未来への布石

 人には人の想いがある。
 今までのオレならば考えもしなかったことだろうが、心境の変化をもたらしたのは目の前にいる男だ。
 ある意味、不愉快なことこの上ないが……今はそうも言っていられない。
 あの想像もつかない相手と事を構えるなら、ほんのわずかでも戦力が欲しかった。
 それが主義主張のあわないこの男であろうと、この瞬間ばかりは甘んじるほかない。
「これもまた、因果なのかもな」
 奇しくも、その能力は自分の相克となるべきものだった。
 頬を打つ海風に目を細め、自らが置かれている状況を再確認する。
 数はどうあれ、未だ未知数の機兵部隊、そしてもう一人の正体不明な敵。
 この2つが協力関係にあるかどうかは定かではないが、同じシンメトリであるのは確かだ。
 そうなれば、オレ一人ではどうすることもできない。
「……この場所に来るのは、正しかったのか」
 頭に走るノイズの中に映るのは、かつての自分だった。
 何かを考えることもなく。感じるということもなく。
 その本質に触れようとしなかった。触れることを恐れていた。
 オレ自身を変えたのは、今も昔も変わることのない一つばかりの勇気だ。
「怜雄?」
 思案に耽っていたせいか、汐音がいたことに気づけなかった。
 肩越しに振り返ると、どこか思いつめた表情の彼女がいた。
「その様子だと、敵が見つかったのか」
「まあ、そんなところ……見つかったというより、自分から公表してる」
 手渡された用紙を受け取ってみれば、挑戦状のような内容が記載されていた。
 いちいち読む気も起きず、ざっと目を通して汐音に返す。
 ここまでくれば国家政府が動きかねない気もするが、ここは本国からは程遠い離島だ。
 それに、警察が報道規制を敷いていることも相まってこの状況が外に漏れるというのは考えにくい。
「あのとき、私がこの選択をしなければ、きっと誰も巻き込まずに済んだのに」
「その通りなのかも知れないな」
 まだすべてを思い出さたワケではない。
 だが、あの男は。機兵部隊を操るあの男だけは、この時代の人間ではなかった。
 その目的はただ一つ、死ぬためだと豪語したいたはずだ。
「だが、悔いても仕方のないことを言い出すならばオレにだって非はある。アレを殺すことを躊躇したのは、他ならないオレだ」
 そんな理由はごく単純なものに過ぎない。
 シンメトリという異能の性質は、必ず対称となる使い手と能力があるということ。
 そして、もし片割れのシンメトリが機能しなくなる、もしくは使い手が絶命すれば、その対象の性質ごと消え去ってしまう。
 仮に、今この場でオレが命を失えば、それは海斗の持つシンメトリが失われるということにもなる。
 汐音と敵の持つシンメトリは同一のものだ。
 それはつまり、汐音が持っているシンメトリを消失させることをも意味する。
「時間を渡ると決めていた時点で後戻りはできなかったが、まさかこの世界にまで『生き延びる』とは思いもしなかった」
「そうね……それこそが、私達の最大の誤算だったのかも知れない」
 ならば、過去の決着はオレ達の手でやらねばなるまい。
 だが、この世界にはこの世界なりの決着が望ましいのだ。
「オレ達が元凶を。そして海斗がこの騒ぎの原因を倒す。それがこの場での最適解だ」
 あとは、もはや任せるほかないだろう。
 この世界がどのように変化していくのかは分からない。
 だが、ほんのわずかに触れた日常を壊さないために、オレ達は戦ってきたのだ。
「信じるぞ、汐音。オレ達が積み上げてきたものが、間違いではなかったということを」
 それが、未来への布石となることを信じて。

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