流麗なる者
宋柳勝の名を知らぬ者は天下にはいない、皇帝に忠実に仕える将軍としてだけでなく彼の立場のことからも。
宋は代々武門の名門の家に生まれ彼の三人の兄達はいずれも武挙に及第して今は将軍となっている、彼も武挙は受けていないが軍の采配も自身の武芸も見事なものだ。
剣も弓矢も見事だ、特に馬術に秀でていて馬に乗りつつ弓矢を使う即ち騎射については宮中でも右に出る者はいない。
だがそれと共にだ、彼の立場のことがよく言われていた。
「何故宋将軍は宦官なのだ?」
「幼い時に自身が是非と言われたそうだが」
「ご両親も兄君達も反対されたというが」
「幼い宋将軍がどうしてもと言われてのことだったそうだ」
「それで宋将軍は幼くして宦官になられた」
宦官となるその手術を受けてだ。
「そうして後宮にも出入り出来る」
「そうしたお立場だな」
「実際に役職は後宮の守護だ」
「戦の場に出られて大軍を率いられることも多いが」
彼の軍略がよく知られてのことだ。
「しかしそれでもだ」
「将軍は本来は後宮を護っておられる」
「陛下を護っておられる」
「宦官であるからだが」
「しかしあれだけの武の名家で宦官になるなぞな」
それこそ異例中の異例のことでだ、誰もがこのことを不思議がっていた。
「どういうことなのだ」
「将軍は何をお考えだったのだろう」
「わからないことだ」
「家の方々もよく許されたな」
「全くだ」
誰もがこのことを不思議に思っていた、宋の美女と言っても通じるまでに白く流麗な顔立ちと見事な武人姿を見つつ。
その彼は戦の場に出ていない時はその役職を果たしていた、後宮においても常にその警護を怠っていなかった、その後宮でだ。
ある日事件が起こった、何と皇帝の妃の一人である洋妃が産んだ幼い女子即ち皇帝の子が突如として死んだのだ、死んだ原因は首を締められてであった。
最初にその皇帝の娘つまり公主が死んでいるのを見付けたのは母である洋妃自身であった。洋妃は寝床で何者かに首を締められ死んでいる妃を見て娘の亡骸を抱いて泣き崩れた。
すぐに下手人は誰かという話になった。疑いをかけられたのは洋妃と皇帝の寵愛を競っていた藍妃と皇后だった。
このことは後宮はおろか宮中でも話題となり多くの者が藍妃そして皇后に疑いの目を向け皇帝もであった。
重臣達に対して怪訝な顔で言った。
「まさかと思うが」
「皇后様と、ですね」
「藍妃様が」
「洋妃様のことで」
「陛下の公主様を」
「そうだ、本当にまさかと思うが」
こう前置きしつつも言うのだった。
「あの二人が」
「では、ですか」
「以後お二方はですか」
「遠ざけられますか」
「そうされますか」
「そう考えている」
実際にとだ、皇帝は宮中の重臣達に難しい顔で述べた。
「これからはな」
「そうですな、やはりです」
「このことは放っておけません」
「それではですな」
「これからはです」
「お二方は遠ざけますか」
「そうしますか」
重臣達の殆どもこうした考えになっていた、だがここでだった。
宋は皇帝の前に片膝を折り左手で右手の拳を包んだ礼をしてそのうえで皇帝に言った。
「陛下、お待ち下さい」
「将軍、どうしたのだ」
「このこと調べて宜しいでしょうか」
「後宮を護る者としてか」
「はい、それがしどうも腑に落ちぬものがありますので」
「それでか」
「一度調べて宜しいでしょうか」
こう皇帝に言うのだった。
「この度のことは」
「そうしてか」
「はい、ことの真実を明らかにしたいのです」
是非にと言うのだった。
「若しそれで皇后様と洋妃様が実際に公主様を殺していれば」
「その時はか」
「陛下のお考えの様に」
皇后や洋妃を遠ざけるなり罰しろというのだ。
「そうされるべきです、しかし」
「皇后と洋妃が殺していないとなるとか」
「処罰されませんね」
「無論だ、無実の者を罰するのは法ではない」
皇帝も宋に強い声で答えた。
