第二章:血の契約――1
☆ ☆ ☆
「生きた……DNAコンピュータ?」
ドグマは、政の復唱を耳にした。
彼の表情にも、その声色にも、怪訝が色濃く混じり、ひたすらに〝魔導司書〟の存在を疑問視していると、訴えている。
確かに、受け入れやすい話ではないだろう。
何しろ、こちらの説明が意味するのは、アナタの目の前にいるワタシは、実はコンピュータなんですよ? との事実なのだから。
「はい。〝魔導書〟の内容を後世に伝承するため、魔術によって生み出されたホムンクルス。――正しくは、その末裔です」
しかし、どんなに嘘めいた話であろうと、事実は事実なのだ。
ドグマは、政の怪訝を納得に変えるために、話し始めた。
「魔導書には、魔術の奥義が記され、魔術の使用に必要となる〝魔力〟も含まれていることは、ご存知ですか?」
「あ、ああ。一文字一文字に意味があって、集合体である文章そのものに、魔術的な奥義が秘められているんだろう?」
「そうです。逆説的に言えば、本文が一文字でも異なった場合、魔導書は魔導書としての力を失うんです。……だから、魔導書の保管、及び、伝承は、極めて難しい問題でした。魔導書本体は、所詮書物に過ぎませんし、口伝にしろ写本にしろ、間違って伝わる可能性があります」
そこで、
「提案された手法が〝魔導司書〟だったのです。魔導司書は、DNAの〝変性(へんせい)〟・〝相補鎖(そうほさ)〟を操り、〝ビット〟として利用することができます。つまり、魔導書の本文をテキストデータとして保管することが可能なんです」
DNAは、環境や条件によって、ほどけたり、再び結び付いたりする。
この現象を〝変性〟と呼び、ほどけたDNAが〝相補鎖〟だ。
DNAコンピュータとは、この相補鎖同士が正確に相対する性質を応用した、演算機器のことを指す。
DNAなどの核酸を構成する、四つの〝塩基〟の配列を、〝ビット〟の配列として見立てたものだ。
「――てことは、DNAに刻まれているってのは……」
「はい。先祖である、ホムンクルスの遺伝情報。そこに内包された、魔導書の本文を引き継いでいるんです。魔導書の内容が保管されている部分は、優先的に遺伝する仕組みになっていますから」
魔導書は、飽くまで物体であって、時が経てば朽ちていくのは避けられない。
しかし、遺伝子の配列は情報だ。情報は形を持たず、だが、だからこそ、朽ちていくことはない。
しかも、遺伝情報というものは、子々孫々へと伝えていくことができる。優先的に遺伝させれば、血筋が絶えない限り、失われることはないのだ。
「加えて、DNAコンピュータは処理速度に極めて優れています」
「四つの〝塩基〟を二ビットのデータに当てはめることで、八ビットのデータを四文字で表現。それを、塩基が特定の塩基としか反応しないことを利用して、一挙に処理することで、超並列演算を可能とする……だっけ?」
「はい。DNAコンピュータの特性である並列処理は、魔術の使用にも適しているのです。――〝法陣都市〟の住民である政には、分かりますよね?」
「〝近代儀式〟と同じ仕組みってことか」
肯定の意味を込めて、笑み顔を送った。