎。
「どうしたんだよお嬢様、俺はただこの魔王を騙したせーるすを追っ払っただけだ」
「この空間から追っ払うんじゃあない! 早く戻せ!」
「えー、あの野郎を……?」
「い・い・か・ら・は・や・く・も・ど・せ!」
「はいはいはいはいはい!」
分かったからそのナイフを首に刺し込むのを止めてくれ。頸動脈がプツンといくじゃあないか。
しかたがなく、もう一回『ラウム・エクスプロズィオン』を発動させる。
そして目の前にさっきと同じ黒い時空の穴が現れた。
「……あれ、どこ行った? 見当たらんぞ」
「もしあのセールスマンが死んでいたらお前を細切れにして豚の餌にしてやる」
「それ再生に時間かかるからやめて!」
しかも消化されたら部分的に体が無くなっちゃう!
こりゃ急いで探さなきゃいかん。
焔国でもない、雷谷でもない、闇空でもない、渋谷でもない…………。
「あ、いた!」
すぐさま男を引っ張り出し、この空間に戻した。
男の顔は生気を失い、青ざめている。
やはり、あの空間は恐怖しか感じないだろう………。
「なにやらかなり衰弱してるようだが、どこの空間に飛んだんだ?」
「『ホモセクスエラー・ラウム』だ……」
「なんだ? そこは」
「ホモしかいない空間だ」
「気色の悪い空間もあるんだな………」
※※※
とりあえずあのせーるすの男はアリスが病院まで連れて行った。
今更ながらに気付いたが、この屋敷は町から少し離れた丘に建っている。
見晴らしも良く、空気も綺麗だ。
アリス、なかなかいいところに建てたな。
「……屋敷に戻るか」
「パミ―」
屋敷に戻り、エントランスへ戻ると一人の少女がいた。
背は百三十センチくらい、金髪で胸にぬいぐるみを抱えている。この屋敷には金髪しかいないのか?
そしてこの子の目元。アイツに似ている。
「……お嬢ちゃん、どうしたの?」
「おじちゃん、だれ?」
「お、おじちゃん……………」
俺、そんな老けて見えるのか?
まだたった数百年しか生きていないぞ。寿命の半分にもなっていない。
人間から見たらおかしいだろうがな。
「お兄さんはね、この屋敷の新しい執事だよ」
「ひつ……じ………?」
「執事。この屋敷のお手伝いさんだよ」
不本意ながらな。
「えー、でももうナタリーのおうちにはエリーがいるよ?」
「そのエリーの同僚なんだよ。同僚って分かるかな………?」
「わかんない!」
「そうか分かんないかー」
なんだこの子。可愛すぎる。
とてもあの性悪勇者の娘とは思えん。
このまま真っ直ぐ生きていってください。
「まぁとりあえず、俺はフリード。今日からよろしく。それでこの後ろにいる黒いのはブ―イだ」
「パミ―ッ」
「うん、よろしくおねがいします!」
「よく言えたねぇ、ほら、アメあげる」
「やったー。……あ、そうだ。ママがいないの、どこにいるの?」
「あぁ、お嬢様なら町に行ってるよ。もうすぐ帰ってくると思うけど」
「ふぅん……」
なんというか……、この子、ナタリーはアリスにあまり似ていないな。
あの荒々しい雰囲気とかもない。
どっちかというとポワポワして、のんびりした子だ。
とてもあの武神の子供とは思えない。
「じゃあ、フリードあそぼうよ!」
「お、俺ェ? エリーと遊べよ」
「エリーどこにいるかわかんないもん。おうちひろいから」
「まぁ確かにクソ広いからなァ……」
「だからあそぼ!」
「う~ん、まぁいいか」
「パミ―」
魔王もたまには休息は必要だろう。
こんなこともたまにはあっていいか……。
「さぁ、…………なにして遊ぼうか?」
※※※
外はもう暗くなり、一同はダイニングルームで集まっていた。
夕食は魚のムニエルと季節の野菜のサラダ。それと若鶏のグリル香草添えだ。
これらはすべて俺が作った。
「わ、これ美味しいです~!」
「パミー」
「ふむ、悪くないな……」
「フリードおじちゃんすごーい!」
「フリードお兄さん、な」
料理は元々魔王城があった時もしていたし、ボロ屋に住むようになってからは結構凝るようにもなった。
だから料理は得意分野の一つだ。
ちなみに毒などは仕込んでいない。
「っていうか、使用人も一緒に食事を摂るのだな」
「あぁ。それが我が屋敷のルールだ。どんな悪人だろうと食事は共にした方がいいに決まってる」
その悪人って俺のことだな。
「ナタリー、今日は何をしていたんだ?」
「えーとねー。フリードおじ……、フリードとあそんだの!」
「へぇ~、もうそんなにフリードさんと仲良くなったんですかぁ。ナタリーちゃん、何して遊んだの?」
「おしっこ!」
ブウウウゥゥゥゥ―――――――――ッ
アリスの口からワインが噴水のように噴き出した。
前の席に佇んでいたブ―イが直撃を受け、混乱している。
ブ―イを拭こうとした時、アリスに胸倉を掴まれた。
「貴様ナタリーと何をしてたんだ。早く答えなければ殺すぞいや答えても殺す何を言っても殺す」
「待て待て待て待て待て待て待て待て! ナタリーが言った『おしっこ』ってのは『押し合いっこ』ってことだってイタタタタタタタッ!」
「ほんとうだよママ! フリードとおしてあそんだの!」
「…………ならいい」
そう言うとやっとアリスは手を離した。ただ俺の脳天に刺さったナイフはそのままだ。いつの間に刺した?
