その情報の正確性だけが今では唯一の生命線だった。
しかしロイトフが釈然としないのは、犯人の足取りが一切掴めない事だ。突発的に発生した事件とは言え、現在では都市全体を包囲する様に厳戒な警備体制が敷かれている。エスが逃亡を謀るなら、
どうあっても交通機関の要衝に突き当たる筈だ。例え人目に付く街区を避けて歩いたとしても、いずれはどこか、街と街との橋渡しで何等かの関門を通過する必要に迫られる。
陸路、空路、海路、地下……。想定出来得る交通手段の中、エスは何を逃走手段に用いたのか? 公園や路地裏に生息していた所謂ホームレス等は、美的景観や社会福祉の名目から前時代に一掃されている。難民にもヘッドギアと就労先が付与された為、現代では道端に棲む人間達も存在しない。犯罪者や難民が密集する様なスラム街が存在しない以上、エスが一定の場所に潜伏し続けている事はまず考えられない。否、潜伏にしろ逃亡にしろ、最早エスには世界のどこにも行く充ては無い筈だ。
(だとすれば、奴の現在の所在は……?)
陸路。奴は一先ず馬車へ無断乗車したとは言え、現在も使用している筈は無い。徒歩ならどうしてもどこかで人目に付くが、バスやタクシー、乗用車の線も有り得ないだろう。
海路。船上で追手と対峙する場合、海上では逃走手段が余りにも限定され過ぎる。
空路。空港へ潜入する? 確かに、前時代では偽造パスポートの使用や整形による成り済ましでの密入国等、潜入方法は幾通りも実在した様だ。不法入国者を介助する為に、仲介者が人間を鞄に詰め込んで税関を通過していた様な前例すら多々見受けられたと言う。検閲の目をあっさりと欺き、隠し通した武器を持ち出して空港や飛行機の内部で犯行を決起したテロリスト達の事例も寡聞では無い。
―エスは何等かの偽装工作を謀って飛行機の内部へ潜入し、それこそ今では海外へでも高飛びしているのか?
否、前時代ならいざ知らず、管理体制が向上した現代で完全な潜入工作等可能なものだろうか? 人間を鞄に詰め込んで荷物に見せ掛けて移送する事も、協力者無くしては不可能な犯行計画だ。
……矢張り明確な選択肢が浮上して来ない。本来防犯体制が磐石である筈の近代都市インダーウェルトセインで、監視網に掛からず犯罪を遂行する事等は……。
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