教えること
この時東住吉長居はある高校生の相談を受けていた、長居は誰に対しても公平で自分と同じ高校生にもそうであって相談もよく受けていた。
その高校生は丸々と太っている、その顔と姿で長居に言うのだった。名前は高一也といった。
「よく言われるんだよ、僕は」
「その身体のことをだね」
「うん、小学校の時一緒に遊ぼうと言ってもね」
高は長居に泣きそうな顔で自分のことを語った。
「鬼ごっことかね」
「太ってるから動きが鈍くてだね」
「すぐに捕まるからってね」
そう言われてというのだ。
「入れてもらえなかったり告白しても」
「女の子に」
「太ってるからってね」
「それで太っていることにだね」
「もう嫌になってるんだ、それでね」
「自分でどうしたらいいかと悩んでだね」
「君に相談に来たんだ」
大阪二十六戦士の一人である彼のところにというのだ。
「そうしたんだ」
「そうだったんだね」
「どうしたらいいかな」
高は長居に真剣な顔で尋ねた。
「それで」
「そうだね、それじゃあ聞くけれど」
長居は高に優しい目を向けて尋ね返した。
「君は痩せたいのかな」
「うん、もうすっかり嫌になったよ」
太っているその姿がとだ、高校生は長居にはっきりと答えた。
「仲間外れにされたり振られるのは」
「もう二度とそんな思いはしたくないね」
「そうなんだ」
「それで僕にどうしたらいいかと相談しに来たんだね」
「どうすればいいかな」
「そうだね、痩せたいのなら」
「君は痩せているから」
だからと言う高校生だった。
「いつも走っていてね、ダイエットの方法も詳しいよね」
「詳しいことは事実だよ」
長居もこのことを否定しなかった。
「僕はマラソンランナーだけれどね」
「マラソンをするにはだよね」
「やっぱりカロリー計算とか栄養摂取とかもね」
「考えないといけないよね」
「トレーニングと一緒にね」
「そうだよね、だから君のところに来たけれど」
「わかるよ、僕は君を絶対に痩せさせて」
長居は高に約束した。
「二度と太らない」
「そういう風にだね」
「出来るよ、ただね」
「ただ?」
「君は痩せた時にどうするのかな」
長居は高の困り果て卑屈にすら見える感じになっているその顔を見ながら彼に尋ねた。
「一体」
「一体って?」
「そのことを聞きたいんだ」
「どういうことかな」
「もてたいのかな、それとも」
「それとも?」
「彼等と同じになりたいのかな」
こう高に問うたのだった。
「そうしたいのかな」
「彼等っていうと」
「そのうちわかるよ、けれどまずはね」
長居は高のその顔を見つつ彼にさらに話した。
「痩せようか、トレーニングでね」
「身体を動かしてだね」
「君は続けられそうなスポーツあるかな」
「水泳なら」
それならとだ、高は長居に答えた。
「出来るかな」
「そう、じゃあ僕が言う通りにね」
「泳げばいいんだ」
「そうしてくれるかな」
「毎日かな」
「そのメニューも出していくから」
毎日とは答えなかった。
「徐々に変えていってね」
「僕が痩せる度に」
「君が慣れて日課みたいになって続けられる様にね」
そうして痩せさせていくというのだ。
「していくからね」
「そうしてなんだ」
「痩せてもう二度と太らない」
「そうしていってくれるんだ」
「すぐにじゃないけれど絶対に痩せて二度と太らなくなるから」
このことは約束する長居だった。
「運動も日課になってね」
「僕そうなったことはないけれど」
「そこも変わるから」
自分の言う通りにしてくれればとだ、長居は高に穏やかな声でこのことも約束した。約束するのは一つではなかった。
「安心して」
「それじゃあ」
「うん、徐々にね」
「痩せていってそして」
「その時にだよ」
また言う長居だった。
「君は彼等と同じことをするのか」
「その彼等って誰かな」
高はまだそれが誰なのかわからなかった、長居が今言っていることでこのことだけはわからなかった。
「一体」
「じゃあ今はわからなくていいから」
「そうなんだ」
「まずはね」
「ダイエットだね」
「それをしよう」
こうしてだ、長居は高のダイエットに付き合うことになった。すると高校生は徐々にであるが確かに痩せてだった。
四ヶ月でだ、肥満した身体が。
すらりとして引き締まった水泳選手の様になった、その身体になってそれで長居に上機嫌で語った。
「有り難う、君のお陰でね」
「痩せたっていうんだね」
「この通りね、もうね」
「君は誰にも太ってるとか言われないね」
「仲間外れになることも振られることもね」
嫌で仕方なかったそうしたこともというのだ。
