4 本陣
ニスタは西大通りにつくと、片端から路地裏に乗り込んだ。とある路地裏に入ると、道を塞ぐ樽にもたれかかって酔っ払いが眠りこけている。
邪魔くさそうに一瞥して、ニスタは背の大剣の柄に手をかける。
「死んでるなぁ、なら殺してもいいよなぁ?」
一閃。酔っ払いの首が、身体が、樽ごと縦に断ち切られる。断ち切る、と呼ぶよりも、押し潰すと呼んだ方が良いだろう。
胸を、臓物を引き裂いて、腹の辺りまで真っ二つに裂けた身体からずるりと刃を抜く。
噴き出た血が、ニスタの体を汚した。とどめとばかりに首を薙ぎ斬れば、樽と身体が崩れ落ち、ニスタの通る道を開ける。
「あーあ。生きてないのに殺しちゃった。もっと生きてるやつを殺さなきゃあ……」
ぶん、とニスタは背後に向けて大剣を振るった。トン、とその刀身に軽く飛び乗ったのは、あの少女だった。
「そうだね、殺す相手は選んだ方がいい」
少女は右半分の酔っぱらいの首を抱えて、血塗れのニスタを見やる。
「一応、こいつにも奥さんと子供が二人いるんだ。悲しむだろうね」
「悲しむ? なら、そいつらも悲しむ前に殺してやらなきゃあ」
少女は何も答えず、首を手にしたまま跳んで、酔っぱらいの身体のすぐ傍に着地した。
「おいで。特別に案内してあげるよ」
「生きのいいヤツを殺させてくれるなら、構わねえよ?」
「それは君次第さ」
少女が駆け出すと同時に、ニスタも地を蹴った。
国の中でも、この王都の路地ほど迷いやすく、また密売などの温床になっている区画は他にない。
時折、悲鳴や嬌声が耳を掠めていくが、少女は足を止めることなくどこかへと向かっていく。腐ったような臭いが鼻につく通りを駆け抜けて、ようやく少女が足を止めたのは、廃材置き場の奥に廃倉庫のある、行き止まりの区画だった。
「さあ、思う存分殺してくるといい。その前に……」
少女が廃工場に背を向け、周囲に目配せをする。と……廃材の陰から数人の屈強な男たちが現れた。
「力試しをさせてもらおうか」
ニスタは目を細めて、男たちを見遣った。
「上等も上等……寝る前の一殺しと行くぜぇ?」
廃工場の庇の上に腰掛けた少女が愉悦の笑みを浮かべる前で、死闘は繰り広げられた。戦況は、語るまでもない。ニスタは、自身の負傷を、死を怖れない。男たちが自身の身を守ろうとする、その一瞬の防御の隙に叩き込まれる、捩じ込まれる一撃が決め手となり、次々と男たちは倒れていった。
「お見事だね」
「もっと面白い相手がいたっていいけどなぁ?」
「さあ、それはこの中でのお楽しみさ」
次第に夜は明けてきていた。もうじき、人々が目覚め始める時間だろう。
「もう寝る時間だ……また明日殺しにいかせてもらうぜ」
ニスタは傍にある廃材を漁って程よいスペースを作ると、横たわった。
「はは……敵の本陣の真ん前で休息とはね。予想していた以上の逸材だ……!」
少女は満足そうに乾いた笑いを零した。どこか遠くで、鶏の鳴く声がしていた。