† 十五の罪――見えない星(参)
呼吸が苦しい。心臓が、肺が、息もつかせぬ攻防に、悲鳴を上げている。立っているだけでも精一杯だったが、多聞さんの猛攻に、止まることすら許されない。
ドクン――と、乱れた脈とは異なる鼓動が込み上げる。肉体が追い詰められるに従って、心は彼の力に縋ろうとする一方だ。
しかし、ここでルシファーを使うわけにはいかない。
何より――――
(この人は、自分の力で超えたいんだ……!)
今一度、得物の感触を確かめる。
(こっちの手は知り尽くされてる……百回やれば百回あっちが勝つ。千回やっても千回あっちが勝つかもしれない。でも、一万回――一万回なら、万に一つは勝機があるはずだ。この一戦で、その奇跡を掴んでやる――――)
ガードごとはね飛ばされた俺を、射抜くように見据える、色のない瞳。
「短期間にかなり強くはなったけど、ここまでで限界なようだね」
「……まだ剣は折れちゃいねーよ。剣があれば戦える。たとえ折れようと、手持ち無沙汰になった両の拳で殴りゃいい。腕もやられたら蹴りをくれてやる。足もダメなら噛みつくさ。どんな苦境であれ、策と根気の限り食い下がれ。そう教え込んだのは他でもねー、あんただ。その弟子である俺は――俺の心は、誰にも折れない……!」
鉛のような目つきで彼は、静かに沈黙を破った。
「ならば――その剣ごと、叩き折ってみせよう」
暴風を奔らせ、解き放たれる膨大な魔力。
「最終形態“覚醒(サスキタティオ)”――放射(ラディウス)!」
その肢体より伸び出でる杭が鞭さながらにしなり、一斉に迫ってきた。
† † † † † † †
「ああッ、あれは……!?」
駆けつけた現場の衝撃に、彼らは動揺を隠せない。
「……多聞……さん――――」
桜花が見つめる先には、狂ったように全身を変形させて襲いかかる異様な黒影と、狂ったようにそれを迎え撃つ信雄。
「ええッ!? まさかあれが…………」
「あのほとばしう闘気はたもんまるじゃ。が――おそらく、すでに死んでおる。魂だけはあの器に残っておるようじゃが」
ベルゼブブが小さな顔をしかめて説明する。
「なんてことだ……すぐに止めないと!」
力任せに暴れているようでいて、その狙いは正確だった。人ならざる者となってなお、生前の技術が端々に見受けられる。
「……無理だよ――――」
桜花が見守る中、眼前を塗り潰すその嵐に、少年は抗し続けていた。
「あの二人の戦いは、だれも邪魔できない…………」
あの二人だからこそ、互いに譲れない道。
「わかるよ。ぼくは、あの人に拾われたから」
あの二人だからこそ、避けられない結末。
「……確かにあんたは強いよ。さすがは人をやめただけある力だ。でも中身までは急に強くなるもんじゃない、そう教えてくれたのはあんただろ。強さの源である心を失ったあんたより、今の精神は俺が上だ!」
今なお屈することのない信雄に、彼の師は目力をさらに険しくした。
「では、試してみようか――――」
多聞と一体化していた武装が溶けるように消えてゆく。
「いつの時代も、言ってわからない子には、痛みで教え込むしかないようだ」
そう呟くと、彼は長剣をゆっくりと抜いた。
鞘を捨て、中段に構えた佇まいは、在りし日の喜多村多聞と相違ない。
「ぐ……ぅッ!」
あまりの迅速な踏み込みに往なしきれず、吹き飛ばされる信雄。言葉を発する暇(いとま)もなくなった今、彼らの代弁をするのは剣戟と火花だけだった。
「まだだ!」
なおも果敢に挑むも、間合いも速さも多聞が支配している。
まさに、完封。少年の勢いは衰える一方だが、いまだ一発の有効打も与えられていない。焦りからか、その剣技は粗くなり、完成された戦士である多聞には通用するわけもなく――――
「うぉおおおおおァああ……ッ!」
ひときわ大振りに撃ち込む信雄。
すれ違いざまに、甲高い金属音が響き渡った。
「これが現実。君が埋めきれずに終わった、僕との差だよ」
倒れ込んだ彼の横に転がる静物に、誰もが目を疑う。
「そんな――デスペルタルが、折れ……た……?」