「ないよ」
「そうだろうね、動きもね」
痩せた分だった。
「よくなってるしね」
「外見もだっていうんだね」
「この通りだよ」
見れば見違えていた、それも全く。
痩せてすっきりした顔立ちになっている、それで高も言えた。
「もうね」
「太ってないから」
「何も言われないよ、振られることも」
「そうだね、それでね」
「それで?」
「彼等の様にだよ」
ここでまた言った長居だった。
「ならないね」
「その彼等って誰かな」
首を傾げさせて言う高だった。
「一体」
「そうだね、それはね」
「まだわからないんだ」
「うん、誰なのか」
「それはわかるよ、すぐにね」
「ううん、そうかな」
「ヒントを言っていいかな」
どうしてもわからない感じの高にだった、長居はこうも言った。
「それなら」
「うん、お願い出来るかな」
「自分が嫌だったことを思い出して」
「仲間外れにされたり振られたことを」
「それを思い出して」
こう言ったのだった。
「何かあったらね」
「そうすればいいんだ」
「うん、そうすればね」
「彼等が誰かってことはだね」
「わかると思うよ」
長居の言葉は今も優しかった、高を気遣うものだった。
「それもね」
「僕は」
「そう、もうすぐね」
「どういうことかな」
高校生は今は長居の言うことがわからなかった、それで首を傾げさせていたが彼はもう太っていることを言われなくなってだった。
自然と人の輪にも入る様になった、だがある太ったクラスメイトが自分がいるグループの中に入ろうとした時だ。
ある輪の中のメンバーがこんなことを言った。
「あいつ太っててキモいからな」
「俺達の中にはか」
「入れないでおこうっていうのか」
「そうしないか?」
こう仲間達に言うのだった。
「デブだからな」
「太ってるとか」
「御前は嫌か」
「デブだと動きトロいし外見も悪いしな、キモいだろ」
だからだというのだ。
「あいつは入れないでおこうぜ」
「そうするか?」
「あいつは入れないでおくか」
「そうしようぜ」
彼は言う、だがだった。
彼等のその話を聞いてだった、高はわかった。それで彼等とそっと外れてだった。
その除け者になりそうだった彼のところに来て微笑んで声をかけた。
「今度どっか遊びに行かないか?」
「僕と?」
「ああ、そうしないか?」
「あの、僕は」
実は彼は聞いていた、太っているから仲間に入りたくても除け者になりそうだと。しかしその彼にだった。
高は声をかけたのだ、それで戸惑いつつ彼に尋ねたのだ。
「太っていて」
「いいよ、僕だって太ってたし」
だからと言うのだった。
「いいよ」
「そうなの」
「じゃあ何処に行く?」
「それじゃあ」
高は彼等と別れた、そうしてだった。
ここでわかった、長居が言う『彼等』とは誰なのか。
それでだ、長居のところに行って彼に話すと長居も笑顔で答えた。
「そうなんだよ」
「まさにだね」
「彼等とはね」
「ああした人達のことだったんだね」
「そうだよ、君はわかってくれると思っていたよ」
長居は高に笑顔で答えた。
「同じ経験を受けたからね」
「そうだね、人を外見で判断したりね」
「そうしたことをする人にはね」
「僕はなってはいけないね」
「君がそのことで苦しんだだけに」
外見だけで判断されてきたからだというのだ。
「それだけにね」
「僕自身は」
「人を外見だけで判断しないでね」
「彼等にはならないことだね」
「彼等のその時の言葉も聞いたね」
「うん、人を外見だけで判断して」
その言葉だけでなく言っている時の醜い顔もだ、高は思い出してそのうえで長居に対して話をした。
「つまらない、醜い連中だって思ったよ」
「そんな連中は今君が言った通りだよ」
「つまらない、そして醜い」
「そんな連中だよ、そうしてね」
「そんな連中と付き合ってもだね」
「いいことはないよね」
「そうだね」
高は長居のその言葉に頷いた。
「本当に」
「だからだよ、いいね」
「彼等にはならない」
「人を外見だけで判断する人間にはならないでね」
「わかったよ、僕は痩せたけれど」
それでもとだ、高は長居に約束した。
「人と太ってるとかそうした外見だけでね」
「判断しないね」
「そうしていくよ、絶対にね」
つまらない、醜い人間にはならない。高は今このことを誓った。その彼の顔を見てだった、長居も笑顔でいた。高がわかってくれたことが嬉しくて。
教えること 完
2018・1・25
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