第1話 徴兵へと
いつからか、戦争が始まった。
理由は何だったかーーそうだ、確か単純な土地の取り合いだった。
決して人類からけしかけた訳ではない。いつも人間は巻き込まれる側だった....らしい。
らしい、というのもナウロが生まれた時には既に戦争は渦中だったので、知る術は周りの大人から聞くしかなかった。
彼は別に疑っているというわけではないのだが、あまりに知る術が無さすぎたので本当かどうかはよく分からない、という心情だ。
昔から『魔族』という種族は、ナウロ達人間に忌み嫌われてきた。
それはやれ近づくと喰われるだの、主食は人肉と生き血だの、それはもう昔から飽きるほど近所の老人達に言われてきた。耳にたこができる、という言葉を考えた人は天才ではないのか、とナウロは幼心に思った。
魔族は普段の見た目は人間とほとんど変わらないようで、戦闘時にその見た目を大きく変えるのだ。
角や黒光する翼を生やしたり、得体の知れない力を発揮したり、etc、etc....
といっても、人間には魔族の体を今まで調べる機会が無かったためほとんど噂か戦いから生きて帰ってきた者たちの解説が情報源だったりする。
さて、話を戻そう。
戦争の開幕により力の無い人間の領土は、あっという間に追われていった。
国という国を魔族に乗っ取られていき、最後に残ったのがナウロの生まれ育った国というわけ....だが、戦争は一向に終わる気配がない。
人間も徴兵をし、使える戦力は使えるだけ使い総力戦を行ったが、ことごとく潰されていった。
徴兵の年齢は日を重ねるたびに下がっていき、ついにナウロの歳である、16歳まで下げられた。
もうナウロが戦場に駆り出されるのも時間の問題だ。おそらく、戦闘も生半可に心得ない間に投げ出されて死ぬのだろう、と彼は思っている。事実、ジャンケンでたった一回勝つよりもその可能性の方が高い。
こうも雑に扱われてしまうと、ナウロは《自分の生まれてきた意味》というものを考えてしまう。
だが、ナウロは答えはすでに分かっている。意味などというものは無いのだ。
ナウロ一人生まれようが死のうが、戦争が終わるはずがなく、魔族が滅ぶわけも無く。
彼の親は病気で二人とも死んだが、4、5歳ぐらいの時だったために顔も朧《おぼろ》げである。ナウロの死を悲しんでくれるような人も、もうとっくにいないのだ。
国は既に狂ってしまっている。人類が滅ぶのが先か、戦争が終わるのが先か。答えは言うまでも無かったーー。
ーーー
カーテンの隙間から日が差し込んでいる。ナウロの頭に『朝が来た』という現実を体感させる。
ナウロは毎日の朝が怖かった。すでに徴兵はいつ来ておかしくない状況に陥ってしまっているので、1日の始まりを告げる『朝』という概念にいつからか恐怖を感じていた。
昼くるか、夜くるか、それに常に怯えながら過ごす毎日は、ナウロいつになっても慣れなかった。
何をする訳でもなく、今日はいつから畑仕事をしようかと考えながらナウロは狭い部屋でぼーっとしていた。今日も何の変哲もない徴兵に怯える日を迎えるはずだった。
突然家のオンボロ扉がどんどん、と乱暴に叩かれた。扉の軋む音と叩かれた鈍い音が混ざり合う。
なんだ、とナウロは思い窓から顔だけを出して外の様子を伺ってみると、鎧を着込んだ屈強そうな男が三人立っていた。
一瞬、頭が真っ白になった。
その白くなった頭に色を塗るように、ナウロを少しずつ思考が埋めていく。
ああ、ついに来たのか。
16歳になった時から覚悟を決めていたつもりだったが、いざその時になってみると嫌で嫌で仕方がない。
ナウロの足が震える。止まれ、と念じてみてもそんな気配は一切見せず、反射行動をただ続ける。
足の力が抜け、立つことを忘れ、そのまま床にへたり込んでナウロは頭を抱えた。
嫌だ、嫌だ。
どうして、まだ続けるんだ。どうして、そんな無意味なことを続けるんだ。
さっさと降伏でもなんでもしてしまえばいいのだ。
無駄に意地を張るから、土地もほとんど奪われて、人間も減っていくのだ。
しばらくして、扉が鎧の男達によって開かれてしまった。
三人とも、睨みつけるような目でナウロを見ている。
なんでコイツらは狂王にこうも従えるのだ。洗脳でもされたのか?このまま連れて行かれると向こうでまず洗脳されるのか?全く訳がわからない。
不快感がナウロを満たした。
しばらく沈黙が流れていると、扉を開けた男が口を開いた。
「王がお呼びだ。着いてきてもらおう」
体が震え、俺が動かないでいると、後ろの二人の内一人が「早くしろ!」と怒号を飛ばし片腕を担がれ、ナウロはそのまま引きずられていった。
周りの人達の視線が痛い。死体でも見るような目でこちらの様子を他人事《ひとごと》のように眺めている。
そんな目で見るな。俺だって自分の意思で動いて抵抗したいが、震えて動けないのだ。
いずれお前らだってこうなるくせに。
人生というものは呆気なく終わるものだ。
ほら、やっぱり意味なんて無いのだ。
生きる意味なんてのは、所詮自己満足で片付くもの。実に下らない。
こうして、今まで住んでいた家や顔見知りの人に別れの挨拶も言わないままナウロは徴兵された。
もう何かを考える余裕など、彼には残っていなかった。