――今は昔の物語
空に鎮座する地球が正円を作りし晩、その子は天帝の息子として産まれた。
天帝は長子であるその子に華具夜(かぐや)と名付け、誕生を祝して盛大な宴を開いた。宴は三日三晩に渡って行われ、華具夜の誕生は天界に住まうあらゆる者から祝福された。
その後、華具夜は産後の肥立ちの悪かった母親と死に別れる事となるものの、大病に見舞われる事なく育つ。美麗を誇る天人たちの中にあってなお抜きん出た容姿を持つ父と母の血を継いだ彼は、十二になる頃には誰もが目を見張る明晰な頭脳と、宮廷中の女達が色めき立つほどの美貌を兼ね備えるようになっていた。
当然、そんな彼の元には数多の女たちからの歌や貢ぎ物が集まる。しかし彼の心がそのどれかに動かされることはなかった。
何故ならば、彼は幼くして既に強い恋心を抱いていたからだ。
だが、それは人には言えぬ道ならぬ恋であった。
華具夜が恋した相手。それは自分よりも美しく、そして天界でもっとも優れた存在――父親である天帝その人であった。
幼いながらも聡明な華具夜は、自らの恋心を自覚しながらも、それを人前で表す事はなかった。しかし時折、人の目を盗んでは執務室に入り込み、父親の姿を観察することがあった。
一度、隠れていたところを父親に見つけられ、諫められた華具夜であったが、その後、頭に手を乗せられ優しく撫でてもらった。
そのことに彼の胸の鼓動は他の者に聞こえてしまうのではないかと、心配になるほど大きくなった。
ただ、天帝の自分を見つめる瞳が別の者を見ているようで、わずかな寂しさも覚えた。
華具夜の想いはとても熱く、彼は幾度となく眠れぬ夜を過ごした。
時々露に湿る枕を、お付きの者は不思議に思い尋ねるものの、華具夜は怖い夢を見たと誤魔化し、その想いを決して溢さずにいた。そして生涯その心中を明かす事なく死んでいく覚悟をしていた。
華具夜はこのままいけば、いずれ自らの恋心に焼かれ、狂い死ぬのではないだろうかと思った。
いや、死ぬのも狂うのも構わなかった。
自らが道ならぬ恋をしていることが発覚し、天帝の名に傷を付けるよりは遥かにマシなことだ。
それでも願わずにはいられない。
自らの美しくももの悲しげな父に自分から触れ、その心を癒やしてあげたいと。
ミラクリエ トップ作品閲覧・電子出版・販売・会員メニュー