そうだ、そもそも僕に取って避難出来る場所はもうこの世界のどこにも無い……」
僕に取って避難出来る場所はもうこの世界のどこにも無い……。自身では既に覚悟し切っている事実だが、こうして言の葉に乗せると、改めてその深刻さが実感として跳ね返って来る。周囲の空気迄もがその重圧に包まれた気がした。
僕はシドの救助には心底から感銘を受けているし感謝の念も感じている。しかし、だからこそこれ以上彼を巻き込みたくはなかったのだ……。
……そこでシドは半ば興奮し詰問する様な僕の口調に、寧ろ訝しげな調子すら呈し始めた。彼は肩を大仰に竦めながら応える。
「<僕は僕の生まれた意味を、価値を掴みたい。僕は僕の生存理由や生き甲斐を、自分自身の手に由ってこそ創り上げたい。ベルトコンベアの工程に載るのでは無く、この眼で物を視て、この両足で道無き道を拓きたい。己だけの生きる証、生きた証を手に入れたいのだ……>
これはあんた自身の言葉じゃないか。俺はあんたが警察へ送り付けたこの犯行声明に、物凄い衝撃を受けたんだぜ。俺も叉、鬱屈とした日々の中で出口も無く、只々無為に生きていた。夢も目的も無く、流される侭に生きてたんだよ……。
そしてこの侭歳を重ねて行く自分を想像する度に、堪らない程の怖さがあった。もし、この侭何も無い空っぽの大人になって行ってしまったらどうしようか、と……。しかしそんな不安へ目を逸らし真正面から対峙せず、心の片隅に追い遣って誤魔化そうともしていたんだ。
腐っちまってた俺の生活に、洗い流す様な風を吹かせてくれたのがあんたの犯行だ。それは何よりも生々しく、何よりも刺激的な事件だった。誰もが生温い生活に甘んじ、大半の人間は今の社会に疑問を感じる事も無い。いや、感じたとしても抗う意志を持ち、本当に実行する様な奴はまず居ないだろう。喧嘩を売るには余りにも世界は巨大過ぎる……、と、少なくとも俺達はそう思っていた。素直に社会へ与する事が出来ず、かと言って確固たる抵抗や克己が無い、そんな半端さの侭ずるずると飼い犬としての鎖を引き摺られる。犬小屋で吠え立てながら、その犬小屋の秩序と安寧に庇護され今日も眠りへ就く……。そんな矛盾や無力さに、自己嫌悪や劣等感は日増しに募る……!
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