† 十七の罪――ともだち(肆)
「……アダマースの地下で見たのを発展させた感じだけど……不思議なのは、こんなに力入れて準備してたのに、なんで最初わざわざ東の果てに陣どったのかな」
眉を傾け、考え込む三条。
「意外とロマンチストで記念にタワー登りたかったっつー訳でもなさそうだしなあ。やっぱ各国への対応で電波を押さえたかったのか……国盗り成功させる前提とは自信満々じゃねーか」
そうこう喋っているうちに、行く手が二又になっているのが見えてきて、足を止めた。
「分かれ道か」
「さっきまでずっと先までいっても一本道だったのに…………」
彼女の言う通り、視認できる限り続いていたはずだが、俺たちの前に現れたのは紛れもない分岐点である。
「幻術のたぐいではないな。なんらかの接近に反応して、さそいこむように変化するしくみじゃろう」
「どちらにしろ、どっちか選ばないとね…………」
「たぶん右だわ」
「えッ!?」
二人が同時に振り返った。
「なんでわかるの……?」
「呼んでんだわ。俺を――――」
甘い囁きのように、それは先ほどから俺の頭(なか)を駆け巡っている。
「……象山がきみをおびきだそうとしてるってこと? それって罠じゃないの」
「確かにノリは気持ち悪ぃんだけど、引っかけって感じはしねーんよな……昔こういう見え見えのヒントをわざと出してくるような遊びが好きな人間がいたんだわ。裏をかこうとして、考えすぎた俺はいつも自爆してた――そいつと同じタイプの人種だとしたら、ここは乗ってやるべきかもってさ」
† † † † † † †
無数の悪魔たちは姿を消し、茅原の見物する神殿前は、今や動くものが皆無となっていた。
「雑魚除けの為に揃えただけとはいえ、魔王の前では足止めにもならんかったか」
猛煙が晴れてゆく中、深紅の外套を靡かせて佇む痩身。珍しく乱れた着衣が、死闘の激しさを物語る。
「余としたことが、暫し戯れが過ぎた様だ。なれど――――」
おもむろに歩き出すと、彼は双唇を開いた。銀灰の長髪が流れ、垣間見える双眸は鋭い。
「其れ故に、良き下馴らしと相成った」
射抜くような視線を向けられた茅原は、上機嫌そうに嗤う。
「……いい目じゃんか。今度は全力を引き出させてやるよ」
「ほう。失望させて呉れるなよ、兵(つわもの)」
ルシファーも応じると、十数メートルの距離で歩みを止めた。
声を落とし、彼は続ける。
「……最後に問う」
正対する両雄。静寂を取り戻した戦場を、風が吹き抜けてゆく。
「悪魔は嫌いか?」
茅原は満足気に頷くと、
「ああ――今生の別れだ」
ゆっくりと剣を抜いた。
「……人間を超えてなおも戦いに身を置き、今日まで強さだけを求め続けた――――」
もう一振りも構え、魔王を睥睨する。
「暁の明星と畏怖されし男よ。地獄を制したその力で、この俺を斃せるか」
人の身に在って人をやめた、至高の人間兵器と、超越者に生まれて闇をも統べる君主となった、孤高の魔王。宿命(さだめ)られた一騎討ちが、再び幕を開けた。
地下道は仄暗く、時間の経過も見当がつかない。
「む、う…………」
薄れた魔法陣の傍らに横たわる象山が、低く呻いた。
(魔力を送りすぎたか……登輝は――――)
彼は霞んだ眼で見回す。
「登輝、どこだ?」
朦朧としながらも、這いずり回って呼びかけた。
(おかしい……一体何が――まさか、術の暴走!?)
知恵王ソロモンの指環に賛助されし彼の秘技は、何人にも届かなかった永遠へと至るもの。といっても、その魔道に縋った数年で成し得たのは、半永久的に不完全な状態であり続けさせることが関の山であった。
つまり、その実、対象の時間を逆行させ、封印しているに過ぎない。
(そんな、遡り過ぎて存在が消えたのか…………)
募る疑惑に、彼の瞳は見開かれる。
「登輝ッ!」
友の名は、暗闇に虚しく木霊した。
しかし――――