「断じてな」
「ではです」
「この度はか」
「それがしが調べます」
こう皇帝に言うのだった。
「そしてそのうえで」
「真実を明らかにしてか」
「全てを申し上げます」
「わかった」
皇帝は宋のその言葉を受けて頷いて応えた。
「では必ずことを明らかにせよ」
「そう致します」
こう言ってだ、宋はすぐに後宮に入り彼が信頼する宦官の者達も用いこの件のことを調べはじめた。
するとだ、面白いことがわかった。
「公主様が殺された日はか」
「はい、皇后様はご自身のお部屋から出ていません」
「朝から夜までご自身に仕えている宮女達と話をしてです」
「食事も共にしていました」
「洋妃様のお部屋には行っていません」
「仕えている主な宮女達もです」
彼女の周りにいる者は全てというのだ。
「誰一人としてです」
「洋妃様のお部屋には行っていません」
「皇后さまのお部屋と洋妃様のお部屋は離れていますが」
「その日はでした」
「そうか、では皇后様の疑いが張れた」
宋はこのことを確かとした。
「このことはよかった」
「はい、そしてです」
「藍妃様ですが」
「あの方が公主様をその日あやされています」
「そうしていますが」
今度は藍妃のことが話された。
「一つ疑問があります」
「藍妃様のお手は小さいですね」
「あの方は小柄な為」
「うむ、あの方はかなり小さい方だ」
武人の家の出であり逞しい者が多い宋だが彼自身結構な背である、その彼から見ると藍妃は相当に小さい。
「子供の様な、な」
「その藍妃様が絞められたにしてはです」
「公主様の首にあった締められた後は大きいです」
「手で首を締めていますが」
「その手にあった跡は」
首を締めたそれはというのだ。
「それは随分」
「我等も調べましたが」
「あの方の手には思えませぬ」
「むしろ女の手にしては大きいです」
「その締めた跡は」
「そしてその手の大きさですが」
「洋妃様のお手は大きいな」
ここでこのことを言った宋だった。
「そうだな」
「はい、実に」
「あの方のお手は」
「あの方の背の高いこともあり」
「その為」
「しかもです」
宦官の一人がこうも言ってきた。
「皇后様と藍妃様の噂ですが」
「それをか」
「はい、流しているのは」
「洋妃様のじゃな」
宋はその宦官に問うた。
「そうじゃな」
「左様です、近くにいる者達です」
「やはりそうか」
「将軍、どう思われますか?」
その宦官はこのことを話してから宋に尋ねた。
「この件につきましては」
「答えはもう出た」
宋は腕を組み確かな顔で答えた。
「私の中ではな」
「それでは」
「すぐに陛下の御前に参上してじゃ」
「そのうえで、ですな」
「私の考えを申し上げよう」
「それでは」
「今から参上する」
こう言ってだった、宋はすぐに朝廷にいる皇帝の前に参上した。そのうえで彼の信頼する宦官達と共に調べた仔細を話した。
するとだ、皇帝は皇后と藍妃の話にまずは喜んだ。
「それは何よりじゃ」
「お二方の疑いが晴れたことは」
「実にな」
皇帝の顔、龍か緒を綻ばせての言葉だった。
「よいこと、やはりな」
「疑いはですな」
「晴れるべきでな」
「お二方が無実で陥れられることも」
「なくて何よりじゃ。しかし」
ここで皇帝は宋に皇帝の座から尋ねた。
「そなた今言ったな」
「陥れられるとですな」
「そう言ったが」
「はい、この件はです」
「二人を陥れようとしてか」
「何者かが仕組んだことかと」
「そうなのか」
「そのことですが」
ここで宋は皇帝に今度は洋妃のことを話した、すると皇帝だけでなく朝廷に居並ぶ文武百官達もだった。
その顔を蒼白にさせてだ、まずは百官達が言った。
「まさか」
「その様なことが」
「公主様は洋妃様のご息女であるぞ」
「ご自身のご息女をそうされるなぞ」
「御自ら」
「流石にそれは」
「静まれ」
皇帝は百官達に告げた、だがその皇帝も顔色は蒼白になっていた。宋の話したことのあまりものことでだ。
