現実さえ疑うほどの衝撃的な出会いを果たして、気づけば時間だけが過ぎていた。
 こうして家に同年代くらいの女性がいるなんて初めての経験で、何を言うべきかと迷ってしまう。
 「あの……そういえば、名前は?」
 「えっ?あ、ああ」
 言われてみて、ようやく紹介していないことに気づく。
 どうにも慣れないせいか……いや、こんな状況、いつだって慣れそうにないが。
 それはともかく、改めまして。
 「ボクは伊月。仲條の伊月だ」
 「イツキ……イツキ」
 噛み砕くように何度か呟いて、ぼんやりとした表情がこちらを向いた。
 小さく頷いたりする仕草は、なんだか子供を眺めているようで、なにやら少しだけむず痒い。
 それにしても、どこか大人びているというか、ともすれば子供のようだけど、同じくらいの歳に見える。
 互いに紹介も終わってしまったし、どうしよう……。
 「あー……」
 何か言いだすべきだというのに、言葉が出てこない。
 「えっと、良ければ、夕食でも?」
 これでも出来る限りの言葉を選んだと思いたかった。
 失敗したなぁ、と心の中で後悔しても遅い。言ってしまったのだから、返答を待つしかない。
 「もらっていいなら、いただきます」
 とりあえず答えてもらえたことに、ともかくホッと一息吐く。
 そうと決まってしまえば、いつものように用意するだけだ。
 適当に夕食の用意をしながら、チラと白雪の方を見ると、視線があった。
 うお、と思わず視線をそらしてしまって、冷静になれ、と自分に言い聞かせる。
 とても今さらなことだが、その容姿と言い、おそらくは外国から来た子なのだろう。
 どうしてか日本語は通じているが……今はそれだけで良いとする。
 「そういえば、嫌いなものとかって、」
 出かかっていた言葉が、喉元で消えた。
 ただ一点を見つめたまま微動だにしない白雪に、心臓でも掴まれたような焦燥を覚える。
 なんだ?と意識がそちらに向くと、言いようもない不安に襲われた。
 時間が溶けだすように、白雪の身体が震えだす。
 その視線の先は……洗面台?
 「あ、ああ……っ」
 嗚咽のような、声にならない悲鳴がいやに心を揺さぶる。
 「っ!?」
 考えるよりも早く、体が動いていた。
 「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいっ」
 あまりの変わりようのせいか、どうすればいいんだ、と不甲斐ない自分に苛立ちを覚えてしまう。
 肩をゆすって呼びかけてみても、表情と視線を凍り付かせたまま、涙を流し続ける。
 「白雪ッ!!」
 喉よ割けよとばかりに、その名前を叫んだ。
 自分でさえ驚くほどの声だったが、白雪もその声にハッとしたらしく、どこか弱々しくこちらを見上げていた。
 「大丈夫、ここは大丈夫だから!」
 かける言葉も見つからず、そんな気休めのような言葉で、無理やりに笑う。
 どうにか落ち着いてくれて事なきを得たが、一体、どうしたというのか。
 「……鏡、か?」
 ちょっと待っててくれ、と手で白雪を制して、ふと頭の中で引っ掛かりを覚える。
 言わずもがな、童話の白雪姫という物語だ。
 どうしてそんなことを思い出したのかは分からないし、確証もないが、ともかく、鏡を隠すとする。
 「まあ、こんなもんだろ」
 近くにあったタオルだが、ちょうど鏡を覆ってくれた。
 さて、と気を取りなおす。
 「なあ白雪……変なことを聞くようだが、白雪姫って、聞いたことあるか?」
 ただでさえ衝撃的な出会いだ。
 少女に関して謎は多いし、どうして鏡なんかを怖がるのか、さっぱり見当もつかない。
 少女の容姿にしても、その服装にしても……どう見たってここから遠く離れた世界のものだということは、想像できた。
 「白雪姫は、私のことです」
 聞き逃してしまうほどの、小さな声だった。
 え?と一瞬だけ思考が空白になるが、待て、と考え直す。
 「あー……つまりその、キミって、姫様?」
 「はい」
 はっきりとした受け答えに、思わず目眩がしてきた。
 「えっと、本とか、そういうことじゃなくて……?」
 「はい」
 先ほどまでとは違った凛とした様子は、確かにそういった気風が感じられる。
 ただ、やはり年相応なのか、どことなくおどおどしているというか、弱々しく感じてしまう。
 「……これは、何がどうなってるんだ」
 はは、と乾いた自分の声を聞きながら。
 けれどなんとなく、悪い子ではなさそうだなと、そんな感想を抱いていた。

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