ったく……、早とちりもいいところだ。
でもまぁ紛らわしいな。
※※※
夕食も食べ終わり、エリーと食器を洗う。
夜もだんだん更けてきて午後八時を回った頃だ。
「いや~、どうでしたぁ? フリードさん。初めての一日は」
「……いろいろ大変だということが分かったな」
パリンッ
「でもやっていけば楽しいと思いますよ~。フリードさん物知りなので是非長く続けてほしいです!」
「まぁ俺の場合続けるしかないんだよなぁ」
パリンッ ピシッ
「なにか事情があるんですか~?」
「事情っていうか……、簡単に言うと俺の家を壊されて、ボロ屋で住んでたところをお嬢様に拾われた、みたいな」
パリンッ
「なかなか大変な人生を過ごしてたんですねェ~。でも大丈夫です! ここにいればそんな悲しいことは起きませんから!」
ガッシャ―ンッ
「……………もう皿洗いは俺に任せて掃除にでも行ってきていいよ」
「え、いいんですかぁ~。じゃ、行ってきますねぇ」
そういうとホウキを手に取りそそくさと厨房から出ていった。
あのドジっ子、何枚皿割る気だよ……。
ドジっ子にもほどがあるだろ……。
アリスが俺を雇った理由が分かるような気がする。
「っよし、これでいい」
エリーが割った数十枚の皿も片づけたし、洗った皿も仕舞った。
これで厨房の仕事は無くなったな。
厨房の電気を消し、二階へ上がる。
俺はどこで寝ればいいのか分からないからだ。
屋敷の案内はされたが、俺の寝床を聞いていなかった。
もう今日はクタクタで、早く寝てしまいたい。
「お、いたいた」
廊下のつきあたりを曲がっていくアリスが見えた。
後を追うと、途中の扉を開けて中へ入っていく。
確かあそこは、ナタリーの部屋だ。
「そういえば、お嬢様は食事中もナタリーに厳しかったな……」
食器で音を立てれば注意し、作法も厳しく教えていた。
あんなに厳しかったら将来グレてしまうぞ。
今度は何をしてるんだ? 勉強でも教えてるのか?
音を立てないように扉の前に立ち、少しナタリーの部屋の扉を開け、中を覗いた。
「ごめんねェェェ! ナタリーちゃ~~~んっ!」
目玉が飛んだ。
いや、比喩ではなくマジで驚きすぎて飛んだ。
飛び出た目玉を戻し、もう一回よく覗く。
「あの二人の前だから恐い顔しちゃってごめんね~~~っ!」
「だいじょうぶですよママ。ナタリーはきにしてませんっ」
「偉いねぇ~~、ナタリーは自慢の娘よ~~」
え、誰? あれ。
なんかアリスにそっくりな人がナタリーにベタベタなんだけど。
え? あれアリス? え? え?
ナタリーの方がしっかりしてないか……?
「そうだナタリー、フリードはちゃんとしてた?」
「うんっ、フリードとあそぶのすごいたのしかった!」
「じゃあ今度はママと二人で遊ぼうね!」
「はいっ」
ベッドの上でアリスがナタリーの頭をわしわしと思い切り撫でている。
あれがアリスの本当の姿か……。
なんというか、不気味だ。
「ママ……、ちょっとくるしいです……」
「ママね、これからちょっと忙しくなっちゃうからあまり構ってあげられないかもしれないの。だからギュ―ッとさせて」
「うんっ、おしごとがんばってくださいママ!」
「可愛い~~~ねぇぇ~~~~~~~~~~ッ」
どうしよう、俺この光景がインパクト強すぎて眠気が吹っ飛んだ。
このことは胸に秘めておくべきか……どうするべきか。
だが、ここで俺は一つのミスを犯した。
あまりの動揺を隠せず、体勢を崩してしまった。
その拍子に扉を押してしまい、ギィッと音を立てた。
しまった………。
「貴様………ここで、なにをしている……………」
「ッ!!!」
屈んだ状態から、ゆっくりと上を見上げる。
そこには鬼がいた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
※※※
「う、むむ………」
起きるとそこは最初にこの屋敷で目が覚めたあのベッドの上だった。
なぜか全身が強烈に痛い。
確か……、なにか凄まじいものを見た気がするが……思い出せない。
「まぁいいか……」
外はまだ真っ暗だ。時計を見てみると二時過ぎ。真夜中だ。
窓からは外で満面に広がる星空が広がっていた。