二人の邂逅

 たった今、自分の行動についてしばらく問い詰めたい気分だった。
 特に理由もない胸騒ぎ……その焦燥にあてられてしまったのか、その根源へと向かっていた。
 幸か不幸か、なんとか走れるまでには傷も癒えている。
 ただ、鉛のような重さを持つ足先の感覚から、全快にはまだ程遠いのだと分かる。
 しかし、この胸騒ぎはなんなのか。
 ――思い過ごしにしても、あまりに反応が過剰というものだろう。
 オレがこちらで目を覚ました際は満身創痍という状態だった。
 どこかから転げ落ちた、事故に遭った、というにしても明らかに打撲が少なすぎたのだ。
 そうなれば、あとは人為的に手負ったと考えるより他にないだろう。
 少なくとも、先程出会った少女より友好的な相手ではない。
 だが、こちらの切迫した気分を弄ぶかのように気配が去っていく。
 自分の位置を北側とするなら、ここから南西……地形がまったく不明のためそこがどこかは分からない。
 追いかけたいところだったが、この足では無理だ。
 興奮も冷めやらぬ動悸を抑えつつ、状況を客観的に判断することに努める。
「状況……記憶喪失の中で暴走、加えて現在地も不明(アンノウン)。恐らくオレに関連する何かの反応は南西の方角へ消失(ロスト)……」
 どう考えたところで最悪だ。
 来た道くらいは記憶していると思いたいものだが、この場所はやけに似たような場所が多かった。
 それに、瓦礫で通れぬ道もあった。そこを直進してきたワケでもないのだから、一刻ほど前の自分の正確な所在など分かるはずもない。
 簡潔にいうなら、道に迷っているのだった。
「……ふむ」
 こうして冷静になると一層と自分の浅はかさにばかり気がいくが、悩むくらいなら行動はしない。
 先程までの気配があった場所は、もう目と鼻の先だ。
 と。
 視界が開けた先、そこには懐かしいような気配があった。
「こ、今度はなんだ?」
 さて。
 こういう場合、なんと言うのが正解なのか。
 先に断っておくが、目先にいる小さな相手に興味はない。
 どうしてか極端に拒絶されているような気はするが、オレのどこに問題があっただろう。
「「…………」」
 特に理由もなく視線を返すと、それよりも鋭い気迫が返ってきた。
 ………………。
 悩んでみたところで、分からない。
 初対面の相手にここまで嫌悪を露わにするというのも珍しい気がするが。
 まあ、それは相手の都合というものだろう。
「なあでっかいの、お前、どうしてこんなところにいるんだ?」
「さあな。オレに問うよりも、自分自身に尋ねる方が先ではないのか?」
 それにしても、ずいぶんと嫌われたものだ。
 今にも噛みつこうとこちらを睨んでいるようにも見えるが、ここまで来ると怒りを通り越して無心だった。
「オレは人探しだ。一輝っていう……同い年で、小さくて目つきの鋭い女を探してる」
 なんとなく合致する人物には先程出会っている。
「それなら、あちらの方向に向かったはずだが」
 出会った位置から逆算して、彼女が消えていった方向を指さしてやる。
 どうしてか無理にこちらへ視線を合わせようとしているように見えるが……気にしないことにした。
「そいつはどうも……で?そっちがここにいる理由は?」
「そうだな……理由はない」
「いや、そう堂々と言われると困るんだが、ここがどこかは分かっているよな?」
 そういえば、先程の少女も似たようなことを言っていた気がする。
 ――ここは宮島の旧市街。この放置された地域は、人が住むにはあまりに荒廃していた。
「宮島の旧市街、そう聞いている」
「ああ。だからここで好き勝手やるのは別に気にしないんだが、一応は警告としてな」
 ぶっきらぼうに告げられた言葉だが、なんとなく新設というニュアンスからはずれている気がする。
 それに、少しばかり引っかかる言い方だ。
 こちらは問題ない……そんな言葉が見え隠れしているよう。
「今日は厄日だな」
 溜息交じりに呟きながら、少年は踵を返して去っていく。
 先程、オレが指さした方向を探索するようだ。
 なんとなく、その後ろ姿を目で追う。
 先程の……恐らく一輝という少女もかなり武術に慣れ親しんだ人物に見えた。
 だが、その男にはムラというか。言ってしまえば拙さが感じられる。
「発展途上、か」
 深く考えるでもなく、そんな言葉が突いて出た。
 形はどうあれ、出会って間もなくそう評してしまうことに抵抗はあるが。
 ただ、そうも言ってられないとオレの直感が告げている。
 そうか。
「彼もまたシンメトリ、か」
 わずかに残された知識が、直感を確信へと押し上げる。
 そうして頭の片隅をかすめる、何かの記憶。
 それは夢で見たものと同じ。実体がなく、感覚がない。
 わずかに残されている記憶を頼りに、オレは再び歩き出す。
 先程の少年とは、またどこかで出会うと確信して、肩越しに空を見上げる。
 傾き始めた夕焼けは、どこか静々としている夜の訪れを告げていた。

blackletter
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