第一章:追われる少女――2
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「おー……、見るからにお疲れだな、政。リビングデッドって実写化したらこんな感じなんだろうな」
机の上に伏している月詠政は、友人からそんなふうに評された。
確かに、現状死に瀕している、と言っても過言じゃないくらい、コンディションは最悪だ。
頭はクラクラするし、体も上手いこと動かない。生ける屍が実在していたら、多分こんな状態なのだろう。
「一応、忠告しとくけど、その状態で端末の接続オンにするなよ? 誰もお前の顔面接写は見たくないだろうし」
「キミは、もう少し元気の出る言葉を掛けられないのか?」
元気メーターが〇であるため、普段テノールな自分の声も、より低音のバスに近くなっている。
彼の言いたいことは分かっていた。
この教室の座席にはそれぞれ端末が埋め込まれ、正面のボード型端末とリンクしている。今、接続許可をしたら、自分の情けない表情が、どアップになる訳だ。安心してくれ、頼まれてもやらない。
まあ、半世紀前では考えられないほど、技術は進歩した、との良い例え話だ。
「好い加減、元気出せよ。見てるこっちが疲れてくるだろ?」
「出せるか。こっちは、二〇分掛けて地獄のアップダウンを乗り越えてきたんだぞ? 全身乳酸漬けで死にそうな所に、プログラミングの授業を合計二時間、ミッチリ受けて見たら分かるさ。……何も頭に残ってない」
「それは、また効率の悪い話だな。政、お前本末転倒って言葉知ってるか?」
友人の言葉は皮肉っているようにも聞こえるが、当事者の政には、確かに哀れみを感じる。逆にそれが辛いのだが。
「悪いことは言わないからさ? 〝天空車両〟の免許取っといたらどうだ? 今時、自転車通学の方がレアものだぞ」
「そうしたいのは山々なんだが、時間もなければ、お金もない。参考書買わないといけないし、熟読しないと授業について行けないし」
「何でだ?」
政は、友人の疑問形に顔を上げた。こっちが聞きたい。何でだ? って、何でだ?
「何でだって……当たり前だろ? 予習、復習をしっかりやっとかないと、身に付くものも身に付かない。そのために、時間と資金と労力を割いてだな――」
「いや、授業さえしっかり受けとけば、それ以上無理する必要ないだろ? 寧ろ、何でお前は無理してんだ?」
さも当たり前だと言わんばかりに、彼は表情を特に変えもしないで応える。翻って、こっちの表情が引き攣りそうになった。
……こっ、この天才肌めえぇぇ――っ!!
儀式科の授業は、かなりハイレベルだ。
黎明学園の。いや、法陣都市の全学科のトップに立っていると言えるだろう。
必然的に偏差値はかなり高く、意気揚々と入学してきた猛者たちの大半が、初年度中盤でがっくりと肩を落とすくらいだ。授業を受ける準備を要するほど。
だってのに、軽々と言いやがって。と、嫉妬の炎がメラメラと燃えるのも、許してほしい。
……でも、本来、儀式科の生徒ってのは、彼くらいが相応しいんだろうなあ……。
適材適所との言葉が示す通り、彼は儀式科に適した人間で、自分は適さない人間なのだろう。寧ろ、彼の言葉は正当で、授業を受ける準備をしなくてはならないことの方が、おかしい。
それでも授業に対して、しがみついて離さないのは、自分の目的のためなのだ。彼を恨んでも意味がない。
思って、大きく息を吐いた。
「まあ、本当に元気出せ、政。昼飯奢ってやるからさ」
こちらの態度が疲労から来るものだと判断したのだろう。友人が、裏読みや疑いも見せずに提案してきた。
「ほ、本当か!? それは助かる!!」
一瞬で下僕モードに突入したこちらに、ニヤリと企みの顔を見せ、
「ただし、条件がある」
彼は指を突き付けてきた。