漢道
平野当直は黒い胸ボタンは七つ、袖ボタンも七つの超長ランにボンタンという恰好で髪型はいつもリーゼントで決めている昭和の色濃い恰好をしていている不良だ。その為大阪の総番と言われることもある。
だが彼はその仇名にいつも笑ってこう言った。
「俺はただの戦士や」
「大阪二十六戦士の一人」
「それに過ぎないですか」
「大阪の総番やないですか」
「そうやないですか」
「大阪の総番は市長さんや」
強いて言うならというのだ。
「俺やないわ、俺はほんまにな」
「大阪二十六戦士の一人」
「その立場ですか」
「そうや、しかも番長と呼ばれていい気になってるなんてな」
それこそとも言う当直だった。
「この前覚醒剤で捕まった元プロ野球選手と同じやろ」
「ああ、あの」
「柄の悪いアホな奴ですか」
「野球選手やのに格闘家の筋肉つけて強いとか言うてた」
「あいつですか」
「俺はあいつとちゃうからな」
あの様な、という言葉だった。
「勉強は出来ん、しかしな」
「あんなしょうもないアホやないですか」
「そしてそうしたアホにもなりたくない」
「そうなんですか」
「そや、そやからな」
あの元野球選手の様にというのだ。
「そうならんからな」
「そやからですか」
「番長と呼ばれてもですか」
「ちゃうって言うんですか」
「それでええ気にもなりませんか」
「そや、あいつは弱い奴や」
その元プロ野球選手はというのだ。
「弱いから野球やなくて格闘家になろうとしたりな」
「覚醒剤もやる」
「そうなんですか」
「それで平野さんは弱い奴やない」
「そやからですか」
「あいつみたいにならん、俺は自分が強いかどうかわからん」
実はそうなのだ、当直はそのことには自信はない。
だがそれでもだ、周りの者達にいつもこう言っていた。
「おとんみたいに強い人間になりたいんや」
「平野さんを守ってですよね」
「交通事故の時に」
「トラックに撥ねられてお亡くなりになった」
「お父さんみたいに」
「そうや、誰かを護れる位に強い」
それが当直が考える本当に強さなのだ。
「そうした人間になりたいんや」
「それで武道に励んでですね」
「戦士になったんですね」
「大阪二十六戦士に」
「そや、おとんみたいに誰かを護れる」
まさにというのだ。
「そうしたほんまに強い戦士になりたい」
「もうなってません?」
周りの者、舎弟の一人が当直に問うた。当直は大阪中に多くの舎弟がいて彼を目指し武道や格闘技に励んでいるのだ。
「大阪二十六戦士ですし」
「いや、まだや」
「なってもですか」
「何時でも護れる様にならんといかん」
大阪の街と市民達をというのだ。
「どんな苦難にもな」
「そやからですか」
「二十六戦士になっても」
「それで終わりやない」
「まだまだこれからですか」
「そや、俺は何時でもや」
それこそと言うのだった。
「大阪の街と人達を護るで」
「例え何があっても」
「何時でもですか」
「そうする、おとんみたいにな」
自分を守って死んだ父の様にとだ、当直はいつもそう考えてその様に動いていた。そうして大阪二十六戦士として戦っていた。
そんな中だ、何と通天閣大阪を象徴するそこにだ。
逃げ損ねた銀行強盗達が通天閣に遊びに来ていた子供達を人質に立て籠もった、その事件のことを聞いてだった。
大阪府警の警官達と大阪二十六戦士達が駆け付けた、その中には当直もいた。通天閣はすぐに彼等に囲まれたが。
子供達が人質に取られていてだ、彼等も迂闊に動けなかった。
「下手に動けば子供達が危ない」
「だから迂闊にはやっつけられないぞ」
「早く何とかしたいが」
「どうすればいいんだ」
「うだうだ考えてもあかんやろ」
困っている警官達と仲間達にだ、当直はこう言った。
「そやからや」
「おい当直まさか」
「いつもみたいにするのか?」
「ここは考えずに突っ込んで」
「銀行強盗達をやっつけて」
「子供達を助け出しますか」
「そうするわ、子供達に何かする前に」
それこそと言う当直だった。
「俺が突っ込んでや」
「強盗達をやっつけて」
「そうしてか」
「子供達も助け出す」
「そうするか」
「そうや、ここは俺に任せてくれ」
当直は仲間達に強い声で言った。
「是非」
「しかしな」
「子供達が人質だからな」
「ここは迂闊なことをしたら子供達が危ない」
「下手に突っ込むと子供達が」
「そう考えると」
「わかってる、けどや」
それでもと言った当直だった。
「ここは考えがあるさかいな」
「ちゃんと子供を助ける」
「それだけの策があるか」
「だからか」
「やれるか」
「そや、任せてくれ」
こう言ってだ、当直は一人で通天閣の強盗達が立て籠もっているそこに乗り込んだ。強盗達は何人もの子供達に銃を突き付けていた。
当直はその強盗達の前に出て高らかに言った。
