第二章:血の契約――9
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奇跡的に政は悶死することなく、詳しく表現すると、人の道を外すことなく、店を出てきた。
どうやら、思った以上に彼の理性は、優秀な耐久性を持っているようだ。
しかし、理性の過剰導入によって、彼の体力メーターは限界を軽く振り切れ、まるで廃人のような生気のない顔をしている。
隣にいるドグマが、対称的に艶やかで血色が良いので、もしかしたら彼女に吸い取られたのかもしれない。
言っちゃ何だが、サキュバスと獲物の関係性を連想させて仕方がなかった。
「お疲れですね? 政」
「あんなことして疲れない奴がいるか……。精神的に過労死しそうだ……」
「大変でしたね、お気の毒に」
「その気遣い、事前に働かせたら効果的だと思う……」
「ちょっと悪ふざけが過ぎました。反省します。これからはもう少し、政も楽しめるプレイを考える必要性があるようです」
「……反省の軸がズレてる」
ドグマの反省を聞く限り、これから先も性的イベントを控えるつもりは、ないようだ。
もはや、それを拒む覇気すらも見えない政を、元気づけるように、ドグマが両手を広げてくるりと回ってみせる。
彼女の衣服は、もう、地味で質素な黒のローブではない。お古の衣装は処分して貰い、新しい服で早速着飾っていた。
「でも、政のお陰で素敵なイメージチェンジができました! 似合っていますか?」
ドグマと政が選んだのは、灰色パーカーと紺のスカートの方だ。
パーカーの色味が、政のそれとお揃いだったのが決め手らしい。
紺色のスカートは丈が短く、彼女の透き通った、白い肌とのコントラストが、妖精の円舞曲を連想させた。
「あ、ああ。可愛い、よ」
余りに眩しくて、政も目のやり場に困っている。
先の事件を経験し、羞恥的な耐性が着いても良いだろう。しかし政は、それでも狼狽えていた。
あるいは、踊る彼女のスカートが翻っていることに、試着室内での行為がフラッシュバックして、耐えられないのだろうか?
「ん? ……待て、ドグマ。スカートだったら、股下測る必要なかったじゃないか!!」
どこまでも、正論だ。
ドグマが選んだ二着は、何れもスカート仕様であり、足の長さはほとんど関係ない。
つまり、確信犯である。
「良いじゃないですか、役得役得」
「キミだけがね!」
「思い出作りですよ。この服は、一生大切にする宝物なのですから」
「大袈裟だな……、言っとくけど〝TeenagerS〟の服は、一〇代をターゲットにした安物ブランドだぞ?」
「値段なんか関係ありませんよ」
ポニーテールとした金色の長髪を遊ばせながら、ドグマは、政の紺色の双眸を見詰めた。
「大好きな人との初デートで、初めてプレゼントされたものなんですから」
それは、女神の笑みと比喩しても正しいだろう、幸せそうな面持ちで。
「そう、か。それは、良かったよ」
照れ隠しすらできないらしい。政は赤面して正直に答える。
ドグマに取って、契約者である彼は恋人のようなものなのだろう。
彼女のこれまでの言動を踏まえれば、それ以外で例えるなら伴侶しかない。
孤独に逃げ続けた彼女が、極東の人工島でようやく出会えた運命の人だ。その初デートに喜ばない方が難しいのだ。
しかし、幸せな時間は、唐突に終わりを迎えた。
大気を振るわせる爆音。人工の大地を震撼させる衝撃。青い空へと昇る黒煙。
それら三つの異変によって、法陣都市の平和が乱されたのだから。