† 十八の罪――地獄元帥(弌)
「すぁああああッ!」
双剣を振りかざし、ルシファーに肉薄する茅原。
「まだまだー!」
華麗に宙へと舞い上がった標的を、双剣の柄より光槍じみた縄索を射出して彼は追い詰める。
「っらァア……ッ!」
次々と躱す魔王だが、茅原も負けじと器用に得物を取り回し、編み物でもするように自在に投げかけ、退路を封じ尽くした。
「つかまえた」
無邪気な子どものように口角を上げ、一対の愛剣を逆手に握った両手の遥か先、空中に吊るされた痩躯を彼は眺める。翡翠色に輝く網は凄まじい張力で、軋む気配もない。
「どうだ、堕天使対策にわざわざ新機能をつけてもらったんだぜ。いくら飛べるったって、さすがに空間に磔刑(はりつけ)られちゃ身動きできんだろう」
捕縛されたルシファーは、満足気な茅原を黙したまま見下ろしている。
「無駄だよ。デスペルタルと同じく、怪魔の思念体から生成されてるんでね……闇のお仲間をとらえるには持ってこいの相性なのさ。人外を制するには同族――」
彼が言い終わらぬ内に、魔王の右腕に目も眩む猛炎が奔った。
「なっ……ばかな……!?」
舞い落ちる火の粉と、千切れた糸。
「……云ったであろう――其の他凡百なる眷属と等しき理にて余を計るでないと」
そう口にして、左足につながっている残った一本を彼は掴む。
「クフフ……そうこなくっちゃなあ! 綱引きか。腕力も規格外か試してやるよ」
茅原は一方を鞘に戻し、両手で柄を握り直すと、魔力光を発しだした。
しかし、
「然に及ばず」
上空に佇立したままのルシファーは、右手だけで彼を振り回す。
「がは……ッ!」
叩きつけられ、引きずられ、土煙に包まれる茅原。
「……ペッ。生身の人間だったら何回か死んでたな」
立ち上がって鮮血を吐き捨てると、もう片方の剣を再び抜く彼に驚きもせず、平然とルシファーはたぐり寄せた一振りを折りたたむように握り潰した。
「さて、と――力比べの次は術比べといきますかぁ!」
茅原の切先より、電撃が放たれる。
「電(いなずま)で余と競うとは、笑止千万!」
周辺の土や石が吸い上げられ、ルシファーの前に壁を成した。
「戦慄け、迅雷」
今度は彼が十数本の光線を矢継ぎ早に浴びせる。
「……なら――違う技で挑むまで……!」
何発か掠ったのか、服の防護術式に乱れが生じているが、茅原の動きは鈍らない。
「罪には罰を。其の身を捧げ償え」
ルシファーも、惜しみない魔力で迎え撃つ。
「紫炎よ、奔れ――“贖いの闇十字(オブスクリアス・メテオ)”――――」
以前の比ではない火力。
「極大斉射(ペルグランデ)……!」
さらに付け加えた詠唱で、格段に規模と威力を増した十字状の七連弾が彼に迫った。
「…………」
明滅する世界。魔王は依然として、目を離そうとしない。
「ほう。此れを凌ぐ者が現世にいるとはな」
あくまで彼の反応は冷静であったが、それでいて若干の感嘆がこめられている。
「なぜだ? 人間など、とっくにやめたはずなのに――こんなにも、この血がたぎる日が来るとは……!」
満身創痍となってなお、茅原の前進は止まることを知らない。
「尚も其方(そなた)は忘却(わす)れていなかったのであろうよ。人間の心とやらを」
穏やかにルシファーが告げると、その冷淡な瞳に静かな焔が宿った。
「……いざ出でよ、魔剣(カルタグラ)――其処なるは、己が刃の持てる総てを揮うに足る強敵ぞ。今こそ其の真価(ちから)を解き放ち、かの者への手向けとせよ……!」
十代の時分より実業家として頭角を現し、政府でもその頭脳に加え、魔法にかけられたような、との形容が流行ったほどの独特な妙味に魅了される者が後を絶たず、出世を重ねていた若き外交官・緑川真備。
訪欧中、彼は懇意の有力者から、ある秘宝を受け取る。