第11話 昨晩のこと その①

ナウロは目が覚めた。
目を開くとどこかの寝室のような風景が目に入った。
天井からカーテンのような布が垂れている。生地は少し薄く、布を隔てた先の光景は朧《おぼろ》げながら人のシルエットくらいは見えそうであった。

.....ってか、なんで俺は寝てるんだ?
ナウロは起き抜けのぼんやりした頭で思い出そうとしてみるも、自分がベッドに登ったのとそれ以降の記憶がどうしても思い出せなかった。記憶をハサミで切り取られたような感覚だった。
どうにか思い出そうと、ナウロは自身の覚えているところまでの記憶を遡《さかのぼ》り手がかりを探した。






ーーー回想ーーー
ルシフの護衛であるミカ、イロウ、ラファ、リエル、その他大勢のナウロとルシフへの結婚の挨拶が終わった頃、ナウロはぴちりとはまったスーツと相まって、堅苦しい空気にすっかり疲れてしまっていた。

「あああぁぁ〜......疲れたぁぁぁ〜......」
挨拶を終えた護衛の人たちは、ルシフとナウロのことはそっちのけ、テーブルに並べられた馳走《ちそう》、酒にすっかり酔っていた。
隣ではそんなナウロの姿を見てルシフがくすくすと口を手で隠しながら笑っていた。

「ふふ、まあそう言うな。これも双方にとってとても大切なことなのだ。堪えてくれ」
「いや、そうは言いますけどね......こうも見られてないと思うと、なんというかありがたられてないというか」
「まあ彼らは皆《みな》楽観主義だからな。花より団子、というやつだ」
そう言ってルシフは騒ぐ魔族の護衛たちを目を細めて眺めた。ナウロには分からなかったが、なにか想いが募っているようだった。
同じようにナウロも眺めてみると、心から楽しんでいるように見えた。
ついでに部屋の隅でワイングラスを片手に居心地の悪そうにしている国王が見えた。いたのか、あのおっさん。

「いっそ私たちも酒に酔ってしまうか?つまらないなんてことはないだろう、あのように」
ルシフが目を向けた先にナウロも同じく目を向けると、酒の早飲み競争をしているイロウと他のいかにも酒に強そうな護衛複数人がいた。

「ハハハハハハハ!!!どいつもこいつも手応えがないなぁ!誰か、アタシに勝てる奴はいないのか!!!」
イロウの叫び声がナウロたちのところまで届き、ナウロも流石にあれはやりすぎでは、と若干引き気味で言うとそれもそうだ、とルシフが笑った。
馬鹿騒ぎするイロウの隣にはラファもいて、イロウのことを冷めた様子でなんとも馬鹿そうに見ていた。



今回の人間と魔族との結婚、という出来事は双方の国民に衝撃を与えた。
人間側は戦争の負けを感じ取り、悔しさを見せる者と戦争の終結により喜ぶ者、半々だった。
対する魔族はーー見ての通りである。
人間との結婚、という事《こと》の重要さに気づいていないのか、魔族たちは「あの男っ気の無かった女王が結婚できるとは」と少々違った意味で驚いていた。
また、今回の出来事は《《戦争に傍観者であった種族》》たちの耳にもいずれ届くことになるのだがーー、それはまた別の機会に語るとしよう。


...えーと、確かこの後ミカさんが高価《たか》そうなワイングラスを持ってきて「一杯どうですか」ときたもんだからどうしようかと考えていたらルシフが飲みだして....一応16歳で成人年齢も来て飲んだことが無かったからちょっとだけ飲もうとして....。

ここからナウロの記憶は途絶えていた。
酒を飲む手前までは分かっても、そのあとがどうしても分からなかった。
ナウロは上体を動かそうとするが、異様な倦怠感と重石《おもし》が体にのしかかったような感覚と混ざり、うまく動かせなかった。
頭の回転もはっきりしない。

これが二日酔い、ってやつか。
ナウロは寝ぼけ眼《まなこ》にそんなことを思いながら、ベッドからとりあえず降りようと右手を置きーー

「ん?」
右手に感触があった。
布団とは違う、もっと別の種類の柔らかい感覚である。
少し小さく、球体を半分にしたような形だ。

何があるんだ、とナウロが右手に目を向けて見るとーー

ーー《《上半身が下着姿のルシフとその胸を掴んだナウロの右手》》があった。






「〜〜〜〜!!!」
ナウロは声にならない叫び声を上げた後《のち》、まさしく一瞬でベッドから飛び降り(転げ落ちた)ベッドですやすや眠るルシフと距離を取った。

え、あれ!?なんで!?なんで俺はルシフと寝てるんだ!?
それにルシフもなんでほとんど全裸なんだ!?
ベッドの上では微《かす》かに唸りながらルシフが体制を変えた。ちょうど、ナウロに背を向けるような体制である。

え、俺......やってないよな?ヤってないよな?
まさか酔っ払ってこの部屋で寝ていたルシフのベッドの中に潜り込んでしまったとか......。

よし、とりあえず逃げよう。
そのことを決めたあとのナウロの行動は素早いものだった。
心の中では何もしてない何もしてない、と暗示を掛けながら廊下に繋がっているであろうドアにまっすぐ向かった。

そしてドアノブを捻り部屋を飛び出ようとしたその時ーー

「......何してるんですか?ナウロ様?」
逆に部屋に入ろうとするミカとナウロは鉢合わせしてしまった。




あっと特命
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