それでだ、宋に対してまた問うたのだった。
「それはか」
「はい、あくまでそれがしの考えですが」
「二人を陥れる為にか」
「ご自身のお子をです」
洋妃がその手でというのだ。
「そうしたのかと、お二方が落ちるとどうなるか」
「うむ、その場合はな」
皇帝もわかることだった。
「やはりな」
「そう考えますと」
「洋妃がか」
「そうではないかと」
「二人の噂を流していたのもじゃな」
「あの方の周りの者達ですので」
「それは洋妃が命じてじゃな」
皇帝は宋にまた問うた。
「そうじゃな」
「おそらくは」
「わかった、ではじゃ」
「洋妃様をですか」
「調べよ、丹念にな」
皇帝は今度は宋に命じた、そしてだった。
宋が部下達を連れて後宮の洋妃の部屋に行こうとすると既にそのことを察していてか洋妃は自ら毒を飲んで死んでいた。
周りの者達は調べた結果洋妃に噂を流す様に言われてはいたし実際にそうした、しかし公主を殺したのは誰か結局はわからなかった。
しかし宋からことの次第を聞いてだ、皇帝は言った。
「何もなくてはな」
「洋妃様もですな」
「自ら命を絶つこともなかった」
「調べの場において」
「自らの潔白を強く言っていたであろう」
「あの方なら」
宋もこう述べた。
「そうされていましたな」
「あの者なら」
「ならばです」
「やはり洋妃が殺したのであろう」
幼い公主をというのだ。
「そうしたのであろう」
「皇后様と藍妃様を陥れる為に」
「我が子を殺してまでか」
「そうでもしてです」
「己の座をより高い場所に持って行きたかったか」
「そうだったかと」
「恐ろしいな、しかしな」
ここでだ、皇帝は宋に言うのだった。
「若しそなたがいなければだ」
「この度にことはですか」
「はっきりとはわからなかった」
ことの真実、それがというのだ。
「到底な、そしてな」
「皇后様と藍妃様が」
「朕は遠ざけておった」
「そして遠ざけたならです」
「洋妃はさらに手を打っていたな」
「そうした方ですから」
己の権勢の為に我が子を殺す様な者だからというのだ、宋は洋妃に対して只ならぬものを感じつつ皇帝に話した。
「お二方を今度は」
「命を奪う様なか」
「策を用いられていたでしょう」
「そうしておったか」
「毒を用いることもありますし」
宋がまず思ったのはこれだった。
「他にも手はあります」
「悪謀の類はか」
「それこそ幾らでも」
「だからか」
「はい、ですから」
「ここで止めていて何よりであったか」
「それがしもそう思います」
洋妃が今以上に力を持ち宋もどうにも出来なくなっていたのではないかというのだ。
「危ういところでした」
「まことにそうであったな」
「しかしここで、です」
「止められた、何よりじゃ」
「全く以て」
「後宮にそなたがいてよかった」
「実はそれがしはです」
ここで宋は皇帝に己のことを話した。
「宦官を志したのは」
「こうしたことを考えてか」
「後宮こそは国の要所ですから」
「そこに何かあればだな」
「この度の様に一大事ですから」
「宦官を志したか」
「幼い時より、そしてです」
宋は皇帝にさらに話した。
「家の者達を説得したのです」
「そして宦官になったのじゃな」
「そのうえで今ここにおります」
「成程な、そこまでして国のことを考えておるとは」
皇帝は宋の言葉と考えを聞いてしみじみとした口調になり言った。
「見事、そなたこそまことの忠臣いや良臣である」
「有り難きお言葉」
「褒美を弾む、これからも国に尽くしてくれ」
皇帝は宋ににこりと笑って告げた、そうして宋はこの時からこの世を去るまで後宮つまり国の要所を護り続けた。宦官将軍という非常に珍しい立場から。
流麗なる者 完
2017・12・22
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