12話 その力、粒子より

 八尋はすぐさま自分の部屋へと戻っていた。何をするでもなく、ベッドに寝転がりながら、真っ暗な天井を見上げている。何もしていないようで、しかし彼の頭の中は驚くほど回転している。
 周囲のめぼしい店では大人3人の仲間が物資を回収しているというではないか。そしてなにより、彼らはあの粒子を自在に操っているように見えた。
 不思議な力を使えるようにする粒子。
 八尋にも白い粒子があるものの、しかしその力は……おじさんの使った魔法の如きそれには遠く及ばない。今のように、ただ思考を加速してくれるだけのものでしかない。
 ゴーストやゾンビなどの遅い敵ならまだしも、そんな状況で街を徘徊して、能力の使い方を把握している者たちに会ったとしたら、どうすることもできないのだ。

「ああ!」

 結局思考も行き止まり、八尋は大声を上げて頭の中の渦を振り払った。
 白い粒子を纏っていない今も、初めて粒子を纏った学校のときほどに頭が冴えてしまっている。それは当然良いことではある。が、逆に考えの中から抜け出せないということでもあるのだ。深く速い思考が頭に疲労を溜めていくのである。

「お腹すいた……」

 もうすぐ日が落ちようとしている。
 電気を着けることなどできるはずもなく、オレンジ色に染まり始めるベッドの上で八尋は小さく呟いた。
 頭を使うのは疲れる。疲れるということは栄養を使っているわけだ。しかし物が無ければそれを補給することができない。

「ん?」

 視界からの情報を断ち切ることで思考も同時に止めようと、八尋がうつ伏せに体勢を変えたところで、彼は自分の太もも部分に違和感を感じる。手をそこに差し入れて確認するも、そこには何もない。それならばと、ズボンのポケットに手を突っ込むと……それは見つかった。
 透明で、中には緑色の粒子が渦巻く結晶。母親を殺したゴーストが持っていたものだ。

「これ……か」

 掴んでいる力を少し強くしてみると、返ってくるのは固くほんのり暖かい感触だけ。
 ゴーストはこれを口へ運ぼうとしていた。いや現に、学校で出会ったゴーストは結晶を口に含んで飲み込んだ。
 決して、自分の体とゴーストの体が思わない。だが試してみるのも悪くは無いだろう。
 と、八尋はその結晶を口へと近づける。

 ガキン

 硬い歯と硬い結晶がぶつかって大きな音を立てる。八尋の歯に衝撃が伝わって、それは骨を介して頭蓋骨を細かく震わせた。

 ――無理だな。

 たったの1噛みでそれを察した八尋が結晶を口から話そうとしたところで、確かに右手で握っていたそれが霧散する。細かな粒子となって。まるで意志を持っているかのように、八尋の口へと吸い込まれていった。

「うっ……ゴホッ」

 喉元に何かが触れたわけではないが、八尋は咳き込む。口を閉じても今度は鼻から、粒子は咳など無かったかのように八尋の体内へと吸い込まれていき、5秒も立てば結晶は跡形もなくなっていた。
 そして八尋の体に劇的な変化が訪れた。
 まず緑色の粒子全てが自分の体内を巡っている、不思議とそんな感覚を自覚できる。そして不足していた体内のエネルギーが完全に補給されたように、とにかく、すこぶる調子が良くなったのだ。
 八尋は何も言うこと無く立ち上がった。その身から粒子が溢れだして、彼の体に付いていく。だがその色は白ではない。緑……そう、母親の部屋を満たしていた緑色の粒子を纏っているのだ。
 不意に、粒子が揺らめいた。
 机の上に置いてあるプリントがはためく。
 窓の両脇にたたんであるカーテンが揺れる。
 そして窓ガラスが、ガタガタと大きな音を立てる。
 八尋の長い髪は、嵐に舞う木の葉のように乱れ、そんな中で彼は腕を広げて笑顔を浮かべている。
 部屋はまるで竜巻が発生したかのように荒れていた。いや、現に竜巻のようなものが発生していると言っても過言ではない。轟々と唸り声を立てて、振動すらも閉じ込められた部屋の空気が行き場を無くして暴れまわっている。
 広げていた手を八尋がゆっくり閉じると、それにつれて風の動きも収まっていく。
 最後には光を漏らしていた粒子も消えて、夕日の時間も過ぎ去った室内には暗黒がやってきた。

「わかる……」

 力が抜けたようにベッドへと腰を落とした八尋の口から小さな声が漏れる。

「これなら行ける」

 空腹から解放され、新たな色の粒子が新たな力をくれたことを感じる。その使い方も決して難しくは無い。粒子が今やった通りに、それと全く同じようにやればいいだけのこと。いつの間にか頭の中に刷り込まれていた知識は確かにそう言っている。
 あのおじさんも、同じようにして力の使い方を知ったのだろうか。それにしては白い粒子について謎が多すぎる。そちらの纏い方は、今も未だ操ることはできない。
 八尋はおもむろに立ち上がると、自室のドアを開けた。
 遮音壁によって止められていた母親の立てる音が容赦なく部屋へと入ってくる。何度か途切れてはいるものの、未だ衰えぬ音は母親のゾンビが元気だということに他ならないだろう。
 果たして『元気』というのが正しい表現だとも思えないが、ともかく動いているのなら、いつか元に戻ってはくれないものかとの希望は失われていない。
 玄関へと向かうまでに一度だけ、ちらっと母親の部屋の方を向いてから八尋は、夜の街へとその姿を溶けこませた。

相羽 桂
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相羽 桂

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