◆協会とギルド
――魔導士協会とギルド。
その二つは、あまりにも有名な名称であった。
魔導士協会はその名のとおり、魔導士たちによって創られた魔導士独自の組織である。
素質と能力、そして資金さえあれば誰でも入れる、魔導士たちの憧れとも言われている集団である。魔法の実験・研究はもちろん、魔法絡みの事件があれば協会に依頼が舞い込むこともある。
一方ギルドとは、魔導士に限らず剣術士や武闘家など、とにかく腕っ節に自信のある者たちが集まった組織のことを指す。
依頼があれば報酬や貴賎の差など関係なく、なんでも引き受ける集団というのが世間でのイメージだ。報酬に関しては依頼の難易度により異なるのだが、依頼を引き受ける者の裁量で上下することもままある。
どちらの組織も個人や団体、国からも依頼を受け付けてはいるが、あくまでも民間の組織であって、国には属していない。
――その二つの組織が、この店の経営?
――しかも、“国立”?
知らず眉間に皺を寄せて考え込んでいたマサアに微笑みながら、
「この砂漠は昔から魔物が溜まる一方でして。旅に危険はつきものだけれど、それにしても尋常ではないほどに集まってきていたんです」
そう説明を付け足していくセイ。彼の腰かけている椅子がきぃ、と小さく鳴った。
「そこでこの国の王様が旅人と商人の身の安全を守るために、この“号屋”を作ったんですよ。それ故に“国立”なんです」
傍に立つハルセの顔をちらりと見上げ、
「そしてここで働くスタッフは、国からの依頼を受けたギルドと協会の面々が請け負っているんです。ぼくとハルセくんもそれぞれから派遣されてきたんですよ」
そう言われてあたりを見回すと、たしかに、そこかしこにローブを着込んだ者やサーベルサーペントの鞣革鎧を着ている、“店員”とは思えない者たちの姿がちらほら見える。
その中にあっても当然というべきか、ハルセの他にはスーツを着ている者はいない。
「納得していただけましたか?」
「……はぁ」
気力だけで答えるタヤクに、セイは満足げに微笑む。そうしてローブの裾を裁きながらゆっくりと立ち上がり、樫の杖でかつんと床を突いた。
六人に向ける笑顔は先ほどまでと変わらず柔和で、「さて」と改めて口火を切った。
「あなた方は砂船をお求めだからこそ、当店へいらしたんですよね?」
「それ以外の用事でこんなとこに来ないわよ」
「こんなところ……うーん、紅いお嬢さんにはなぜか嫌われたみたいですね」
ふにゃりと眉を八の字にし情けない声を出したセイだったが、ハルセが何か言いたそうに彼の顔を覗き込んだのに軽く頷いて先を続けた。
「お客様は、どのくらいの船をご所望でしょうか?」
「どのくらい……?」
これには今まで黙っていたケイヤが応じた。首を傾げたマサアを後ろに下げ、真っ直ぐにセイと向き合う。
「とりあえず砂漠を抜けるまで。越えた先に返却所があると聞いたからレンタルでいい」
「かしこまりました」
「乗るのはここにいる六人だ。できれば、少し大きめのものがいい。料金がいくらか高くなる分には問題ない」
「料金はご心配なく。“国立・国営”の砂船屋ですから」
それも不思議な話だとマサアは再び思う。
砂船屋を立ち上げたのは国だと言うが、実際に勤務しているのは魔導士協会とギルド、民間の組織に所属する人間なのに“国立”というのだ。
――運営は国が手を出してるってことなんかな?
マサアが一人悩んでいる間にもケイヤは細々と条件を付き出していくが、セイは眉一つ動かさず「はい、はい」と微笑んだまま相槌を返していた。
その横では相変わらずハルセがぼーっと突っ立ったままで、営業前で慌ただしい店の中にそぐわないことこの上ない。
ひとしきり話を聞いた後、「ハルセくん」とセイが言えば、彼は懐から紙束を取り出してセイへと手渡す。それをパラパラと捲りながら呟いた言葉に声を上げたのはミナミだった。
「最小船で三千ペリア、最大船で五十万ペリアになりますね」
「五十万っ?!」
金貨一枚が一万ペリアだ。この世界では農業で生計を立てる者が多く、その収入は一月おおよそ十万ペリア程度である。五十万ペリアなど、普通に働いている者にはなかなか出せない金額であった。
驚いて口をあんぐりと開けたままのミナミを安心させるように、セイはにっこりと微笑んでみせる。
「最大船は商人など、特定の方しかご利用になりません。お客様のご要望に適う船でしたら、もう少しお手頃のものがございます」
「ほ、ほんと?」
よかったぁ、と安堵のため息を漏らすミナミの傍らで、その様子を見ていたタヤクが苦笑する。
「実際に見ていただいたほうが早いですから、ハルセくん、奥のドックへご案内してください」
「……ん。分かった。こっちに来い」
こくりと頷いたハルセは、言うだけ言ってすぐにマサアたちに背を向けて歩き出してしまう。前半はセイへ、後半はマサアたちに投げた言葉だったのだが、その言葉はあまりにも素気なく、愛想の欠片もなかった。
「客に“こっちに来い”っていうかフツー?」
「さてな」
ミカノが漏らした言葉に適当に応えて、ケイヤはハルセの背を追って歩き出す。そのあとにキーナ、ミカノ、タヤクと続き、マサアはミナミの後について案内されるがままに店の奥へと向かった。