序章:法陣都市――2
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――二〇六六年。
〝魔導書(グリモア)〟の発見は、〝魔術社会〟の始まりを意味していた。
魔術社会において〝魔術〟と言うものは、不可思議な奇跡でもなければ、昔話の引き立て役でもない。
魔術には、理路整然としたメカニズムが存在する。つまりは、科学だ。魔術とは学問の仲間なのである。
そんなことは、魔導書の解読が終わった現時点では常識だった。
詠唱・呪文・召喚などの一連の〝儀式〟が、単なる〝情報処理〟の工程であること。
即ち、現状の〝場〟を把握。〝理〟を理解し、〝霊体〟の加護を借りて現実を書き換え、実行に移す。そのエネルギーとなるものが〝魔力〟である。
たったそれだけの話であって、プロセスの中で解明されていないのは〝魔力〟や〝霊体〟の正体だけだった。
――小笠原諸島の一部〝黎明島(れいめいとう)〟は、正に魔術社会の代名詞と言える。
黎明島は、人工的に造られた島だ。
樹脂や金属、セラミックス。そして、カーボンナノチューブを主原料とし、〝科学魔術〟が硬度・靱性を最適化している。
カーボンナノチューブが持つ鋼鉄を凌ぐ強度を、常に最善に保つことによって、旧時代の技術では不可能とされていた構造を、可能としたのだ。
〝錬金工業(れんきんこうぎょう)〟と称される、特殊技術が支える人工島。その上に造られた都市を〝法陣都市(ほうじんとし)〟と呼んだ。
法陣都市は、大きく分けて東西南北。そして中央という五つの区画により成り立つ。
順に、〝三権区画(さんけんくかく)〟、〝管理区画(かんりくかく)〟、〝軍部区画(ぐんぶくかく)〟、〝科学区画(かがくくかく)〟。そして、〝生活区画(せいかつくかく)〟である。
外部では、魔術は専門分野の代物だが、法陣都市では、一般知識の一つにすぎない。
何しろ、中学校から魔術関連のカリキュラムが、必修科目として導入され、就職の際に行われる研修などでも、魔術の手ほどきがされるからだ。
法陣都市は魔術の街だ。そこに議論の余地はない。法陣都市は〝魔法陣〟の内側に造られているのだから。
魔法陣は〝魔導回線(まどうかいせん)〟と呼ばれる電気回路が刻むものだ。
魔導回線が描く魔法陣は、七つの魔術体系を記した魔導書〝七霊(しちれい)の書(しょ)〟の〝教訓〟・〝儀式〟の項を参照して造られたもので、〝フィールドの限定〟、〝魔術による理の書き換え許可〟、〝電力の魔力変換〟を目的とした。
魔力の次に融通が利くエネルギー、電力を用い、さらに、天使・悪魔を代表とした〝霊体召喚〟による変換処理を、〝量子コンピュータ〟に一任することで、本来ならば最低でも一〇日掛かる儀式を、高速化、汎用化することに成功した。
この設備、工程。通称〝近代儀式(リチュアル)〟の確立によって、法陣都市では魔術は一般技術となっている。
月詠政(つきよみまさ)も、法陣都市の住人だった。