漱石よりも三島由紀夫
 大国ゆきえは大学では日本の近現代文学特に夏目漱石を専攻している、研究対象としてはオーソドックスだ。
 だがその夏目漱石についてだ、ゆきえの姉達は家で彼女に妹を入れて四人で教育番組を観つつそのゆきえに漱石のことを話した。
「小説家としては凄かったけれど」
「知識人としてもね」
「俳句や漢詩も残していて」
「凄い教養もあったのよね」
 戦前、特に明治の知識人として見事な資質を備えていたというのだ。
「元々大学院まで行ったしね」
「東京帝国大学の」
 今の東京大学である。
「イギリスに留学もしてるし」
「ロンドンの方にね」
「けれどね」
「人間としてはね」
「あっ、漱石って何か」
 妹も言ってきた、四人共お菓子を食べてジュースを飲みつつテレビを観ながら気軽に話している。テレビでは漱石とは全く関係のない科学のことが話されている。
「性格よくなかったのよね」
「みたいよ、被害妄想強くてね」
「結構暗いところもあって」
「おっちょこちょいでね」
「癇癪持ちだったのよ」
 姉達は末の妹にも漱石のことを話した。
「それで子供さんをステッキで殴りまくったりとか」
「そんなことしてたらしいのよ」
「今で言うDVね」
「そうしてたのよ」
「うわ、それ最悪じゃない」 
 その話を聞いてだ、末の妹はドン引きした顔になった。
「人間として」
「昔はそうした人多かったみたいだけれどね」
「家族に暴力振るう人」
「それでその中でもね」
「漱石は問題のある人だったみたいよ」
「何ていうか」
 ここでまた言った末の妹だった。
「最低の人間ね」
「そう言っていいわね」
「聞いてる話だとね」
「文学的な評価はともかく」
「人間としてね」
「イメージ狂うわ。けれど」
 ここでだ、末の妹は。
 のどかな感じで好物の羊羹を食べながらテレビを観ている彼女から見て三番目の姉であるゆきえを見てだ、彼女に尋ねた。
「お姉ちゃん漱石研究してるわね」
「そうだけれど」
 ゆきえは妹に穏やかな顔で答えた。
「面白いわよ」
「いや、面白いって」
 妹はゆきえにこう返した。
「そうした人を調べていて」
「確かに困ったところがあるけれど」
 漱石はとだ、ゆきえも研究しているだけにこう言えた。
「いいところもあるのよ」
「子供さんにそんな暴力振るう人が」
「そうなのよ」
「そうなの」
「いや、どうもね」
「結構以上によね」
 姉達もここでまた言う。
「漱石は酷いでしょ」
「困った人達でしょ」
「どう考えても」
「あの人は」
「そうしたことをしていても」
 暴力を振るってもというのだ。
「あれでね」
「いいところがあって」
「それでそう言うの」
「困ったところもあるけれどって」
「だって誰でも悪いところがあるじゃない」
 ゆきえの言葉は穏やかなままだった、その言葉で姉達に話した。
「だからね」
「ううん、そう言えるなんてね」
「ある意味凄いわね」
「普通暴力振るうだけでね」
「最低だけれど」
「昔はそれが普通だったし」
 ゆきえもこう言うが彼女の考えは姉達とは違っていた。
「だからね」
「それでなの」
「いいとこともあるって言えるのね」
「漱石みたいな人でも」
「いいところがあるって言うのね」
「私はそう思うわ」
 やはり笑顔で言うのだった。
「それで文学的にもね」
「ええ、漱石はね」
「小説家としては凄いわね」
「吾輩は猫であるとかね」
「坊ちゃんもいいし」
 初期の代表作だ、漱石の。
「こころとかもね」
「あと三四郎とか」
「明暗は未完で残念だったけれど」
「名作揃いね」
 姉達も漱石の作品はよく読んでいる、どちらも大学を出ていて今は働いているがどちらも学部自体がゆきえとは違っていた。末の妹は高校生でまだ漱石を本格的には読んではいない。
「その文学的評価もなの」
「いいっていうの」
「人間としてもいいところがあって」
「ゆきえの中では評価高いのね」
「高いっていうか面白いわ」
 漱石はというのだ。
「あの人はね、困ったところがあってもそれが余計にね」
「いいのね」
「そうした人なのね」
「漱石は」
「ゆきえにとっては」
「そうなの」
「ううん、そう言えるのがお姉ちゃんね」
 妹はゆきえの穏やかで人の長所も短所も受け入れられるところを見て頷いた。
「私だったらね」
「無理?」
「暴力振るう人は」
「私も」
「私もよ」
 二人共言うのだった。
「ゆきえがそんな人と付き合ったら」
「嫌になるわ」
「だから今の視点で言うとね」
「漱石みたいな人とは付き合わないでね」
 姉としてだ、二人共このことは注意した。
「幾ら漱石みたいな人のいいところを観られても」
「それでもよ」
「現代じゃね」
「暴力の時点で駄目だから」
 それでというのだ。
「付き合ったら私達が許さないから」
「いいわね」
「私も。そうした人は」
 妹もゆきえに言った。
「駄目だと思うわ」
「そう、だからね」
「本気で言うわよ」
「付き合ったら駄目な人はいるから」
「漱石以外にも」
「いいところがあってもそうした人は駄目よ」
「付き合ったら」
 三人でゆきえに言う、もう三人共テレビは観ておらずお菓子もジュースもその飲む手を止めている。
「私達も注意するから」
「いいわね」
「うん、私も好きな人は」 
 ゆきえがここで言ったことはというと。
「自殺しない三島由紀夫だし」
「まあ三島由紀夫ならいいわね」
「人間としてもいい人だったみたいだし」
「暴力も振るわないし健全で」
「紳士だったっていうしね」
 姉達は三島由紀夫のことも知っていた、それで頷けたのだ。
「じゃあね」
「三島由紀夫みたいな人と一緒になりなさい」
「いいわね」
「ええ、そうしたいわ」
 ゆきえは穏やかな笑顔で応えた、そして実際にだった。
 交際相手は精悍で前向きな紳士だった、姉達も妹も彼を紹介されたその時は心からほっとなった。親達と共に。


漱石よりも三島由紀夫   完


                2017・7・29

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