情報戦

 日も完全に沈み切った後、ようやく最初に目を覚ました場所を見つけ出すことができた。
 あれから周辺を探索してみると、似たような竪穴がそこかしこに点在しているようだった。
 今は簡単に火を起こし、お世辞にも良いとは言えない休息を得ている。
 傷も完全に癒え、なんの不自由もなく身体が動くのは良いが、食料がない。
 ただ、今から行動しようにも都合が悪い。
 もし不幸中の幸いがあるとすれば、空腹感も口渇感もあまり感じないということだ。
「……それにしても、何に使われる空間なのだか」
 用途はどうあれ、ここの空間は広大の一言に尽きる。
 一つの大きな洞窟から様々に分岐し、あの竪穴につながっているのだろう。
 その蜘蛛の巣上に広がった洞窟を探索するにも体力が惜しい。
「――」
 自分の状態を確認していると、足音が反響してきた。
 やけに音が響くせいで正確な距離は分からないが、こちらに向かっているのは確かだ。
 どうすべきか、と顔をあげてみると、小さな灯りを見つけた。
 歩調はあまりにも静かで隙がない。
 ただ者ではないと、肌から感じる圧力が警鐘を鳴らす。
「む?」
 こちらの警戒をまるで意図していなかったように、男はやってきた。
 あまりの自然体に毒気を抜かれそうになったが、着用しているのは警官の制服だ。
 背が高く、肌は年季のせいか暗がりでも少し浅黒い。
 だが、制服の上からでもわかる偉丈夫は、鍛え抜かれた身体を思わせるのに十分すぎる。
 いや。警官であっても過剰なほどに鍛え抜かれていた。
「明かりが見えたもんで来てみたら、家出でもしたのか、坊主よ」
 深みと渋さの混じる声は大きく、身体の芯にまで響く。
 その表情は溌溂としていて、なんとも毒気を抜かれてしまう。
 なんというべきか、見た目以上に豪快な御仁らしい。
「いや……家出をしたわけではない」
「ほう?すると、こんな廃墟に他の用でもあるのか?」
 ただの興味を尋ねてくるような風だが、相手は警官だ。
 態度や言動にはまるで尋問するような空気はないが、むしろここまで自然体であることに驚きを隠せない。
 はっきり言うなら、この男は一つか二つばかり格が違っている。
 どう答えるか……その一点に全ての思考を割く。
「ふむ。答えられないのか?まぁ、答えられん事情もあるだろうが、意地を張ることが得策とは言えんぞ」
 やはり、こちらが不利であることには厳しい状況だ。
 かといって、答えによってはこのまま補導される可能性も拭いきれない。
 どうする……?
「とまあ、堅っ苦しい公務は此処までだ。まったく、ここは遊び場じゃないんだぞ、坊主」
 あー。と、気の抜けた声で男は腰を降ろす。
 座っただけだというのに、その姿は熊にでも相対しているような気分だ。
「そう警戒しないでくれ……というのは無理か。お前さん、腕っぷしにかなりの自信があるんだろ」
 その言葉に、肯定も否定も出来ない。
 そんなことは分かり切っているように、男は言葉を続ける。
「それに目も悪くない。オレの動きを始点から捉え、その対処までの流れを視ている。弟子に欲しいくらいだ」
 がはは、と豪快な笑い声が反響する。
 分かりやすい性格のようで、まるでその全容が掴めない。
 良い意味でも悪い意味でも相手にしたくはない人物だった。
「貴方は、本当に警察なのか」
「それは難しい質問だな。見ての通りに警察ではあるが、それ以外にも顔がある」
 どこまでが本当で嘘なのか。
 この相手に延々と腹の探り合いをしていてはこちらの身が持たない。
 どうしよもなさと明らかな実力差に、思わず溜息が漏れる。
「オレに何か用でもあるんですか」
「ん?ああ、別に用ってほどのものはない。まあ立場上、色々と聞かなきゃならんってのも事実だが」
 そんなことはどうでも良いんだ、とこともなげに男は言う。
 明らかに職務放棄だろうが、ここにいるのはオレくらいだ。
 上には内緒にしてくれよ?というようなニュアンスが言外に込められている気がした。
「そういえば名乗り忘れてたが、オレは細田剛健という、まあ警官みたいなもんだ。坊主は?」
「怜雄。あまり身の上については話せない」
 というよりも、ただ覚えていないだけではあるが。
 ぐうぅ。と、二人揃って腹の虫が鳴る。
 オレと剛健の間に流れていた独特の緊張感は、そんな音で掻き消えてしまった。
「「…………」」
 普段なら静かであることを好むはずなのに、今この瞬間だけは静寂が痛々しく感じる。
 まあ、なんだ。と耐えかねたように声を発したのは剛健の方だ。
「お互いに知り合った証ってわけでもないが、ほれ」
 と、投げ渡されたものを受け取る。
 どことなく見慣れた乾パンだった。
「流石に水はないが、それくらいは我慢してくれ」
「……すまない」
「いや、別に良いんだ。見つけたものだからな」
 さらりと聞き捨てならないことを口走った気がしたが、今更気にするのもバカバカしい。
 口の中の水分を容赦なく奪っていく乾パンを嚥下していると、またも別の足音が聞こえてくる。
 その暗がりから現れたのは、真白な装束に身を包んだ人物だ。
 一名……いや、二名。
 こちらの退路を断つように一人、異質な男が何かをぶつぶつと呟きながら佇んでいる。
 男の挙動は不確かながら、その脅威をオレの知識は知っていた。
 こちらが臨戦態勢になったことを察するや、剛健もまた状況を飲み込んだらしい。
「――おい坊主、ありゃお前の知り合いか?」
「――知らないな。だが、どうやら友好的な相手ではなさそうだ」
『ターゲット、そして一般人と思しき男性を一名捕捉……これより、殲滅作戦を執行する』
 そんな珍妙な男二人の夜の、波乱の幕開けであった。

blackletter
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