僕は今迄、これ程単純な真理にも無自覚だった。即ち、生きる事とは戦いなのだ……。悪平等な馴合いの中で不可視になっていた、幕間の裏側を見た思いだった。しかし幸いにも僕は既に強力な自己表現手段の一つを我が物としている。その事実を、宝物の様にひしひしと抱き続けよう……。
……。間借りした部屋には、シド専用のPCが鎮座していた。
初対面の際から既に聞き齧っていた事だが、彼は突出した能力を持つハッカーらしい。例えば何重もの防壁が張り巡らされた政府の管理システムすら偽造IDで侵入し、機密情報を入手する事もお手の物としている様なのだ。
僕は室内運動の傍らでシドが収集した政府の極秘事項等を綿密に精読し、あらゆる角度からの計略も練り続けていた。
―そして現在、飴玉を嘗め回す様に熟読玩味しているファイルが有る。シドが収集した膨大な情報の中でも秘中の秘と迄云える枢密事項の一つ、規制された世界中の画像だ―。その画像内容の大半は、処分された顔……。そう、前時代に抹消された人間達の顔写真だった。
人間の顔面と認識される画像や情報は、政策化の一環で全て回収され処分されている。市販書籍、映像、写真、絵画等から個人記録迄、ありと有らゆる情報や文化が厳重規制され、一枚の顔写真を入手する事すら困難を極めている程だ。現代に於いて素顔を対象とした画像や情報は、死体画像や殺人動画の様な違法性の高いアングラ情報と同列視すらされる。関連画像を所持しているだけでも逮捕の対象と見做され厳罰が科せられる為、他者の顔写真一枚すら拝めた者は居なかった。
例えば名画を取り揃えたと謳う有名美術館と云えど、その大半は風景画ばかりだ。唯一罰則が適用されない抜け道があるとすれば、精々医療従事者になるのみではないだろうか? 医学書の中では無修正の局部写真等も掲載されており閲覧が許可されているらしいが、世間の医学生や医者達もこんな特権の愉悦に感じ入っていたのだろうか……。
―そんな素朴な疑問や想像の間隙を突き刺す様に、突如眼前の画面が展開し始めた。何気無く一個のアイコンをクリックした際、次のメニューが開いたのだ。
視覚に突き刺さる、物々しい調子のトップサイト。一見した時点で、一般的分野を取り扱うページで無い事は明白だ。中央のタイトルロゴは、重厚なデザインで『クラブ・ユング』と設えてある。
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