「アホ共子供解放せえや」
「何だ手前」
「何処から来た」
「俺を知らんとこ見ると大阪のモンやないか」
当直は彼等の言葉からこのことを察した、大阪二十六戦士の一人である自分を知らない大阪人なぞいないからだ。
「そうか、けどそれなら好都合や」
「好都合?何言ってやがる」
「たった一人で来て馬鹿かこいつ」
「武器は木刀一本じゃねえか」
「俺達は拳銃もショットガンも持ってるんだぞ」
「それで俺達にどう勝つつもりだ」
「そんなもんピンポン玉以下や」
銃どころかショットガンもというのだ。
「撃たれても何でもない、おどれ等が子供達に撃とうとしても」
「それでもか」
「俺達は本気だぞ」
「子供達を本気で撃つぞ」
「それでもか」
子供達は実際に銃を突き付けられている、それで涙を流して震えて怯えている。強盗達はその子供達を見つつ言うのだった。
「それでもかよ」
「俺達をやっつけるって言うのかよ」
「そんなこと言う暇あったら車出せ」
「車用意しろ」
「逃げる為のな」
「アホか、犯罪者にそんなん許すか」
それが当直の返事だった。
「都合のええこと言うな、さっさと警察に出頭して逮捕されろ」
「糞っ、言いたい放題言いやがって」
「それが出来る筈ないだろ」
「早く車用意しろ」
「さもないと子供達がどうなっても知らないぞ」
「あくまでそう言うか、しかも子供達を人質に取ったままで」
子供達はまだ怯えている、命の危険を感じているのは確かだ。自分達の両親に助けを求めて泣いている子供もいる。
「そうするか、子供を盾に取って嬉しいか」
「俺達が助かるのならな」
「子供達なんか知るか」
「本当に撃っちますぞ」
「車用意しないとな」
「おどれ等の性根はわかった、素直に出頭すれば許したが」
当直はこの場合はそれでよしとしていたのだ。
「そう言うなら別のことしたるわ」
「別のこと?」
「何だそれは」
「どうするつもりだ」
「いますぐわからせたる」
こう言ってだ、当直は。
一瞬だった、まるで光の様に強盗達に突っ込み。
彼等に強烈な頭突きを見舞った、その頭突きでだった。
強盗達は皆吹き飛ばされ気絶した、それで終わらせてだった。
子供達を助け出して通天閣から降り立った、強盗達は全員縄で縛って引き摺っていた。
事件は解決した、強盗達はすぐに留置所に送られ子供達は彼等の親の元に返された。無事にその両方を果たした当直にだ。
周りの者達は彼に対して尋ねた、この事件について。
「あの、一瞬でです」
「事件を終わらせましたけれど」
「最初からですか」
「ああされるおつもりでしたか」
「そや、子供達に何かする前にな」
まさにというのだ。
「ああしてや」
「頭突きで、ですか」
「当直さんの切り札の一つで」
「一気に終わらせるつもりでしたか」
「俺の頭はダイアモンドの二十倍の硬さや」
このことは科学的に立証されている。
「その頭突きやったらな」
「強盗共程度はですか」
「一瞬でやっつけられる」
「そやからですか」
「あの場にお一人で乗り込まれたんですか」
「連中が撃つ前に出来た」
当直の力ならだ。
「そやから行ったんや」
「そうですか、けどです」
「あの時は待ってもよかったんじゃ」
「そうしても」
「いや、子供達が怯えてた」
このことを言う当直だった。
「そんな子供達を一秒でも長くな」
「放っておけなかった」
「それで、ですか」
「あの時はお一人で行かれたんですか」
「そうだったんですか」
「俺一人で行けたしな」
仲間の戦士達の手をわずらわせるまでもなくというのだ。
「それで行った、子供が泣く姿なんてええもんやないやろ」
「ですね、確かに」
「子供泣かせたらいけないですよ」
「そのことを思うとですか」
「いても立ってもいられず」
「それで行った」
「そうだったんですか」
「そや、それで言ってや」
そしてというのだ。
「子供達を助けたんや」
「そうでしたか」
「一秒でも早く助ける為に」
「そうしましたか」
「おとんが言うてた」
彼を守って死んだ父がというのだ。
「子供を泣かしたらあかんってな、大人はそして」
「本当に強い人間は」
「絶対にですか」
「そう言うてや、そやから俺はああした」
まさにというのだ。
「おとんが言うてた通りにな、そしてな」
「これからもですね」
「そうされるんですね」
「お父さんが言われたみたいに」
「そうしてく、強い人間になりたいからな」
こう言ってだった、当直は今度は飼い猫がいなくなって泣いている子供のところに飛んで行った。そうしてその猫を見付けて子供のところに行って子供を笑顔にしたのだった。
漢道 完
2018・1・24
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