そして事情聴取室の前で順番待ちをする人間達は、長蛇の列をなして通路を満杯にしていた。最早椅子の個数が間に合わず立錐の余地も無い中、床で立ち尽くす者を始め扉から溢れ階段で後尾に加わる者達迄が見受けられる。その行列をなす一人一人が、各様の態度を呈しながらも一貫して同様の台詞を反復しているのだ。
或る者は警備する者へ訴え掛けるように哀求し、或る者は誰にも聞き取れない程の囁きで自身へと言い聞かせる様に繰言を呟き、叉或る者は棟内全体へ誇示する様に、半ば狂乱し喚き散らす。
その台詞は混沌の渦となって、永遠に終止符の無い呪詛の様な歌に聴こえた。
『自分がやりました。自分がやってしまったんです、自分のやった事なんです……』
『僕が、僕がエスなんです、御免なさい、御免なさい……!!』
『俺だ、俺がやったんだ、やってやったんだ、クフフフフ……、ハハハハハ……!!』
『本当のエスは私です。皆は何か集団催眠の様な暗示に掛かってるんです。私こそが本当のエスなんです……』
『違う、皆嘘を付いてるの、エスって本当はアタシ、アタシなのよ……?』
『何で信じてくれないんだ、エスはこの儂、儂なんじゃあ……』
『僕です、僕が犯人なんです……!』
『僕です、僕がエスなんです……!』
『僕です、僕が犯人なんです……!』
『僕です、僕がエスなんです……!』
『僕です、僕が犯人なんです……!』
『僕です、僕がエスなんです……!』
*
浅い浴槽の中で眼が覚めた。僕は入浴中、束の間の仮寝に浸っていたらしい。
……適度な温度の浴槽で揺蕩う。
眩い照明とシャワーの水流と、床を撥ねる微細な水滴の水音と……。時間の感覚が曖昧な夢見心地のまどろみの中で、意識は段々と覚醒する。起き掛けで鈍重になった体躯を追い立てる様に這い上がり、朦々と湯気が立ち込める浴室からよろよろと這い出た。
そして薄闇に包まれた一室の中で、浴室と隣接した脱衣所の鏡台へ徐に自身の顔を覗かせてみる。鏡と真正面から対峙させた、自身の素顔……。顔色も日々の調子に由って左右されるものなのだろうが、人相迄がここ数日で変化したと想うのは自分だけだろうか? 以前はどこか虚ろだった表情が、心無しか引き締まった気がする。尤も、自分の顔を指し示して誰かの同意を仰ぐ事が出来る状況でも社会でも無いのだが……。
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