その追跡者からは、犯人と思わしき僕に対して一言の誰何も無い。声を掛ける事で僕が反射的に逃走するか、反撃して来るかを危惧しての事だろう。そして、僕に投降を勧告する様な説得の必要性を彼等は根本的に有していない、と言う一面もある。
それも至極当然だろう。更正の余地が見受けられる軽犯罪者なら兎も角、僕は既に長期間の懲役どころか死刑すら有り得る身の上だ。そんな重大犯罪者と一先ず平和的に論議しよう、等と言う程に警察が寛大な訳も無い。彼等は既に、武力行使してでも僕を捕獲し様と思い詰めている筈だ。
無意味な行為だと解り切ってはいるものの、僕は眼前に立ち塞ぐ鉄扉を何度も叩き続けた。手先に走る苦痛も介さず、骨へと直に衝撃が響く程鉄扉を殴打し続ける……。
駄目か、もう駄目なのか……。僕は志半ばで、こんな辺鄙な所で捕まってしまうのか……。
諦念に囚われ、冷え切った地面へと力無く頽れそうになる。
……しかし何とか重厚な鉄扉へと寄り掛かり、僕は倒れ切る前に自分を支えた。明瞭な思索が紡げず、恐怖心や絶望感の闇が脳裏を覆い、呼吸迄も塞がれる様だ……。吐き気すら催され呻く中で、僕は懸命に自分へ言い聞かせ、なけなしの勇気を振り絞ろうと必死だった。
―そうだ、どうせ捕まるのなら、やるだけの事はやって散ろうじゃないか……。
不様でも最後迄悪足掻きは通す。そんな気概を遵守しなければ、僕の犯行声明や行為は虚偽のものと堕してしまう。……それだけは許されない! 絶対に!! そんな妥協や諦念こそ、僕が最も唾棄していた大人や社会の姿勢と言うものだったじゃないか!!
捜索隊は武術訓練を施されている上に、各種武器も所持している事だろう。そんな精鋭達を相手取り勝算は無いが……。だが、少なくとも一人か二人は道連れにして死んで見せる……!
そう覚悟を想い定めた、その時だった。
…………。足元から地響きが、身体全体を劈く程に伝導し始めた……。一瞬地震かとも錯覚したが、丸で眼前へ光明が差す様に、足元から天井へと鉄扉が上昇して行く……!
そんな馬鹿な。僕には鉄扉を開門させる事は不可能だ……。あちらから道が開かれる事等有り得ない……。
しかし充満した異臭を風圧で吐き散らし、仄暗い地底へ曙光が照らされるかの様に、先への扉は開け放たれたのだ。次の瞬間、僕は更に驚愕する事となった。
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