† 十四の罪――咎人たちの慟哭(弐)
噛み締めた双唇より、深紅の血が流れてゆく。
(多聞さんが与えてくれた生きる道。信雄が助けてくれたこの命で、ぼくも多くの人々を助けるって決めたのに――――)
無力な己に押しつぶされるようにして、項垂れる彼女。
そのとき――――
「……決めた、の……に……ッ!?」
手応えに違和感が生じ、我に返る。
「なーに泣いてんですか、ガラでもない」
「人を助けることに理由はいらないって、隊長よく言ってただろ。ほら、いつもみたいにみんなで力を合わせて思いっきりやんぞ」
聞き慣れた声に驚き、桜花は左右を見回して目を瞠った。
見覚えのある人影が一つ、二つ、三つ――――
「……解散って言ったのに……きみたちは、どこまでもバカだね…………」
彼女は呆れたように、苦笑する。
「そりゃそうですよ! 好きでずっとおバカな隊長についてきてたバカですもん」
「今まで、なんて水くさいこと言わないでくださいよ。あの笑顔でありがとうって一回きりじゃもったいないじゃないですかー。これからも、いっぱい聞かせてもらいますからね」
「野暮でいいじゃないですか! 隊長が野暮じゃなかったことが今までありましたか!」
禍々しい紅蓮の世界に響き渡るのは、希望で満ちあふれた仲間たちの歓呼。
「……そんな隊長に着いてきたんです。ずっと――野暮だって分かった上で、そういう隊長が好きで私たちはついてきてんですよ」
鈍い音を伴い、瓦礫が身じろいだ。
「さあ隊長、あなたの大義を全うしてください!」
桜花に集まる一同の目。彼女は力強く首肯する。
「よし、みんな。持ち上げるよー!」
先ほどの出血が再開したが、気にも留めない。
「ぉおお……まだまだーッ!」
四人の気迫は極限まで高まってはいるものの、敵の重さはそれを上回っていた。
(これでも足りない……もっと力が――――)
腕にかかる重圧と共にのしかかる、現実の厳しさ。
(桜花――吾輩を使え)
絶望に苛まれていた心に、ベルゼブブが呼びかけてくる。
(でも…………)
「言いわけなんて後でいくらでもすればよい。やらない言いわけをさがしとるひまがあったら、やれる限りをつくさぬか。なにを聞いておったんじゃ! ここにおる者どもは、そういうそちだからこそついてきたんじゃぞ。わ、吾輩もな……!」
桜花の面持ちに、光が差した。
「そんなに言うなら見せてもらおうか! たのんだよ、相棒!」
翡翠色の輝きを放ち、空中にベルゼブブが姿を現す。
「――ッ、なんだァ!?」
唖然とする一同に構うことなく、彼女は魔力を奔出させた。
「吾輩にかかればもろいものよ!」
瞬く間に、瓦礫の山はちり芥と分解される。
「隊長、やはり悪魔を――」
「て、天使さま……だ…………」
血に濁った眼(まなこ)で見上げ、男が呟いた。
「ええ。ぼくにとっては天使です」
手を差し伸べて、少女も微笑みかける。
「パパ……!」
担ぎ出された彼へと駆け寄り、歓喜と安堵の表情で見入る娘。
煤だらけの顔で二人を見守る桜花に、隊員たちが一斉に敬礼した。
「隊がなくなっても、我々は隊長の部下です!」
彼女は僅かに照れ笑いを見せると、一変して凛とした面構えで高らかに発する。
「隊長命令。これより本隊は、この親子を火災の範囲外へと全力で誘導する! 妖屠よりも妖屠らしく、全力でね」
異を唱える者など、今やいなかった。
彼らは走る。燃え盛る街を、希望へ向かって――――
「どう思う? 怪魔を遠くから操れる能力……あの規模と正確さから考えて、象山(かれ)は――」
「おそらく人間ではなかろう。それも、てごわいぞ」
桜花の言葉に、ベルゼブブが顔をしかめる。
「…………」
息を呑み、隊長の様子を窺う部下たち。
「アダマース日本支部三条班――いや、チーム多聞丸は、これより組織を悪用し、日本国民を脅かす象山紀章を全力で鎮圧する!」
毅然として腕を振り上げて、桜花が宣言すると、彼らもまた、拳を掲げて重ね合わせた。