おもい

 話し合い、とは言ってもほとんど一方的なものに終始した。

 ドラゴンは元々、少し目を離した隙にいなくなった好奇心旺盛な息子を探しに来ただけだった。
 ドラゴンが暴れているだのの噂はあくまで噂であり、ただ幼子の行方を知らないか尋ねようとしただけで、人間たちは巨大なドラゴンを恐れ逃げ惑った。そして数日のうちに噂も大きくなっていったのだ。
 先ほど炎を吐いたのだって、そんな理不尽が続き、さらに討伐隊までもしゃしゃり出てきたうえにいきなり攻撃してきたからだ。いくらドラゴンが温厚だとしても堪忍袋の緒も切れる。そこで怒りを炎に変え、反撃に転じたのだ。
 だがそれも終わり。息子が今さっきここに連れて来られた。もう争う理由などない。

 ドラゴンの言い分は至極真っ当なもので、討伐隊はうな垂れた。言い訳も反論の余地もない。

「すまなかった」

 そうあっさりと謝罪を述べ、引き上げる準備にかかった。
 物理的な力もさる事ながら、内面的な人格もドラゴンの方が何倍もうえ。おそらくは知識もだろう。そんな相手とやり合っても得はなく、むしろ相手から引いてくれるのならば有難いくらいである。

「そこの人よ。さあ一緒に帰ろうではないか」

 そそくさと準備を終え、横たわるコレットに声を掛ける。だが、返事をしたのはドラゴンだった。

「その青年には話しが有ります。あなた方は早々に退散なさい」
「え……」
「なんと! しかし!」

 正直、ここで名残惜しくなるのは辛い。それでも凛とした声と、パピーのキラキラとした瞳に心が動いた。
 身体を起こし、向き直る。

「大丈夫ですよ。パピーの親だ。心配しないで下さい」
「そ、そうか……」

 はっきりと確信を持った声音にそれ以上何を言うでもなく、討伐隊は町へと戻っていく。
 すぐに後ろ姿も見えなくなった。

 ドラゴンはコレットをまっすぐと見据え話し出す。

「あなたがこの子を守ってくれていたのですね。礼を言います」
「いえ……」
「それに何だかこの子、逞しくなったよう」
「ええ、俺を助けてくれました」
「そうでしたか」

 ドラゴンは微笑む。

「さらには名前まで付けてくれたのですね」
「わん!」
「あ、それは……!」

 パピーを見つけた時、ドラゴンは何やら言っていた。元からの名前があるだろうに、他の名で呼んでいた事にバツの悪さを感じる。

「良いのです。私たちは名付けなどしません。ただオトナかコドモかの区別だけ。ですが、名前があるとこの子がさらに特別で素晴らしくなるような気がします。そうですね、パピー」
「わん!」
「!」

 胸が。もうパピーの体温も重さも感じられない胸が、じわり熱くなった気がした。
 パピーがこれから先もパピーなのだ。コレットが共ににいられなくとも、それは確かな繋がりであり、絆に思えた。

「パピー……」

 その名を呼び、手を伸ばしてしまう。
 この数日、常に互いが互いを想いながら居た。それは相棒の様でいて、親子の様でもあった。
 恋人へ向けるものとは違う次元で、愛しかったのだ。パピーの為ならば、命さえも惜しくない程に。

 伸ばされた手に応えようと、パピーはドラゴンの腕から離れようとした。
 それを見て、ハッとした。心ならずも自分が手を伸ばしていた事にようやく気付き、引っ込めた。
 するとパピーもその場で止まり、首を傾げる。

「パピー、もうお別れだよ。楽しかった」

 言って立ち上がる。心が引き千切れそうなのだ。離れ難い一方で、一刻も早く何処かへ行きたくもあった。
 この大きなドラゴンもパピーと離れていた間はこんな気持ちだったのだろうと想像すると、尚更だ。この感情の行き場が見付からない。

「……。本当にありがとうございました」

 コレットの様子に何やら言いたげな含みを持たせながらも、ドラゴンはそうとだけ言った。
 精一杯の笑顔を作り、コレットも頭を下げる。
 背を向け、歩き出す。

「わん! わん! わん!」

 後ろでパピーの声が響く。
 苦手だった犬の鳴き声も、パピーのものなら煩わしくない。
 色々な思い出が頭をよぎっていた。

「わん! わん! わん!」

 振り返っていつもの様に笑顔を浮かべ、手の一つでも振ってやれば良いのかも知れない。けれどそれは出来はしない。

「わん! わん! わん! わぉーん!」

 拳をぐっと握る。いつまでも止まない、叫びに似た鳴き声に、たまらず走り出そうとした時だ。

「わぉ……。ぉ……おとうさん……!」
「まあ! まあまあ!」
「え……。え!?」

 聞きなれた声は鳴き声と違う。
 声の主を確かめる為、思わずグリンと後ろを振り返る。その顔は涙でくしゃくしゃになっていたが、それどころではない。

「! ぉとさん、おとうさん!!」

 初めて見るコレットの泣き顔に、パピーは慌ててドラゴンの腕からすり抜けた。
 短い足で跳ねる様に走りながらコレットへと向かう。

 高鳴る鼓動。
 別れの辛さよりも、ただ自分を呼ぶパピーを抱き締めたかった。両手を広げると大きく踏み込み羽をばたつかせ、定位置と言わんばかりに懐に飛び込んでくる。

「パピー!」
「おとうさん!!」

 姿は全く異なるのに、傍目から見れば父子の抱擁に違いない。

「あらあら。おかあさんと言うより早く、おとうさんだなんて」

 そこに嫉妬の色はなく、ただ面白そうにドラゴンは言う。表情は慈愛に満ちていた。コレットはその姿に敵わないと思いながらも、抱きしめ続ける。
 微笑ましく思いつつも、ドラゴンは一つ声のトーンを落とした。

「その子の父親はもう居ないのです。パピーがおとうさんと呼べるのは、あなただけ」
「えっ……?!」
「あなたとパピーが望むならば、また会えるでしょう。無理をして離れる事も忘れる必要もありません」

 コレットは渦中にありながら、忘れかけていた。

「良いんですか?」
「もちろんです。本当の父親になれるかはわかりませんが」
「本当か偽物かなんてどちらでも。俺はもう、パピーのおとうさん、ですから」
「わん!」

 たとえ重ならないと思っていても。届かないはずの位置にあっても。諦めさえしなければ、少し勇気を出せるなら、未来はいくらでも変わっていく。
 変えようと踏み出した、その瞬間に。

創
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